11.日溜まりの日々
朝、目が覚めたリズの一日は水汲みから始まる。
水は現世の生き物にとって根元的に必要なものだ。その最たるものの確保が行動の始めであるということは至極当然のことであろう。
家の裏には釣瓶式の井戸がある。森林が傍にあるということもあり、水脈は豊富であった。
井戸の水を濾しながら貯水用の壺へと移していく。実際は濾す必要などないほどに澄んだ水であるが、既に習慣とも化していたためそれを行うことに面倒を感じない。それも半分ほど貯まったところで汲むのを辞め、自宅へと運び込む。壺一杯に汲んだところでそこまで大量には使わないし、何よりも重たい。
水を煮沸消毒する間、自宅菜園の植物たちに水を与える。主に野菜などの摂取するためのもの、他には調合用の薬草が所狭しと雑多に植えてある。大して時間があるわけではないので水遣りは軽くだ。
そしてようやく自身の身嗜みに入る。沸かした熱湯と前日までに煮沸しておいた水を合わせてお湯を作る。そのお湯を用いて顔を洗い、寝癖を直す。これだけで十分に意識が覚醒する。
そしてその後に顔と髪に薬草から抽出した液体を刷り込んでいく。顔に塗っているのは保湿、虫除け、紫外線対策のある液体、髪に刷り込んでいるのは保湿、補修効果、艶出しの効果のある液体だ。こう見えても(セイギ談)年頃の少女であるリズだ。美容に無頓着ともそうはいかない。独自に配合した薬草の絞り出した液(美容液、リズ命名)はリズの手腕もあり非常に優秀な効果を持っていた。見る人が見れば喉から手が出るほどのものと言える。
これが終わると次は食事の準備へと取り掛かる。朝食は一日の活力の源である。力仕事等の肉体労働をこなす人間にとっては欠かすことのできないものであろう。
木の実を擂り潰した粉でパンを焼く。
小麦粉を自己で栽培するには量が少なく、買うには高く、そのために木の実で代用している。代わりと言ってはなんだが、そこらのパンよりは大分味がいい。それは豊満に実った木の実は滋養たっぷりで、栄養価も高い。擂り潰すことで香味が増し、幾種類かの木の実を混ぜ合わせることで複雑な味を再現できているからだ。
その分手間暇はかかるが、高評価は請け合いだ。
そして豆と野菜のサラダ。取れ立ての野菜を豊富に用いて彩り鮮やかである。緑黄赤色で見るからに食欲をそそる。豆はそのままでも十分に美味ではあるが、そのままでは癖も強く好き嫌いが分かれる。そのため十分に茹でることでその臭みを消してある。更にそれを擂り潰すことで皮膜の内にある香りと栄養を際限なく引き出している。
その食事に添えられるのは茶葉から抽出したお茶だ。ただし、茶葉は煎ってあるため、カフェインといったものが押さえてあり、香りを楽しみながら食事を邪魔しないように気が配られている。
本来であれば一人分の食事だが、最近はそれが二人分に増えた。確かに手間は増えたがやりがいを感じる上、食事を楽しむということが出来るようになった。それをこの上ない幸福と感じる。
リズは未だにベッドの上で丸くなっている塊に声をかける。その顔はただ優しい。この上ない幸せを享受している。
「セイギ、起きて」
セイギの朝は遅い。
気付けばリズは起き出していて、既に身嗜みを整えている。更に食事の準備すらも終えてセイギを起こすのだ。まさに至れり尽くせりの生活だ。反対にセイギは寝ぼけ眼の寝癖だらけ。出てきた食事を事務的に口に運び虚ろながらに『美味しい』と繰り返す。
実際はセイギの思っている以上に手間がかかっている。それでもリズは愚痴も文句も言わず、食事を続けるセイギを見ている。
共に食事をしてくれる存在を心から大切に思っているからだ。
「ねぇセイギ」
「あー?」
「今日はいい天気ね」
「そうか?」
「ええ。とっても気持ちがいい」
「そんなに気にするもんか?」
「どうせ外に出るんだもの、天気がいい方が良いに決まってるわ」
「……俺は出ないから関係ないけどな」
「別に誘ってる訳じゃないもの」
「……」
「ふふっ」
リズの笑顔に対してセイギの顔は胡乱げだ。そしてセイギの意地に対してリズは純真だ。別に本気で外へ連れ出そうと言うつもりは微塵もない。
「……少しだけだからな」
「えっ?」
「少しだけなら外に出るってんの!」
セイギの意地など爪の先程もなかった。
そしてリズは予想外の言葉に驚きを覚え、すぐに破顔した。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「別にニヤニヤなんてしてないわよ」
ここでニヤニヤしただのしてないだのと口論が始まったが、リズは既にピクニックの用意を頭の中で描き始めていた。
気付かずセイギの恐怖は癒され、気付いてリズは心の隙間を埋める。
そんな天気のいい、ピクニック日和の日であった。
デレデレリズさん。
こんな何気ない日常を描けるようになりたい。




