10.息吹き
覚醒したセイギは今までの病状が嘘のように身体の軽さを感じていた。むしろ病気にかかる以前よりも調子がいい。身体を羽のように感じるが、尚且つ力強さを感じる。
ベッドの横には目を泣き腫らしたリズがセイギの手を握り締めて眠っていた。
恥じらいを隠すでもなくセイギは赤面した。その一方でリズを愛おしく思う気持ちが芽生えていた。
熱で魘されていたせいか、記憶が殆どない。しかし、リズの様子を見れば如何程心配していたが分かる。
強く握り返す。軟らかな手だ。セイギの手よりもずっと小さく頼りない。だがその手がセイギを救い上げようと懸命に働いたのだ。
そう考えるとその手がかけがえのないもののように思えてくる。
そんなセイギの所作に目が覚めたのか、如何にも眠たげな顔をしてリズが顔を上げた。
セイギとリズの視線がかち合う。
リズの顔が歓喜に満ち溢れ、そして――
顔を一気に背けた。
そんな不自然な態度にセイギは呆然とした。開いた口が塞がらないとでも言うのか、言うに何も言えずに惑うばかり。
そしてリズも気まずさを感じながらも、セイギの顔をまともに見ることが出来なかった。
ともすれば一部を食い入るように見つめる気がしたのだ。
「俺の口になにかついてる?」
「な、なんでもない!!」
「な、なぁリズ」
一言、確かめるようにセイギが声をかける。その声は些か頼りない。
「……」
「どうしたのかわかんねぇけど、俺がなんかしたんなら謝る。ごめん」
その謝罪の言葉にピクン、と反応を返すリズ。
「べっ、別にセイギがどうしたわけじゃないわ。(恥ずかしくて顔が見れないだけよ)」
「え?はず……なに?」
「なんでもない!」
小さく呟いたつもりの言葉であったが、それもセイギの耳に届いていた。聞き返されそうだったため、強い口調で無理矢理に会話を断ち切る。
「あ、あと、また迷惑かけてごめん。本当に助かった。リズがいなかったら死んでたわ」
「……」
そんな些細な軽口だった。それに対するリズの反応は――
「え!?リズ、泣いてるのか…?」
思わぬ反応に挙動不審になるセイギ。半笑いのような反応が返ってくるかと思っていたのだ、戸惑うのも無理はない。
「バカッ!!」
突然の強い声。セイギはその声に萎縮した。
「本当に怖かったんだから!すぐ治ると思ったのに全然治んないし、ご飯も食べられなくなってセイギ、どんどん弱っていくし、本当に駄目なんじゃないかと思ったんだから!」
「お、おう、ごめん……」
「ごめんじゃないよ!もうホントに……ホントに、良かったぁ……」
「……ごめん」
「……もうひとりぼっちはやだよ……」
「ごめん」
セイギはただただ謝ることしか出来なかった。謝りながら、ゆっくりゆっくりとリズの頭を優しく、なで続けた。
***
「そっ、それにしてもセイギ、よく私の言葉が分かったわね!?あんなゆっくりと喋んなきゃ分からなかったのに!きっと真面目に勉強してたのね!」
暫くそうしていたが、ようやく落ち着いて現状に気付いたリズは気恥ずかしさを無理矢理払おうとしたのか、突如明るい口調で話し始めた。そのせいで若干声が裏返っていたりする。言っていることもなんだか説明口調で違和感ばかりが目立つ。
「は?ん?ホントだ。何でわかんだ?つかなんで通じてんの?」
「え?」
ここでようやく二人の間に疑問符が浮かぶ。
実は先程の会話、当人達は"自分の"言語で話しているつもりだった。気恥ずかしさであったり安堵であったり、驚愕であったりとまともに思考している余裕はなかったのだ。
「リズ、俺の言ってること分かる?」
「それくらい分かるわよ、何が言いたいの?ひょっとして馬鹿にしてる?」
「待て待て怒るなって、俺は"自分の"国の言葉で喋ってるつもりだ」
「何言ってるのよ、普通に喋ってるだけじゃない」
「……」
「……」
「……」
「『産まれ出づるものよ、与えられん』」
「は?」
「なんのことか分かる?」
「えっと……【称号】のことを言ってるのか?」
「……確かに言葉は通じてるみたいね」
納得がいかない様子の二人であったが、通じてしまうものは通じてしまうのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「それにしてもセイギって思ったよりも粗野なのね」
「はあ?」
「おおよそ女性に向ける口じゃないわよ、それ」
「別にいいだろ、"男女平等"がモットーだし」
「普通は紳士が淑女をもてなすものよ?」
「それを言うならリズだって淑女じゃないだろ。もっとお淑やかかと思ってたのに」
「あら、軽蔑した?」
「……いや、惚れ直した」
なぜか言った当人であるセイギの頬が朱に染まる。言われたリズも同様だ。
「……なんか、ごめん」
「……ううん、こっちこそ」
泣きながら、怒りながら、笑いながら、照れながら。
こうして二人の平穏は始まった。




