第六話 ジェイドの遠出
――事件が起きて、四日後。
ジェイドの体はすっかり元通り元気な姿になった。この三日間、光魔法を持つ神官に治癒魔法の治療を受けさせてもらった。なんと、カルロス隊長の自腹だそうだ。なぜ、隊長が出生の分からない子供にそこまでしてくれるのか、見当もつかなかった。
朝食後、部屋にダグラス副隊長が袋を持ってやってきた。
「今日は、事件のあったシルヴァン聖堂へ行くぞ。そこで、お前の身に起きたことを隊長や他の皆に話してもらう。これは、お前の服だ。有難く受け取れよ」
袋の中身は、子供服だった。生地がしっかりとした普通の子供服だ。以前の服はボロボロだったので、とてもありがたい。さっそくジェイドは姿鏡の前で着替えてみる。改めて鏡の前で自分の顔をじっと見つめた。
肩まで伸びた細いモカ色の髪は、うるさいので後ろに結ぶ。長い前髪の向こうにある長いまつ毛とクリっとした二重の目。その瞳をじっくり見てみると、縁側が緑色で、瞳孔に近いところは青色になっている。
(緑と青が混在している。魂のシリウスが森の泉のような色と言っていたが、本当にそうだな……)
「何、自分の顔を見て『俺、イケメン』だとか思ってる?」
鏡越しのダグラスが、からかうようにジェイドに微笑む。
「ちっ、違いますよ。あの……その、洋服。ありがとうございます」
「ふふっ。なに、いいってことよ」
「俺が、みんなの役に立てたらいいのだけれど」
「そう、固くなるな。あったままを話せばいい」
ジェイドとダグラスは部屋を出ると、長い回廊を二人で歩く。グレーと白の市松模様の大理石は、冷たく外の光を跳ね返し、固い足音は星状の梁に響き渡る。
それを聞きながら、ふと窓辺に目をやった。
釣り鐘型の格子窓に青空が眩しく映る。今いる場所は、朝日の反対側。建物の影に当たるけど、それでも十分明るい。所々窓が開いていて、若草の香りが髪を揺らした。
黒龍魔法城の中は、管理が行き届いている。
途中、杖を振ってモップを動かす見習い魔法使いに出会い、ジェイドはお世話をしてくれたお礼を伝えた。
手すりを滑らせながら、白い円弧階段を降りる途中、ほんのりと甘い香りに足が止まった。視線を落とせば、エントランスに赤い薔薇が品よく飾られ、星屑を散りばめたような青紫の石床が広がっていた。
ダグラスは受付の前で女性2人に軽く挨拶を済ませる。ついでにジェイドも頭を軽く下げた。
「「ダグラス副隊長、いってらっしゃいませ」」
外へ出ると、若い隊員3人が軍馬を連れて待っていた。
「彼らも一緒に行くぞ。左から、アレン、ジェイク、レオだ」
「ジェイクです。よろしくお願いします」
ジェイクは頭を下げた。
「おっ!元気になって良かったっす」
「そりゃ光魔法で治療したら一発だろ」
「カルロス隊長のお気に入りですからね」
「おいおい。そこの3人。あんまり、攻めんなよ。行くぞ!」
ダグラス副隊長を先頭にぞろぞろとやってきたのは、屋根がドーム状になっている別館だった。
外へ出て気づいたのだが、この城も目の前の建物も外壁が全て黒い。石壁に近づいて見てみると、螺鈿色にキラキラと星砂が輝いているように見えた。そっと触れると、一瞬氷に触れたような感覚になる。
「黒曜石?」
「いいや、外れだ。一見黒曜石に見えるが、これは黒龍魔晶岩だ」
ジェイクが答える。
「黒龍魔晶岩……って、あの希少な?」
「あれ?希少だって、なんでわかるっす?」
アレンは首を傾げた。
「分かりますよ!ブラックドラゴンの住処である黒龍山でしか取れない希少な岩ですよ。魔素濃度が濃過ぎて、決して人はその山に立ち寄れないと聞いたことがあります。希少な岩を建物に使うなんて贅沢な!!あぁ、だから黒龍魔法城なんだ!!」
「平民の子どもにはわかるはずないと思ってたけど……君、やっぱり貴族なんじゃない?」
レオが腕を組んでジェイクを疑心暗鬼な目で見てくる。
ダグラスがニヤリ顔でジェイドに質問をした。
