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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
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2.夢に接ぐ夢

 セイギは自分の名前を大層嫌っていた。名前に碌な思い出がないからだ。


 揚げ足を取るように他人との差異を批判する小中学校時代は特に顕著であった。

 それだけでは飽きたらず、周囲の大人たちさえ偏見の目で見ていた。決して批判的な意味ではなかったが、聖人君子然とした態度を暗に要求していたことは間違いではない。


 せめて"マサヨシ"と言う名前であったのならまだ少しはマシであったかもしれない。ただセイギの名前には由来があった。



 セイギの父親、田中龍太郎(たなか りょうたろう)は警察官である。一途に職務を全うし、『正義』を盲信する彼は息子に『誰にでも見てとれる(・・・・・)"正義"になれ』と言う意味を込めてこう命名したのである。


 その思惑とは反対に、セイギは決して『正義』の味方ではなかった。


 良いことをしても『正義』なのだから当然、逆に些細なことであっても『正義』の癖に、と(そし)られる始末。 いつしかセイギはなにもしないことを誓った。

 今では、不良がいてもコソコソと逃げ出すような一般高校生と相成っていた。



 そんな息子に憤慨する父親の一方的な暴力はもはや日常と化していた。

 自分が『正義』であるという盲信に取り憑かれた父親は、長年の柔道と剣道で得た武力でセイギを完全に押さえ付けていた。セイギも柔道と剣道とは10年以上の付き合いであるが、実践経験の差か、或いは強制されて嫌々ながらに続けていたせいで地力が付いていなかったのか、まるで獅子に対峙した猫よろしく全く歯が立たなかった。



 そんな父親の自慢話は『凶悪な殺人犯を自らの手で捕らえた』と言う事だった。

 10年は前のことだろうか、至って平凡な街の、閑散とした交番勤務であった父親の元に入った一報は『連続殺傷事件の犯人が逃亡している』というものであった。

 若さに任せた無謀な捜査と追跡の末、遂に犯人を追い詰めた龍太郎。無傷とはいかなかったものの、単独で無事に犯人を取り押さえることに成功した。


 その影響もあってか、龍太郎は未だに役職に就けていない。

 手柄を立てたものの単独による行動、指令を無視した追走。警察幹部に目をつけられるにはあまりにも"十分"だった。


 それ故龍太郎の自慢話には常に愚痴が付き物だった。

 酒を掻っ喰らいながらそうする父親を見ていたセイギにとって、父親という存在は決して尊敬するに値しない存在であった。



 そしてこれはただの過去話ではない。

 セイギの見た見知らない(・・・・)男は、龍太郎にとってよく見知った(・・・・)男であった。


 龍太郎の捕らえた殺人犯、それがセイギを刺し殺した男の正体であった。



 ***



 セイギは夢を見ていた。


 芋虫になり手足の感覚もない。身動ぎをするのが精々で前へ進むことさえできない。

 そんな彼を嘲笑う声がする。



 ――気持ち悪い

 ――惨め

 ――醜い



 そんな声が十重二十重と広がっていく。

 いつしか大合唱のように響き反芻しセイギの耳に集約されていく。もはや意味など分からない雑音に包まれていく。


 影が通りすぎる。

 小さい。小学生程度の高さだ。実際それはセイギの知る小学生だった。過去にセイギに絡んで来ていた同級生の顔だ。



 気が付けば周囲を多量の人影が囲んでいる。

 なにをするでもなくじっとセイギを眺め続ける。

 口すらも開くことのできないセイギは体を必死に(よじ)ることで訴え続けていた。


(俺をそんな目で見るな!)


 しかしそんな必死の訴えも届かない。人影は変わらずにセイギを観察し続ける。


 セイギは吐き気を覚えていた。

 なにもできない自身の体。人形のように意思を持たない瞳。なにをされるでもなくただただ観察される現状に怖気が走っていた。


 じり、と近づく影があった。

 それは小学生の頃の同級生の姿であった。しかし違和感を覚えざるを得ない。何かが歪である。余りの奇異さにセイギも理解が追い付かない。


 顔だ。

 小学生にもあるまじき、老成した顔がそこにあった。

 卑下た笑みを張り付け、手遊びのように弄っているのは銀に煌めくナイフであった。

 ナイフを視界にいれたセイギは必死に暴れる。しかしそれはなんの意味も生み出さなかった。


 そしてナイフが大きく振りかぶられる。

 恐怖にセイギの全身が硬直し、顔とも言える器官は備わっていなかったが顔が引きつるような感覚を覚える。


 降り下ろされるナイフに視界を奪われながら最後に見えたのは――醜悪に笑う父、龍太郎の姿であった。



 ***



「うわああぁあぁああああぁぁ!」


 恐怖の雄叫びと共にセイギは覚醒した。息は荒く心臓も早鐘のような鼓動を続ける。両足には鈍い痛みと倦怠感が募っていた。

 荒い息を静めるために大きく息を吸い大きく吐き出す。何度もそうしてようやく息が落ち着いた頃、どうにか周囲を伺うだけの余裕が生まれた。


 現在セイギはベッドに座っていた。決して汚いとも言えないが、世辞にも綺麗と言うには憚られる。見るからに病院と言うことはないだろう。


 更に周囲を見渡す。

 ログハウスとでも言うのか、壁はすべて木で出来ている。よくよく様子を伺うと素人目にも隙間がちらほらと窺える。決してプロの仕事とは言えないだろう。

 そして部屋の真ん中にあるテーブル。花瓶が据え置かれており、百合にも似た花が生けられていた。


 遠目に見えるのは釜戸であろうか。今の日本の住居では到底お目にかかることのできないものがそこにはあった。


 そして何より、セイギの目を惹くものがあった。

 柱から柱へと結ばれた縄。恐らくそれは簡易の物干し竿なのだろう。そこに掛かるものは勿論洗濯物だ。

 そしてそこにあったのは薄い三角の布。桃色をひっそりと誇示し、細やかながらその存在を主張していた。


 ドクン、とセイギの鼓動が高鳴った。慌てて理性を振り絞る。


「駄目だ、落ち着け。落ち着こう。深呼吸だ」


 しかしこれが逆効果だった。

 先程までは意識しなかったがどことなく空気が甘く感じられる。もはや鼓動を落ち着けることなど不可能であった。

 先程とは別の意味で早鐘のように脈打つ心臓。


 視線はピンクの布に釘付けだった。


 そのせいか、セイギは扉を開けて入ってくる姿に全く気づいていなかった。


「ふぇっ?」


 セイギが即座に視線を投げやると、そこには一人の少女がいた。目は翡翠のごとく、鮮やかな黄金(こがね)の髪、ぽってりと水気を帯びた唇、大きく吸い込まれそうに開いた眼、仄かに紅げづいた頬。

 今までに見覚えのない可憐さで、セイギの目は、意識は全て彼女に奪われていた。


 そしてその翡翠の瞳もセイギの黒い深淵を覗き込んでいた。



 これが二人にとって初めての、最高にして最悪の邂逅であった。

真面目な顔して何書いてんだorz

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