第七話 実証見分
「なんか嫌な雰囲気っす」
「ああ、全くだな」
アレンとジェイクが小声で話す。
みんなでドアの前まで行き、外付けの閂を外して、鉄網の木のドアを押し開けた。鉄の軋む音が耳を突き刺す。
淀んだ空気が零れると、あるのは石台が一つと、ゼロニウス神の小さな石像だけだった。
右隅の天井の排気口はジェイドがこじ開けた柵が曲げられたままになっている。
「血で描かれた魔法陣が無くなっている……」
「この部屋で間違いないかな。ジェイド君」
カルロス隊長がジェイドに尋ねると、はいと答えた。
「俺は石台の上で寝かされて、縄で両手足を縛られていました。そして、この石床には俺の血で魔法陣が描かれていた。俺はその魔法陣の形も何となく覚えています」
「クソガキが……」
「おい、ビクター。黙るんだ。ゼロニウス神がお怒りだぞ」
ダグラス副隊長の殺気の籠った一声にビクターは口を閉じた。
「ここに紙とペンがあるから、だいたいでいい。描いてみてくれないか?」
レオから羊皮紙と羽ペンを持たされたジェイドは、スラスラと魔法陣を描き上げた。
「大まかな部分しか覚えていませんが、だいたいこんな形をしていましたよ」
その羊皮紙を見たダグラス副隊長は一瞬眉が動いた。
「しかし、あの状況でよく覚えていたな。記憶力がいいのか?」
「はい、いい方だと思います」
「お前、本当に五歳か?」
「はい。多分、五歳です」
「ははっ、多分ってなんだよ」
「これまでの記憶がないので……」
「ああ、そうだったな。すまん」
すると、カルロス隊長が横から声をかけてきた。
「なあ、ジェイド?お前が目覚めたのは、この台の上なんだろ?ちょっと再現してみてくれないか」
「えっ?……あっ、はい……」
気乗りしないまま、言う通りにジェイドは石台の上に仰向けになった。隊員がジェイドの両手、両足を縄で縛りつける。
頭と背中で無機質な硬さと冷たさを感じる。結ばれた縄も容赦なく固い。ジェイドの胸の鼓動が少し早まった。
「奴を中心に四人の神官がいました。そして、奴が短剣で俺を刺し殺そうとしたのです。そしてその後、もう一人の男が俺に襲いかかりました」
ジェイドの言葉に、カルロス隊長とダグラス副隊長は目を合わせた。
カルロス隊長は、腕を組んで部下に命令する。
「では、ビクターの縄を解いてやれ。そして短剣を持たせるんだ」
誰もがその言葉にどよめいた。
「やばいっす、隊長!!危険なのでは?」
「ああ、アレン。心配いらないよ。折角だから忠実に再現してみよう。ジェイド。ビクターが変な動きをしたら、あの槍でぶっ刺すから」
後ろで待機している隊員が所持している槍を指す。
そこで、ちょっとした寸劇がここで始まった。
縄を解かれたビクターが俺の真横でニヤリ顔をした。そして、小声でジェイドに話しかける。
「おい、お前。殺されないと思っているだろう。フフッ」
ビクターの鼻息が荒くなり、目が血走っている。汚らしい舌が唇を舐めると両手で短剣を振りかぶった。冷たく鋭い切先がジェイドの腹を狙っている。
(えっ……まさか、コイツ!?)
短剣の残像が白銀に光ると、ジェイドの生存本能が目を覚ました。
【フィジカル・ブースト!!】
ジェイドを中心に眩く光る青い風圧が放たれると、【身体強化】で縄を引きちぎった。体に流れる熱い力。
ジェイドは、ビクターの手首を掴んで、俊敏に一回転するや否や、腕を捻り上げ背中を取ると、更に力を込めて肩関節を外した。
「ぐっ、いってぇぇぇーーーーー!!!」
ガシャ―ンと短剣の落ちる音がした。
横から屈強な神官が襲いかかる。小さな両手は、手首を掴むと、グルンと腕を回し上げ、素早く背中によじ登ると、両足を太い首にかけて、【身体強化】で締め上げた。男は意識を落とし、口から泡を吹いている。
その場にいた隊員たちは皆、唖然として誰一人一歩も動かない。
ジェイドは、意識を失った神官を持ち上げると、三人の神官へ投げつけた。大男によろめきながらも、何とか受け止める神官たち。
そして、部屋の隅へ走り出すと、コーナーの壁を左右に蹴り上げ、天井の排気口のこじ開けた柵に手をかける。ジェイドは懸垂をするように、するりと狭い排気口の中へ滑り込んだ。
「そこまでだ、ジェイド君。すまなかった。もう戻ってきてもいいよ」
カルロス隊長の拍手が聞こえた。一人だけ叩く乾いた音が密閉された牢屋に響き渡る。隊員と神官のどよめきと驚きの声がざわついていた。
ジェイドは深呼吸をしながら、排気口から両足をぶらんと出して、柵にぶら下がる。
まだ、心拍が落ち着かない。大勢の大人の中で、一人だけ機嫌良く笑うカルロス隊長。それに対してダグラス副隊長は、浮かない顔をしていた。
「俺の能力を確かめるために、わざとやったのですか?」
ジェイドが語気を強めて言うと、カルロス隊長は両手を振った。
「すまん、すまん。いざとなったら、影縛りで止める所だったが、寸前で君の身体強化が発動したもんでね。これで本当に君が誰の助けもなく、あの状況から逃げ出したことが証明されたよ。ご苦労さま」
排気口から自分で降りずに、ダグラスに抱っこをしてもらった。ダグラスは牢屋の外へ歩き始める。
(しかし……魔力が一度枯渇するとこんなにも魔力が増幅するものなのか。だとしても、以前の2倍以上増えているなんて……あり得ない)
気がつけば、ダグラスに抱っこされたまま移動していた。
「あっ、抱っこしてもらってすみません。もう、降りますから」
ジェイドはダグラスから降り離れようとした。が、ダグラスのほうから手を繋がれた。ハッとして横を見上げる。
「……さっきは、怖い思いをさせて、済まなかった」
ダグラスは目を合わせない代わりに、ジェイドの手をぎゅっと握りしめた。
その手は大きくて、ゴツゴツして、分厚くて……とても温かい。ジェイドの歩幅に合わせて、長い大理石の回廊を二人で歩く。たまらずジェイドは、視線を足元へ落とした。
――俺が手を繋がれて、あの屋敷へ初めて来た日。
シリウスはカンタルス辺境大公に手を繋がれたまま、屋敷へ連れられてきた。まるで手枷のように引っ張られ、ここから逃げられない焦りが足を震わせた。
『あっ!!』
シリウスの足がもつれ、転びそうになった。カンタルス辺境大公は小さく舌打ちをする。
『まるで小枝のような足だな。まともに歩けやしない』
『……』
『ここに来たからには、ちゃんと体を鍛えなければな!』
カンタルス辺境大公は、根っからの武将だった。自分の思うがまま肉をありったけ食べさせられ、気の向くまま鍛えさせられた。俺の気持ちを置き去りにして。
――でもこの人は……違うかもしれない。
ジェイドの指先がダグラスの手にそっと触れた。
来週の土曜日。18時に投稿します。




