七話
伝説
「――――…そうして、フィルス様は神リーフェに選ばれ、この国の初代の王とおなりになられたのです。
そして、その証として神リーフェは王の左手の甲に徴をお与えになられました。
ですから、現在も王は神に選ばれた証である【王印】をその左手に宿して御生まれになるのです」
そう大神官様が話を締めくくると、
大神官様の話を聞きに来ていた人たちが大神官様から祝福を享けようと、大神官様の前へ一列に並び始めた。
僕は、その列に巻き込まれないようにと思って端に寄っていた。
すると、若いけど優秀なんだろう、大神官補佐の装束を身にまとった青年に声をかけられた。
「そこの少年、君は大神官ゼセア様の祝福を享けないのか?」
祝福、それは神官より与えられるもの。
そして祝福を享けた者には精霊の加護が授けられる。
だから祝福は『精霊の祝福』や『精霊の守護』とも呼ばれている。
「あんなに人が並んでいては大神官様が大変でしょうから、僕は諦めます。
僕にとって大神官様のお話が聞けただけでもそれは十分ありがたい事ですから。」
そう答えたけれど、本当は人が多く並んでいるから祝福を享けないんじゃない。享けられないんだ。
僕にとって、問題は祝福の方法にあった。
祝福は神官が【王印】のある場所と同じ場所、
そうつまり左手の甲に聖水をかけ、聖詞を唱える事で成立する。
そして祝福を享けてから一年、精霊の加護が与えられる。
だけど、僕の左手には【王印】がある。それを見られるわけにはいかない。
それも、神官なんかに見られてしまえばすぐ王に伝わるだろう。
そんな事になったら僕は殺されるかもしれない。
だから母は僕に生まれてから一度も祝福を享けさせたことはないし、
これからも一生、僕が祝福を享けることはないだろう。
そう思いながら言うと、その補佐の青年は
「未分化の者が祝福を享けていない、というのはとても珍しい。
それも君は一度も祝福を享けたことが無いのだろう?
祝福を享けていないというのは危険な事だ。それを知らないわけではないだろう?」
祝福を享けていない者は悪しき者達にとって、
つまり亡霊や妖霊にとっては格好の餌となる。
それも未分化であればなおさらだ。
だからこそ、この国の人は皆、必ず祝福を享けている。
だけど、まさか【王印】があるから祝福を享けることが出来ない、なんて言うことはできない。
だから、僕は聞かれた問いに人が多いからだけじゃなく、
僕の手の甲には産まれてすぐにできた傷跡が残っていて、その醜い傷跡を見せたくないから祝福を享けないんだ。
と、村にいたころからずっと言い続けてきた嘘を言った。
「確かにここで大神官様から祝福を享ければ、
多くの者に傷跡を見られることになるな。」
補佐の青年はそう言ってから何か考えるように黙り込むとしばらくして言った。
「ゼセア様ほどの力はないが、私も神官としてはそれなりに力を持っている。
私が、君に祝福を与えようか? 奥の部屋へ行けば私以外の者に傷跡を見られる事もないだろう?」
と。
そう僕に言った神官の言葉は善意からのものだったから、断る事も出来ず、
まして祝福を享けられない理由を話す事も出来ないから、僕は覚悟を決めて、補佐の青年についていくことにした。
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