「ジェイド。因みに黒龍魔晶岩は、どんな性質があると思う?」
「それは、ありとあらゆる魔法攻撃を吸収し、無効化するんですよ。何千年にも渡って、あの無敵のブラックドラゴンの魔素が染み付いた岩ですよ?しかも強度も高い。希少と言わず、なんというんですか?」
三人の若い隊員は、互いに目を合わせた。
「君、サージス魔法学園に行けば、絶対にいい線いくかも?」
「へっ!?」
「はい、お喋りはここまで。入るぞ!」
ダグラス副隊長を先頭に、重厚な大きな鉄扉を軽々と押し広げた。軍馬を引き連れて、次々と建物内へ入っていく。
建物内は、円形状になっており、白い柱と窓ガラス以外は何もない。見上げるとドーム状の天窓があり、スポットライトのように日の光が差し込んでいた。その下には、巨大な魔法円陣が描かれている。それはとても繊細で美しく、金とラピスラズリが綺麗に調和されていた。
「これは……」
ジェイドは、移転魔法の緻密な構築にそっと触れた。
「ここは転移魔法円陣だけの部屋さ。荷物とか大人数を転移させるときは、とても便利なんだ。ここを中心に半径300キロ先の地点まで行けるんだぞ!」
「300キロ!?」
ジェイドの反応に気を良くしたダグラスが鼻を擦った。
「俺たちも普段をここを使って通勤しているっす!」
アレンもついでに鼻を擦る。
「ダグラス副隊長もここから通勤してるの?」
「あぁ、そうさ。魔法使いの森に住んでる」
(魔法使いの森か……)
ジェイドたち5人と軍馬4頭は、魔法陣の上に乗った。
「では、第13中継地点まで出発!」
ダグラスが飴色の杖を天に突き差した。
ダグラスの杖に反応した巨大魔法円陣から金色の光が溝に沿って流れだした。その光は次第に円陣の古代文字を満していく。足の裏に微量な振動を感じ取りながら、それをジェイドは光の流れを目で追った。全ての線と古代文字が金色に満たされると、光線が瞳の奥へ突き刺さった。
「うぁっ!!」
ジェイドは思わず顔を隠す。
目の前に現れたのは、細やかなマス目の世界。
マス目がたわんだり、横に引っ張られて伸びたり、斜めに捻じれたり。面の大波に揺られ……。
眉間にしわを寄せ、やがて苦味と酸っぱさが口一杯に広がった。
「っ……オェッ!!!」
❇❇❇❇❇
《ガダンッ!!》
気がつけば、手のひらと膝に柔らかな草の感触と匂いがした。四つん這いになったジェイドは、震えながら肩で息を吐く。
「おい!!大丈夫か?」
ジェイクが小さな背中をさすり、レオが水を用意、アレンが杖で柔らかな風を送る。
「つい好奇心に……負けてしまって……見ていたら……オェッ!!」
思わず口を両手で塞ぎ、うずくまる。
「「「あ〜〜。分かる!」」」
若い三人衆が声を揃えた。
「昔、俺たちも同じことを試したっすよ!」
「そうそう、そしたらコイツ転送中に吐いちまって――」
アレンと、ジェイクがにやりと笑う。バツの悪いレオが2人を睨みつけた。
「……やめてくださいよ!子供の頃の話でしょ?」
すると、ダグラスの声が小さく呟く。
「……わりぃ。転送する前に言うべきだった。酔い止めのブレスレット持ってなかったからきつかったろ?後になって渡しそびれたのに気がついた。ごめんな」
ダグラスが自分の右胸のポケットから水晶が淡く光るブレスレットを取り出し、揺らして見せた。
「もう〜!!酷いっすよ〜副隊長!!」
「ホント、たち悪い」
「ジェイドが、落ち着いてから行きましょう」
ブナの森にある中継地点は、古代文字が刻まれた長方形の石灰岩を円形に並べ、中央に魔法陣が刻み込まれた石板を土に埋め込んだだけの簡素な作りだった。
ジェイドは木の根に腰を下ろすと、鳥と蝉の鳴き声を聞きながら、森の空気をゆっくりと吸い込む。
ブナの香りと緑苔の濡れた感触。
斑点のように漏れ出す日差し。
遠くで軍馬の世話をする若い隊員の笑い声。
自分がここにいること自体、不思議で仕方がない。
