第一章 アウトキャスト
朝は灰色だった。巨大な石造りの建物のあいだを、うめくような冷たい風が吹き抜けていく。煉獄館学園は、遊びのための場所ではない。古い要塞であり、その暗い壁は、ここが鍛錬の場であり、戦いの場であり、さもなくば死ぬ場であることを思い知らせてくる。
足元の黒い石は、重たく垂れ込めた空の下で、暗い鏡のように鈍く光っていた。
中央の訓練場では、いたるところで生徒たちが鍛錬を重ねている。ある場所では炎の舌が舞い、別の場所では水の剣が形を成し、また別の場所では巨岩が主の命令で動いていた。あちこちに動きがあり、叫び声、汗、張り詰めた気配が満ちていた。
だが、訓練場のずっと端の方に、カケルはひとりで立っていた。
誰も近づこうとしない。誰も見ようともしない。まるで生ける者たちのあいだに紛れ込んだ幽霊のようだった。
生徒の一人がたまたま通りかかり、カケルの肩にぶつかった。その生徒は一瞬カケルを見たが、何も言わずにそのまま行ってしまった。カケルなど存在しないかのように。
カケルの手はポケットの中で、擦り切れた一枚の布に触れていた。なぜそれを持っているのか、彼自身にもわからない。どこで手に入れたのかも覚えていなかった。けれど、それが自分のものだということだけはわかっていた。指に伝わるのは、擦り切れた布の感触だけではなかった。かすかな温もり、いや、記憶の残り香のようなものが、いつもそこにあった。
体は汗にまみれていた。ほんの数分前まで訓練を続けていたのだ。虚空を殴り、自らの影に消え、数歩先に現れては息を切らし、そしてまた最初から繰り返す。
何度も同じことを試した。姿を消し、木製の標的の背後に現れて拳を打ち込むと、標的がひび割れた。拳の骨は赤く染まっていたが、目は焦点を失っていなかった。
そして今、彼は立ち止まり、息を整えていた。
炎の一族の生徒が三人、近づいてきた。髪は橙、瞳は黄、その目つきは蔑みでいっぱいだった。
シンと呼ばれるリーダー格が、カケルの前に立ちふさがった。
シンは吐き捨てるように言った。「お前、なんでこんな学園に来たんだ。名も無いお前みたいな奴が、エリート学園にいていいはずがない」
カケルは答えない。瞳は冷たいままだった。
「黙れ」
その言葉は静かに発せられたが、刃のように沈黙を切り裂いた。
シンは怒りをあらわにし、カケルのシャツを掴もうと手を伸ばした。しかし、触れる前にカケルがその手を掴んだ。力強い握りではなかったが、しっかりとしていた。
「触るな」
カケルはシンの手を放し、歩き去った。
三人の生徒はその場に立ちすくんだ。一人が殴りかかろうと手を出しかけたが、シンが手を上げて制した。
「放っておけ。先生に話して、俺たちの試合を組んでもらう。思い知らせてやる」
他の生徒たちはシンを見たが、誰も動こうとはしなかった。
数分後、生徒たちは中央の訓練場に集まり、大きな円陣を作っていた。
教師のクロが中央に立っていた。顔はおおわれておらず、鋭い目つきで、真剣さと落ち着きを同時に感じさせる表情をしていた。
クロは手でカケルに前へ出るよう促した。カケルは向かいに立った。その顔には何の感情も見えない。
「試合は降参か倒れるまで。始め」
シンはためらわなかった。右手から濃密な炎を放つ。火はまっすぐカケルへと向かっていった。
カケルは横に跳んでかわした。炎がすぐ脇を通過したが、彼はまったく怯えた様子を見せない。
生徒たちのあいだでささやきが交わされた。「速い。シンは強いのに」
シンは間を詰め、燃え盛る拳をカケルの肩に見舞った。カケルは痛みに一歩よろめいたが、倒れはしなかった。自分の傷を見て、それからシンを見た。
瞳は、それでもまだ冷たかった。
突然、カケルは自分の影に消えた。生徒たちが驚きの声をあげる。「どこに行った!」
カケルはシンの背後に現れ、その肩をしっかりと掴んだ。
シンの目が見開かれる。「何だと!」
