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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
101/104

101.英雄たちの帰路

 シュティングの復興にはしばらく時間がかかる、セイギたちは副市長からそう聞かされ、この都を発つことに決めた。復興支援をすることは役割ではない。また頼まれたとしても大した支援が出来る訳でもない。無駄に支援物資を食い潰すより、このまま去るのが正しい選択だろう。

 本来なら市長から言葉を賜るのが常であるのだが、その当市長の行方が知れないのだと言う。不明者の数も恐らく膨大になるだろう。副市長からは謝礼の検討があったが、主にグレンが固辞していた。どうかそれを都の復興に使ってください、と。

 竜の起こした災厄は自然災害と同じだ。立ち直るにも時間と資金が必要となるだろう。


 精魂使い果たしたとも言えるほどに疲弊したリックを休ませるため、三日の休養を要した。


 その間、奴隷商であるはずのイルンガ商会を中心に精力的に炊き出しや水の供給が行われていた。『損して得取れ』、文字通りの行動にセイギは舌を巻く。恐らくイルンガ商会は今後より大きな力を得るだろう。これを機会に奴隷以外の物品にも手を広げていくだろう。他の商会からは反感を買いそうだが、あの会長のことだ、どうにか上手くやるだろう。更にここは学徒の国、シュティング。ここで学んだ学生はいずれ各国の重要な役職に就く。若かりし頃に受けた恩を忘れなければ、それがきっと重要なパイプへとなる。この国での商売はいずれ大きな実を結ぶことになるのは間違いがない。


 休養の間、体を拭うための水が提供されるとは思っても見なかった。優先されるべきは飲水としての運用だ。体を洗うなどよほど潤沢な水資源があるのだろう。埃っぽくなった体を清めることが出来たのは、誰にとっても幸いだった。衛生の問題はこうした状況で必ず上がる指摘点だからだ。



 セイギと会話をしていたニポポの行方は分かっていない。積極的に探し回ったわけではないが、あの容姿であれば目立っていたはずだ。死んだのかもしれない、一瞬セイギの心にそうぎった。しかしそれを否定する自身も居た。魔法術者として卓越した手腕、それが簡単に彼を死なせるだろうか?そして何より強い意志を宿した瞳。あの瞳がどうにも、忘れられずにいた。

 もし生きていたとして、それがどうしたというのか。今後セイギと関わり合いになるというのか。セイギはそれを考え、最終的には忘れてしまうことにした。



 大きな爪痕を残して国を立ち去ることに心苦しさを感じたが、セイギたちと同様に国を離れようとする者も少なからずいた。生活が立ち行かなくなる者、家族を失った者、様々な人間がいたが、その尽くが悲しみと泣き言を噛み締めて堪えていた。

 去る者がいる中、残る者は更に多かった。こちらも悲しみを携えた人間ばかりだ。嗚咽、悲鳴、歓声、怒声。生身の感情が耳にこびりついて離れない。恐らくこの悲劇はそうした者たちに一生残り続けるだろう。――だからセイギはその表情を目に焼き付けた。


 帰路はイルンガ商会の準備した馬車を利用することになった。これ以上貸しを作ることも憚られたが、この三日間で世話になった分を鑑みても今更それを言ったところで遅い。貸しがセイギに付くと分かってか、グレンは嬉々としてイルンガ商会の提案を受け入れた。

 別れ際の言葉も忘れてはならない。


『今後もご贔屓に』


【死神】が最上級の顧客、広告塔になることは約束された将来ミライであった。


 全く悔しいことに、馬車の旅は全く以って快適だった。よく調教された馬、揺れの少ない車。体重をゆったりと支える椅子、太陽や雨を適切に遮る頑丈な幌。適宜道を選んだ結果、行きの道中とは異なって盗賊や獣の襲撃などもなく、その旅は順調すぎるほどに順調であった。

 学徒の国<シュティング>と獣人の国<ゲルト>の間には渓谷がある。往路で使用していた馬車はゲルトで乗り捨ててきた。帰りも国境で馬車を乗り捨てるものだと思っていたが、どうにも事情が異なるらしい。


「最近開発された飛行船の運用が遂に開始されまして――」


 飛行船の開発は長期間に渡って行われてきた。試験も十分に行われ、いざ実用化へとなった段階で黒竜の出現だ。高速飛行が行えない飛行船など竜には眠りながらでも落とせるだろう。それゆえに竜が落とされるまでは計画が凍結されるのは自然の摂理だ。

 だがつい先日、空の支配者が駆逐された報が駆け巡った。その報を受けて急遽運用開始に至ったとの言。なぜこれほどまでに緊急で運用開始に至ったかと言えば、黒竜の悲劇を上塗りするような朗報を発す目論見があったのだと言う。どの程度の意味があったのかと言えば、現在の盛況具合を見ればなんとなしに理解できるだろう。


『ええ、ええ、アールニール王国まで快適な旅を』


 セイギは小憎たらしい表情を浮かべた奴隷商の顔を思い出す。


(あの言葉の意味はそういう事か)


