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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
18/104

18.三度目の邂逅

初評価頂きました。多謝!

 グレンダー・マオリは森の中を進んでいた。

 その後ろには緊張した様子の新兵の少年と、油の乗った年頃の男性が警戒の目を走らせながら着いてきていた。


 彼らは森の先にある街、アールニール王国城下町ヴァレンタの兵士の小隊であった。


 彼らが現在いるのは"魔女の森"である。この森は魔女が管理すると言われるもので一般の人間が近寄る場所ではない。危険な肉食獣が多く、希少な動植物・鉱石もない。正にハイリスクローリターンと呼ぶに相応しい不毛な土地である。

 新兵の少年はだからこそ緊張を走らせていたのかもしれない。彼が物心ついてからこの森に関しては口を酸っぱくして言われ続けた、当の呪いの森であるのだから。

 その反面、グレンダーにとってこの森は特に忌避すべき対象ではなかった。彼が幼少の頃は"魔女の森"などという呼称はなく、ただの"森"でしかなかったのだ。それがまことしやかに囁かれるようになったのはここ十年来のことだ。


 グレンダーはその本来(・・)の事情を知る数少ない兵の一人であった。彼の歳になると既に家庭を持ち子供を持ち、兵を辞めて他の職業に就くのが一般であろう。年齢的な問題もあるが、やはり危険の少ないものが優遇されるのだ。そうして辞めたグレンダーの同僚も数多くいた。彼らのことを臆病者とは言わないが、グレンダーは心寂しさを覚えていた。

 成り上がりで独り者のグレンダーにとって兵士とは人生のよるべであった。酒と女、スパイスに少しの英雄潭さえあればそれでいい。



 グレンダーは知らなかったが"魔女の森"とは子供の教育には最適な環境だった。『悪いことをしたら【魔女】に連れてかれるよ』だとか『森に近付くと【魔女】の獣に襲われるよ』と言った都市伝説のように扱われていた。



 一般では【魔女】が恐れられているが、現実を知っているグレンダーは【魔女】よりも"鬼神"を恐れていた。だがその"鬼神"も既にいない。もはや獣の多いただの"森"としか見れなかった。



 今回彼らがこうして森に派遣されたのは深い意味があった。本来山中深くに生息している筈の灰大熊(アッシュ・グリズリー)が平原である大草原を横切り森へ向かっているのを目撃されたからだ。

 人々は口々に【魔女】の仕業だと怯えを含ませていたが、その横でグレンダーは鼻で笑っていた。


 そんなグレンダーでも灰大熊自体は笑えなかった。人生で二度、対面したことはあるが、一度は敗走、二度目は辛勝という暗澹たる結果に終わっていた。そのうち犠牲者は三人、重傷者は一人、軽傷者は三人という散々な結果だ。

 一度目は父親と狩りに出たときのことであった。山の中腹ほどで狩りをしていたが、運悪く灰大熊と遭遇してしまった。父親が率先して灰大熊を引き受けその隙にグレンダーは逃げ出したのだが、ついぞ父親が帰ることはなかった。

 二度目は今回のように小隊の行動であった。その時は五人での行動で山中深い位置へと小物を討伐する予定だった。時期は冬ということもあり灰大熊は既に冬眠している筈であった。折しも例年以上に暖かい年であり不運にも灰大熊は冬眠に入っていなかった。

 多人数から油断していた一人がその場で頭を潰され、次いでもう一人が腹を抉られた。残った三人で灰大熊と対峙したが、当時新兵であった若者が一人犠牲となった。

 灰大熊はそれらの苦い経験を経てスリーマンセルで緊張感を得つつ、声をかければ直ぐに駆けつけられる距離に別のグループを配置することで少ない人数をカバーするという形式を取り、今回の任務に盤石の姿勢で当たっていた。


 今度がリベンジとも言える三度目の邂逅となる筈だった。



「……なんだこいつは」


 始めに気が付いたのはグレンダーの後ろを歩いていた男だった。

 獣に食われていたが、よくよく見るとそれは巨大な生物の死骸であった。驚いたことにそれが二つもある。灰大熊は基本的に単体でしか現れない。彼らの激しい気性のこともあり、それが当然のことだと思われていた。二体同時など三人で挑んだところで数の利にすらならない。六人でも駆けつける時間差があれば甚大な被害は免れないだろう。


 そんな生き物の死骸がこんな所に無造作に転がってていいはずがない。



 グレンダーは鼻を利かせるがしばらく前の事であるためか、既に血臭は大分薄れている。

 足元を見れば灰大熊の爪痕であちらこちら大きく抉られているが、大して踏み荒らされていないことが分かる。大人数で争ったようではない。靴跡を見れば二人の人間が居たことは分かった。そして一人は小柄な女性、もしくは少女のものだ。

 それだけでは余りにもおかしい。異常だ。


 そして無造作に打ち捨てられているはずの内の一頭の頭蓋が何故か見当たらないという不自然さ。


「隊長、どうしますか」


 黙り込んだグレンダーを気付けるように男が声をかけた。


「む、ああ、そうだな……ここに二体死骸があったことを連携する。その上で小隊二組を一つに纏める。……いや、三組の方がいいな。三人じゃ無理だ。森の中にまだ灰大熊がいる可能性もある。決して気を抜くな、死にたくなければな」


 グレンダーは二人の部下に発破をかける。その二人は深刻に頷いた。


「最後に最も重要なことだ。……この森に【異号】持ちがいるかも知れん」



 その言葉を機に、空気が凍りついた。


 それこそが状況の際どさを如実に語っていた。

おっさんはカッコいいと思います。

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