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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
19/104

19.糸の意図

 ――【異号】持ち


 それは称号の中でも特異性を持つものに与えられる俗称である。俗称であるがゆえにその基準は曖昧であるが、その秘めた力は他の【称号】と一線を画する。


 代表的なもので言えば【双無き者】がそれに当たる。この【称号】を持つだけで強靭な肉体を持ち、圧倒的な破壊力を得る。再生力も抜群だ。それ故に竜族を以てして最強と言わしめるようになった。


 他には【勇ありし者】、【魔の王】、神の名を冠した物などが【異号】とされる。一度この【異号】を手に入れれば、世界を揺るがす程の力を所持することに繋がるという。

 正に人智を超えた、厄災とも言うべき力だ。



【称号】にはまだ未知の部分が多い。

 例えば【称号】の前後に付く修飾も理解できていない。【狩人】と【隠密の狩人】では後者の方が隠密性は高いのが分かるが、どういった違いがあるのかは分かっていない。パラメータがあるわけでもなしに、具体的な変化を知ることはできない。"修飾付き"は専門性の色が強まるが、修飾無しと比べて上位として扱われるのが一般的だ。


 未知の【称号】もある。その力が如何様なものかは知られることもなく、畏怖の対象とされることも珍しくはない。

 そもそも【称号】がどのようなものかという判断は全て経験的なものに過ぎない。説明書など存在するはずがなく、科学的にも分析することは出来ず、ただそれを享受することしか出来ない。それ故に過剰に反応せざるを得ないのだ。




 グレンダーの言葉は以上の【異号】の叙述の通り、グレンダー達が巨人に対峙する蟻の群れであるかのような事態であることを示していた。

 本来であれば【異号】持ちに対面することは愚の骨頂としか言えない事態で即座に撤退するところであるのだが、あくまでもこれはグレンダーの推測に過ぎない。実際に【異号】持ちがいると決まった訳ではない。(いたずら)に周囲を混乱させるような事態は忌避されるべきなのだ。

 グレンダーはだからこそ二人の部下のみにこの推測を伝えた。いざとなればどんな手を使ってでも逃げ出せるように。



 グレンダーの指示が伝わり小隊は十人弱のものへと再編され、山狩りならぬ森狩りを行ったのだが犠牲になった灰大熊以外の影や形すら見当たらなかった。

 既に日暮れ時となっているが森を網羅するには少なく見積もってもあと十日は必要であった。何よりも人数が少なく、そして森が大きすぎた。そして時折彼らの邪魔をする獣の数。厳しい戦いではないが油断することも片手間に片付けることも出来ない。日光も射さず鬱蒼とした森林の空気に緊張感を張り続けることで精神を磨り減らし、徐々に疲弊させられていくのだ。実際に森全てを捜索するとなると千や万の兵士狩人が必要になるだろう。


 そのような資金を湯水のように使うことが出来る筈もなく、森の調査は打ち切られることが決定した。何よりも灰大熊の死骸が出て来たことが大きかった。それも二頭だ。一日の成果としてはあまりにも十分であった。

 (もっと)も、王国側としては兵士を派遣して森を調査したという事実だけが重要であったため、早々に調査を打ち切れるという事実に歓喜していたのだが。



『アールニール王国兵士、双の灰大熊伐てり』



 その速報をアールニール王国の国民が沸いたとか沸かないとか、肴にしたとかどうだとか。



 * * *



 ここは酒場。男女の喧騒や密談やらなんやらが行われる夜の社交場だ。


 そんな中にこじんまりと会話する壮年の男性が二人。その内の一人はグレンダーその人である。

 グレンダーは如何にも兵士然とした格好をしているが、もう一人は粗野な格好をしているように見えるが見る者が見たら高級品であると判別できるであろう。そもそも安い酒場である以上、それを見抜ける人間はその場には居なかった。


「それで、話ってのはなんだ?自慢話なら殴るぞ?」


 そう言うのはグレンダーの隣の男だ。


「そんなことのためにお前を呼び出せるかよ、アーレイル侯爵様よ」

「その呼び方はやめろ」


 拳を掲げて威嚇する貴族に、グレンダーは(おど)けたように大仰にのけ反る。貴族と一兵士ではその身分差に関わり合いなどまずないのだが、この二人にはそれは当てはまらなかった。

 成り上がりの兵士とやんちゃ坊(・・・・・)の貴族なのだ、その遭遇は推して量るべきであろう。


「さっさと話せ。時間の無駄だ」

「折角久しぶりに会ったってのに冷てーな、ユール」

「要らん冗談を言うからだ、グレン」


 互いにニヤリと笑い合うと目の前のジョッキをぶつけ合った。それは親しい知己との気の置けない乾杯の合図であった。


「積もる話もあるってもんだが、まずはこいつが初めか」

「灰大熊の話か?」

「ああ、そうだがそうじゃねえ」

「と言うと?」

「――【異号】が森に居るかも知れん」


 ジュリアス――貴族の男の名だ――の(まなじり)が緩んだものから一転、鋭く釣り上がる。その表情は至って険しく、一貴族としての威厳を放っている。


「それは……本当か?」

「飽くまで俺の推測だがな。それでも確率は十分にある」


 自信を持って答えるグレンダー。ジュリアスはその表情に深刻に頷いた。


「そうか。……それで、その話は誰が知ってる?」

「アレンと新兵の……なんだったかな、ネビル……だったか?」

「おい、部下の名前位覚えておけ」

「この年頃になると物覚え悪くなんだよ」

「俺とそう変わらんだろうが」

「そうだったか?」

「はぁ。……まあいい、それで?」

「勿論口止めはしておいた。俺の憶測で混乱させる訳にゃいかねえからな」


 ジュリアスは少し安心したように肩を落とした。


「【異号】は二頭の灰大熊を殺す位には力がある」

「兵が狩ったんじゃないのか……」

「国にも面子があるだろうが。『行ったら灰大熊は死んでました』じゃ誰も納得しねーだろうが。結局公言した者勝ちなんだよ」

「それもそうだな」

「お国も面倒ごとに突っ込みたくねえのか、俺に尋問すらねえ。たった三人で灰大熊を狩れるわけもねえのにな。それにこの公報の速さだ」

「確かに【異号】狩りなんて灰大熊狩り以上に無駄な浪費だからな。……で、報せはそう言うことか」

「察しが早くて助かるな。流石貴族様様だ」

「本気で殴るぞ。で、兵力は100程で大丈夫か?」

「いや、その十倍は欲しいが……今はまだ大丈夫だ」

「なぜ分かる」

「未だに姿を隠しているのがその証拠だ。今はまだ無害だ」

「今はまだ……か」


 ジュリアスはいずれ来るその時を憂えてそっとため息を吐いた。




 誰もが意図せぬまま、歯車はゆっくりと、しかし大きく動き始めていた。

展開はこの先またゆっくりになる予定です。

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