シンが後ろ手に打ちかかろうとしたが、拳が届く前にカケルは再び消えた。そしてシンの正面に姿を現し、腹に強烈な拳を叩き込んだ。
シンは血を吐いた。「ぐあっ……」
だが、彼は諦めなかった。カケルの手を掴み返し、怒りに歪んだ笑みを浮かべる。そしてカケルの腹に拳を打ち込むと、手から炎が噴き出し、カケルのシャツが焼けた。
カケルは血を流したが、悲鳴はあげない。
ほんの一瞬、あらゆる音が遠のいた。空を見て、それからポケットに手をやる。布はまだそこにあった。二人は後方に跳び、距離を取った。
カケルは影から黒い剣を作り出した。刃は危険な光を放ち、シンも両手から濃密な炎を解き放ち、全身が火に包まれる。
「これで終わりじゃないぞ」
二人は高速で前進した。カケルが剣を振るい、シンがかわす。刃がシンの炎の一部を切り裂いた。
シンが燃える掌底を打ち込もうとした瞬間、カケルは影に消え、シンの右側に現れて肩を斬りつけた。シンは苦痛の叫びをあげながらも、燃える蹴りをカケルの腿に叩き込む。
生徒たちが悲鳴をあげる。「むちゃくちゃだ。動きが追えない」
カケルは痛みによろめきながら、腿の傷を見た。
シンは息を切らし、唇に血をにじませている。「疲れたか。俺はまだ始めてもいないぞ」
しかし、カケルは答えない。目は冷たいままで、握りを強くした。
消える。シンの背後に異なる角度から現れ、剣を打ち下ろす。シンはかろうじてかわし、すばやく回転して濃密な炎の塊をカケルの脇腹に叩き込んだ。
カケルは傷ついたが、シンの腕を掴んで放さなかった。
生徒たちが叫ぶ。「諦めない。なんだ、このしぶとさは」
カケルはシンの顔面に頭突きを食らわせた。シンはよろめき、怒り狂い、四方八方に炎を撒き散らす。カケルは影に消え、遠くに姿を現した。訓練場に炎が燃え広がる。生徒たちは息を呑み、クロは静かに見守っていた。まだ介入はしない。
シンはさらに加速して突進し、燃え盛る拳をカケルの胸に叩き込んだ。カケルは地面に倒れ込んだ。
生徒たちがざわめく。「倒れた。終わりか」
カケルは目を開けた。地面に倒れたまま、空を見る。顔には血がついていた。
ゆっくりと立ち上がる。
シンは愕然とした。「まだ立てるのか」
カケルは影に消えた。そしてシンの真後ろに現れ、剣を喉元に突きつける。
生徒たちが叫んだ。「決まった」
しかし、シンは笑った。素手で刃を掴む。手が焼けただれたが、放さなかった。「同じ手は食わない」
シンはカケルの顔面に至近距離からの炎を直撃させ、カケルは後方に吹き飛ばされて地面に落ちた。影の剣は消え去った。
カケルはひどく出血していたが、目はまだ開いていた。立ち上がろうとする。
生徒たちは怯えた。「死んじゃう。止めないと」
シンが勝負を決めようと走り寄る。
だが、クロがその場から消えた。突然、二人のあいだに現れ、片手でシンの拳を受け止め、もう一方の手でカケルの肩を支えた。
「そこまで。引き分けだ」
静寂。それからざわめき。生徒の一人が叫ぶ。「引き分けだって」
シンは腹を押さえながら後退し、カケルを睨みつける。「ふん」
カケルは答えなかった。黙って自分の傷を見ていた。
背を向け、訓練場から歩き去る。生徒たちは道を開けた。シンはその場に立ち、拳を震わせていた。
日没。空が赤く染まりつつあった。
カケルは学園の屋根の端に、ひとりで座っていた。足をぶらぶらさせている。
ポケットから、擦り切れた布を取り出す。それを見つめる。無言で。無表情で。けれど、布を握る指に、ほんのわずかだけ力がこもっていた。誰にも見えないほどのかすかな動きだったが、そこには確かに、彼自身もまだ名づけられない何かが宿っていた。
布をしまい、地平線を見つめた。
遠くに学園が見え、風が荒れ狂っている。カケルは、赤い空の下の、小さな孤独な点だった。
頭の中には何もない。胸の中にも何もない。ただ風だけがある。
第一章 終わり




