甘辛く
短編第三弾
※訂正 三宮→宮永
「人の心が読めるというのは面白いと思わないか?」
僕の親友の口癖だった。
「面白い、とは思わないよ」
これも僕の口癖だった。
「人間は花のように美しくあるべきだと思うんだ」
「そうかな。雑草のようにたくましく、のほうが適切じゃない?」
「いいや。人間は雑草ほどたくましくないよ。雑草のように踏まれれば、立ち上がることのない草だ。花のように煌びやかなほうがしっくりくる」
「煌びやか、ねぇ」
「ははは。お前にはわからないか」
「わからないさ」
「でも、人間は花のほうがいいというのは認めたか」
「……花のない人間は、ただのゴミか」
僕のつぶやきは、風とともに散った。
人間誰しも強いわけじゃない。そして、花のように美しくもない。
花のように散る美しさなどない。柘榴のように飛び散るモノだ。だから、あれを美しいとは思わない。
雑草のように踏まれれば、立ち上がることなどせず折れたまま地面を這い回る。根を幾ら張ろうが抜かれて終わる。摘まれてしまえばただのお飾りだ。
「そんな人生に徳などあるかな」
「徳はなくても得はあるさ。才能などただのカスでしかなく、人生の散り際にこそ得は生まれる」
「それはなんだい?」
「決まっているだろう。走馬灯だよ」
お後はよろしくもない。とてもよろしくなどなかった。
「そう言うなって。まぁ、家族のほうには得があるさ」
「?」
「生命保険」
「世知辛いねぇ」
「まったくだ」
「つまり、人が人と付き合うのは生命保険が目当て、と」
「それは悲しすぎるだろう。世知辛いを超えている」
「唐辛子がハバネロに」
「痛いな」
「ああ、痛い」
「せめて甘辛くしてほしいな」
「世知甘い。もしくは世知甘辛い。謎の言葉だな」
「だな」
人は弱く辛く苦く決まって醜悪だ。人間の本質は悪にこそある。自分の利益のために他者を蹴落とし、自分の利益のために人を殺す。
この物語はノンフィクションであり世界全てに該当する物語です。ゆえに、暴力表現も公共団体も特定の会社も関係あります。
「ノンフィクション、か」
「リアルだねぇ」
「現実過ぎるな」
「この世界に全ての人間が関係しているように、僕たちの学園は楽園とならず失楽園となり小さな社会の模範となるために大きな社会の影響を受けません」
「うわ、恐ろしい話」
「国家の誕生か」
「王様は誰?」
「生徒会長様」
「崇めないとね」
「蔑むべきだろ」
ああ、今日も今日とて、僕たちの世界だけは甘ったるいな。辛くする必要性は、少しだけありそうだ。
「君は甘いねぇ」
「お前は辛いな」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そういえば、聞いたことある?」
「何を?」
「い、じ、め」
「それは臭い話だ」
「臭いの!?」
「醜悪な話」
「におわないと思うけど」
「ラフレシアに興味はない」
「ちなみに花は?」
「いじめられる側」
「ではハエは?」
「いじめる側」
「……臭い話だ」
「そうだね」
ノンフィクションで巻き起こる物語は面白い。一切合切現実の物語で人の歴史で人の愚考で人の行いだ。それを否定するものなどおらず、それを蔑む人しかおらず、それを嬉々として受け入れる人間しかいない。
「いじめじゃないけどいじめられます」
「何に?」
「自動ドア」
「世知辛いな」
「社会は敵だ」
「機械技術が敵だな」
「認識してくれない」
「閉じ込められたか」
「うなー」
親友は屋上で寝転ぶ。それにあわせ僕も屋上に寝転んで空を見た。
「きっと、この社会の甘さは君だけだ」
「僕は君ほど刺激的な辛さを持つ人間はいないと評価してるよ」
「彼女は?」
「あれは別だ。別」
「えー」
「なべなら灰汁を抜く機器」
「なんでなべ」
社会の縮図でしょ。あれ。
「漫画の読みすぎだね」
「僕は君に言われたくない」
「こっちだって君に言われたくないさ」
二人で笑って僕たちは屋上を眺めた。
「笑えるのは君のおかげさ」
「突拍子もない話だな」
「君が甘いから、僕は笑えるんだ」
「そうかい」
「僕は悪いところだらけだ。でも、君は全部甘くしてくれる」
「そうそういい話じゃないけどね」
「いやいや。彼女はそこら辺を無視して僕を助けてくれたけど、君だけは、君だけは違うだろ?」
「さあ。僕はどうでもいい話だから」
「ひどいな。でも、君らしい」
「ひどいのに?」
「ひどいのに。君は、僕をしっかり受け止めてくれて、受け入れてくれて、困ったときには必ず助けてくれる」
そこまでいいものじゃないと思うんだけどね。それじゃあまるでヒーローみたいじゃないか。
「ヒーローは、そうだね。確かに君はヒーローじゃないね」
「彼女のほうがヒーローだろ」
「う、まぁね。1対多数の逆転戦隊モノだ」
「あれはひどい。ヒーローが五対一で敵にたこ殴りにする話はこりごりだ」
「僕はそういう意味では戦隊モノよりもライダーモノが好きだ」
一対一、1対多数こそ正義の味方のあるべき姿だ。一人に対して多数でするなどいじめと変わらない。いじめに代わる行動だ。
「まるで今の君だな」
