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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
13/104

13.再びの森

 あの病気を経て、セイギの様子は一変した。


 どういった過程なのかさっぱりと分からないが、まず一つにリズとの会話が至ってスムーズに行えるようになった。勉強の賜物、という言葉だけでは決してすべてをフォローするには至らない。あまりにも不自然な事実だ。

 次に体力。肉体的には今までにも感じたことのない万能感が満ち溢れている。内から湧き上がる力強さを感じていた。森で必死に逃げ回らずとも居られるのではないかという錯覚を起こしうる程にはその強靭さを実感し得ていた。実際には別段屋外に出て活動することもなかったが、深夜まで起きていても問題なく次の日も過ごせるようになっていた。そうは言っても暗闇の中、出来ることもなく無駄に起きているだけである。その間にセイギは現状や世界のことについて考えもしたが独力では解決できることもなく思考の迷路に迷うだけであったが。

 そして三つ目に回復力、これは生命力と言い換えてもいい。森を駆け抜けたあの足に残る傷ですら既に完治してしまっている。本来であれば一ヶ月は残るであろうものであるのに、だ。セイギは『痛くなくてラッキー』程度にしか考えていなかったが、本来は研究者がこぞって群がり研究対象に仕上げようとするほどには異常であった。


 副産物的なものではあるが、セイギの意識もまた改革されていた。

 一度は殺され、自身に害を成しうるものすべてを猜疑の目で疑い恐れていたのだが、再び死にかけたことで『どちらにせよ死ぬじゃん』という意味の不明な悟りを開いたのか、割と以前と同様の精神状態を取り戻すことに成功した。流石に以前と同様まではいかず、純粋に人を信じることはなくなったが。平たく言えば『前は油断しすぎたから今度はしっかりしよう』程度には気を払う境地に至った。そうした気でいながら、リズを完全に信用しているという矛盾は些かどうかとも思えるが。それが日本人的な甘さとも言えるが反対に美点とも取れる。少なくとも二人にとってはそれで非常にいい関係が築けているので全く問題はない。

 心に余裕が出来たためか、セイギは再び肉を食すことが出来るようになっていた。衰弱した身体に蛋白源は必須であると体験を通して悟ったのだ。体力も精力もないままでは本当に病人のように過ごすことしかできない。そんな未来を想像したセイギは意を決してその肉を口にした。意外なことにすんなりと食べることができ、尚且つおかわりを要求してしまう程には食らった。

 忌避感が完全になくなったわけではないが、少なくとも食事として最低限の摂取は弱肉強食の掟に則って然るべき、という妥協点を見出した。



 心の平定を取り戻したセイギは積極的にリズの手伝いを心がけるようになった。

 リズがいなければ今の心の平穏は決して訪れなかったであろうし、もしかするとこうして五体満足に生きていられるのもリズのお陰であるのではないかと考えるようになったからだ。そう言った感謝をリズに直接告げてもリズは頑として受け取ろうとはしなかった。


『人として当然のことだもの』


 あっけらかんとこう言い放ったリズが天使に見えたのは、セイギの秘密である。


 兎も角として、この感謝を伝えるためにも少なくとも客人のままでは居られないと感じたセイギは、軽い手伝いでもしようと考えて行動に移していた。



 しかし、残念ながら豊かな環境の一高校生であったセイギの家事スキルがリズに敵うはずもなく、専ら単純な力作業や誰が行っても間違えようのない単純作業程度しか任せて貰えなかった。歯がゆい思いをしながらもまずは信用を勝ち取るために当てられた仕事を淡々と、しかし正確にこなすことをひたすらに心がけていた。




 そんなある日、リズは何か覚悟を決めたように立ち上がってこう言い放った。


『明日は"森"へ行きましょう』



 ***



 次の朝早く、セイギは長袖長ズボンにチョッキ、頭には藁で編んだ笠という出で立ちで外に待機していた。その手には弓矢。背中には矢の詰まった筒。腰には腰巻とでも言うような動物の毛皮が巻かれ、その上に魚籠びくにも似た籠をぶら下げている。そしてそのすぐ横には香草の詰まった袋が結ばれている。

 この籠は獲物を入れるため、香草の袋は肉食動物の嫌う匂いを発し、危険を避けるためのものだ。


 セイギは唐突に渡されたこれらを見て困惑していた。


『今日は狩りをします』


 そんな言葉に背中を押されるように、セイギは淡々と狩りのための装備を身につけていった。初めて付けるものが多く、リズの手を煩わせることも多かったがどうにか様にはなった。



 様になったのはいいが、セイギは弓を引いたこともない。試しに弦を引いてみるが予想以上に反発が強く硬い。


「なあリズ」

「なに?」

「俺、弓引いたことないんだけど」

「そう」

「……」

「……別にセイギが狩るわけじゃないから大丈夫よ」

「それならいいんだけどさ……」



 実際のところ、リズには別の目的があった。一つはセイギの森に対する恐怖心の克服、そしてもう一つが生き物を殺傷することがどのようなものであるかを認識させるためである。


 勿論これらは荒療治である。

 リズからすればセイギは完全に心の平定を取り戻している。そして尚且つ気力も体力も万全の状態である。夜中は深夜まで目が覚めているようではあるがそれも精神的に眠れないためのものでもないように伺える。これをリズは体力が有り余っているためのものだと考えた。適度な睡眠、食事、運動が健康をもたらすというのが常識であるため、それらも補うためには狩りが適切なのではないかと考えたのだ。


 正直なところ、リズは別にセイギが恐怖心や現実を克服しなくてもそれでよいと考えていた。その時はずっとここで暮らして貰えばいいとも考えていた。だがそれもセイギが決めることなのだ。それまではできる限りセイギのフォローをしよう、そう決心してリズはこれを実行に移した。




 密かな決心を胸に、僅かな恐怖心を胸に、二人は森へと立ち入っていく。

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