 飛行船は渓谷を越える短距離専用便、ゲルト国中心まで乗り付けられる首都直行便の二本を運行中だと言う。馬車も乗り付けられるが重量規制があるらしい。セイギたちの乗っていた馬車は図ったようにその規定内であった。そこまで計算しているとは、気が利くにしても程があった。世が世なら要らぬことに気が付いて暗殺されてしまう性格キャラクターだろう。


 獣人の国<ゲルト>、それはリックの出身国である。見た目からも苦もなくそれは察せられる。リックと出会ったのもゲルト国であったが、別れもゲルト国になるのか、リックに確認したところどうにも首都までは同道するつもりであったらしい。


「ボクは直行便でも大丈夫」

「リックは長く乗りたいだけなんじゃないか?」

「べっ、別にそんなんじゃないよ!」


 軽口を叩きあう二人。今までとその光景のどこが違うかと言えば、あまり変化はない。よくよく見れば、セイギの表情からやや硬さが取れていることくらいだろうか。その変化とはまるで憑き物が落ちた、というのが適切だろう。その変化を最も感じ取っていたのがリックだ。今までは話しかけるのも躊躇ったり顔色を伺ったりしたところがあったが、今まで以上に素に近い表情で会話することが出来ている。

 だがリックには一つだけ、シュティングを発つ時から聞いてみたいことがあった。――そして未だに聞けないでいる。


「残念だけど路銀の関係から短距離便だね」

「ええっ!?」

「ほらやっぱり」


 リックの口から思わず出た悲鳴は紛れもなく真意だ。それを看破されたリックは照れを隠すように口元と耳を腕で覆う。


「べっ、別にそんなんじゃないって……」

「ご主人様、飛行船とはなんですか?」


 言葉の力を失ったリックに代わり、アリスが今こそとばかりに話し始める。上気した頬。リンゴのように頬を赤らめてあからさまに興奮した様子を表している。上調子であるその様はなるほど年相応だ。


 アリスの『ご主人様』呼びは結局直らなかった。アリスを瓦礫下から捜索した後、アリスのその呼称は『セイギさん』から『ご主人様』に戻ってしまった。セイギも何度かそれを直させようとしたが、結局のところ『ご主人様』に戻ってしまった。セイギも無理に直させようとしないせいか、アリスも最終的に『ご主人様』に落ち着いた。


「ほ、ほらアリスちゃんも楽しめるようにって思っただけだよ!」

「私は乗れるだけでうれしいです!」


 セイギと、ついでにグレンがニヤニヤ笑う。リックは膝を膝を抱えて顔を隠す。アリスは自身が何をしたのか理解出来ず、キョトンとした表情でこの光景を眺めていた。



 * * *



「ふわーっ!」

「うわわわわ!」


 口をポカンと開けているのがアリス、右に左にと慌てているのがリック。初めての飛行船に困惑、あるいは興奮している二人。

 観賞用の小さな出窓から見える景色。いつもと違った視点で見える下界。見渡してみれば周囲の人間も皆同じような反応だった。


「ふわー……」

「わわわ……」


 飽きもせず食いつくようにその光景の虜になったままの二人の頭をグシャグシャとグレンが撫で付ける。


「ちょ、ちょっと髪触らないでよ!」

「び、ビックリしました」

「おうおう、悪い悪い」


 全く悪びれた様子もないグレン。


「二人だけで見てないでさ――」


 グレンはチラリとセイギに視線をやった。リックは得心がいったとばかりにグレンに頷く。


「いや、別に俺は……」

「いいからいいから!」

「ご主人様もいっしょに見ましょう!」


 二人に引っ張られるようにしてセイギも出窓へと近付く。リックは先程から失態ばかりを見られた腹いせでもしたがっている表情で、アリスは同じ景色、感動を共有しがっている純粋な表情で。

 人並みに飛行機にも乗ったことがあるし、高層タワーにも登ったことがある。高所からの光景にも慣れているし、目新しいものもなく大したこともないだろうと高を括っていた。


「どうどうどう!?」

「ご主人様みえますか?」


 見下ろす景色は大半が目に痛いくらいの緑に覆われ、自然が豊富であることが感じられる。眼下に広がる草原にポツリポツリと見えるのは放牧された動物達だろうか。緑を咲くようにうねりながら伸びた道路。鳥たちが興味深そうにこちらを眺めながら追い越してゆく。まばらに見える家々、そこから伸びる白煙。遅めの朝食か、早めの昼食か。あるいはその両方か。遥か遠く、遠方を眺めるとミニチュアのような住居が密集した住宅街。かつて臨んだ景色とは比べるまでもなく田舎である。目を見張るような景観があるわけでもない。


「ああ……そうだな……」

「セイギ、反応薄くない?」

「……そうかもな」

「ご主人様面白くないですか?」

「そんなことは、ない」


 それでもセイギは、その光景を眺めて不覚にも、世界の広さに感動してしまったのである。

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