「僕は正義か」
「彼女も正義だ。てか、彼女はライダーモノの主人公だな」
「僕は脇役って?」
「助けられる側。それこそ僕が脇役」
「やられ役は?」
「きっと君」
「救われないねぇ」
「やられることはないと思うけどね。自分で終わる気がするよ」
「詐欺に遭った人みたいな目で見ないでくれない?」
「ははは。悪いね」
「悪いと思ったなら謝ってよ」
「いや、謝らないさ」
「彼女は怒るよ」
「僕と彼女は出会わないよ。真逆だから」
つまり僕が中間だね。君はそう言うと嬉しそうに僕の手に自分の手を重ねてきた。
「ねぇ、親友」
「なんだい?」
「僕は、終わるのかな」
「自分自身を責めない限りは、大丈夫かな」
「うわ、自信ないなぁ」
「自信は持つものじゃないよ。信じることだ」
「そりゃ自身だからね」
「持つのはおかしいね」
「ね」
親友は立ち上がると僕を見て嬉しそうに笑った。
「じゃあ、もう帰らないと。また明日」
「うん」
それから1日という、僕には長くも短過ぎる時間が経った。親友と一度も出会えなかった、1日。
その日、僕が虫の知らせを聞いたのは十分前のことで、全身が総毛立つ程に不気味な感覚に襲われた。息を切らせて走り、親友のいるであろう場所まで走り抜ける。
「……おいおい。言ったとおりにしてんじゃねーよ、親友」
親友の手をとり、僕は自分の右手で彼の右手を握った。
「……あは」
「……ねぇ」
「……ん? 誰かな」
「私は、その」
「ああ。聞いているよ」
「!?」
「わかっているさ。何せ、君が親友の心を壊した張本人だからね」
「わ、私は」
「言い訳はいいよ。僕はあの女のように優しくないよ。甘いけれど優しくない」
女の子は口を閉じて自分のスカートのすそをぎゅっと握った。
「……あなたは、誰」
「こいつの、親友だった」
「……宮永くんと、友人だったのですか?」
「ああ。屋上で一緒に、よく話したもんだ。でも、もう、終わりか」
握ったその手を、冷たくなったその手は僕の手を離すことなく、その形でとまったまま、彼の時間は止まって、僕は、動いていた。
赤く濡れたその場所で、僕は彼の右手を握り締めたまま、話しかける。
「どうだい、宮永。甘い僕は、死んだ君も優しく受け入れられるよ」
べっとりと濡れた僕たちの手は、二度と離れることなどないと言わんばかりに宮永の右手は僕の右手を握り続ける。
僕はそっと、彼の右手から自分の右手を離し、彼の体の上に彼の右手を置いた。
彼の右手はずっと僕と握手をした形のまま、時間をとめた。
そして、一人の教師と一人の女子生徒がさらに駆けつける。
「き、きみ」
「……お前、こいつをどうした」
「?」
「とぼけるなよ。お前がこいつをここまで追い込んだのか」
「……ああ、なるほどね。君が宮永の言っていた彼女か」
「……私を知らなかったのか」
「まぁね。なるほど、喧嘩っ早い。まさに常識人だ」
「み、宮永、くん」
「ま、あきらめたほうがいい。これも、あなた達の結果だ」
「「!!」」
「これが受け入れられないのは自分の不手際だからだよ。当たり前だろ?」
「おい、その言い方は何だよ」
「君こそ怖い考えだな。まさか、庇うのか」
「違う。事情を聞いた人間としては」
「事情? 結果が伴っていないくせに事情を聞いても無駄だろうさ。実際、死んだよ」
「……過程は重要だ」
「残念だな。こうして親友が死んだ以上、僕はこの二人に言うべき言葉はこれだけだ」
二人は、僕を、宮永を、絶望の目で見ながら、その言葉を待っていた。
「よくも、僕の親友を殺してくれたな」
「……今度のラフレシアは、あの子か」
一番最初に駆けつけた少女は、残念ながらハエにたかられる花となった。
「なぁ、宮永。お前は僕といて幸せだったのかい?」
いつもの二人の青空は色あせて見えて。僕は溜息を吐く。
「……宮永。ここから落ちたのか。馬鹿だなぁ。君は、救えない」
宮永の声を忘れない。宮永の音を忘れない。宮永の音階を忘れない。宮永の温度を忘れはしない。
「思い出の場所で死ぬなんて、僕へどれだけ辛い思いを残していくんだい」
……嗚呼。僕は、君のことが大好きだったよ。
「だから、さようなら。いつもどおりの日々なんて、もう訪れることはないだろうよ」
僕は、自分自身の言葉に、辛辣さを、覚えた。自分の声のトーンが気に食わない。君の声しか僕に入らない。自分の音階など、君の美しい声の前では色褪せ、死んでしまう。
「宮永。僕は、君のことを忘れはしないだろう。でも、僕は君と、二度と会うことの出来ない人間となってしまった。もう、君の声は届かないで終わるのだと思うと、この小さな社会は僕の敵でしかない」
あの常識人も、教師も、最初に宮永の死に駆けつけた少女も、きっと、『俺』にはただの人でしかない。
「……なぁ、宮永。俺は、本当に甘い人間なのかな?」
そのつぶやきは、悲しくもあの時と同じように消えていった。
短編です。生存報告ついでに書いてみました。
一応僕の『伝説不思議系物語』の一部分となっています。
なかなかかけないので番外編として一話だけ書きました。
それではばいばい!