「ジェイド。もう行けそうか?」
「はい、もう大丈夫です」
❇❇❇❇❇
小さなジェイドはダグラス副隊長の力を借りて、鞍に乗せてもらった。革の手綱を握り、久々に緊張する。身体が小さいジェイドはかなり足が開く体勢になってしまったが、後ろにはダグラスがついている。
背中に彼の体温が伝わる。
「俺がいるから、馬から落ちることはない。安心しろ」
ダグラスの逞しい腕が手綱を振ると、馬は軽やかな蹄音を立てて、走り出した。
時折、身体が浮いてずれ落ちそうになると、大きな腕が支えてくれる。その度に軽く下唇を噛んだ。
一団は森を抜け、峠を越えて、見慣れない高さから、眼下に広がる高原を駆け抜けた。
馬のたてがみは黒い旗のように靡き、首から肩に流れる艶やかな毛並みは光を滑らせ、しなやかに筋肉が躍動する。
シリウス時代になかった光景。
太陽の光が、風の匂いが、草原の鮮やかさが、川のざわめきが、体の奥へと飛び込んでいく。
まだ見ぬ世界が、ここにはあるのだと実感した。
「……馬っていいな」
「だろ?馬って、かっこいいよな」
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木の吊り橋を揺れながら渡った後、森の入り口に二本の古い大柱が建っていた。その先は、荷馬車が一台通れるぐらいの道幅で、古い石畳が続いている。
「この先にシルヴァン聖堂がある。もうすぐだぞ」
近づくにつれ、乳白色の柱が等間隔で並んでいる。しばらくすると、山の開けたところにシルヴァン聖堂が見えてきた。
ダグラスは聖堂の近くで軍馬を止めた。大きな体で軽やかに降り立つ。ダグラスの手助けでジェイドも降ろしてもらった。
「いや~、ジェイド君。すっかり見違えるほど、小綺麗になったね」
聖堂前には、カルロス隊長と他の隊員、それに数人の神官たちが待っていてくれた。
「はい。あんな高額な光魔法の治療をしてくださり、ありがとうございます。カルロス隊長」
「いや、いいんだ。僕は金持ちだからな。それよりも、今日はシルヴァン聖堂での事件の実証見分をしたいんだ。そこで、君が襲われた部屋に行って、君がしたことを再現してほしい」
後ろを振り返ると、ビクター大神官が縛られ、屈強な隊員たちの間に連れてこられた。腕やお腹は縄で縛られている。
「あの時のガキか。へっ、上手く逃げやがったな」
ジェイドは冷ややかな視線をビクターに向けた。怒りで魔力が殺気立つ。ボコボコと水泡の音が体中に鳴り響いた。
「まあまあ、ジェイド君。殺気は抑えて。ねっ!」
穏やかかつ、響くような声で、ジェイドの肩に触れた。
ジェイドは深呼吸を一つすると、カルロス隊長と共に、歴史ある荘厳な石造りの聖堂の階段を上っていった。
重い鉄の扉を開くと、香の匂いが飛び込んできた。明らかに外の空気が違う、神聖な雰囲気。
目の前には、両手を広げたゼロニウス神の石像が建っていた。しかもかなり大きい。
ゼロニウス神の後ろにある釣鐘状のステンドガラスから差し込む日差しが、連なる太い柱をカラフルで幻想的に照らしている。
(……綺麗だ。まるで虹のようだ……)
見上げると、年季の入った石積みの天井には樫の木の梁がドーム状に広がっており、その中央には装飾が施された鉄のシャンデリアが吊るされている。
カルロス一行は大理石の側廊を歩く。一面の長い壁には、美しく描かれた天使のタイルが施されていた。
(歴史のある建物だな……)
踊り場からさらに左に曲がり、中庭の回廊を歩いていく。
中庭は寂しいほど何もなく、ただ独り、羽根の生えた女神の石像が蔓草に絡まったまま佇んでいた。
森の風が柔らかく吹き抜け、複数の雑踏音だけが回廊に響き渡る。
(大人に囲まれて歩くのは、しんどいなぁ……)
ジェイドの胃がギュッとした。
カルロス一行が別棟の建物の中へ入ると、空気が一変した。聖堂とは違って、ここの建物は砂埃のあるざらついた花崗岩の石畳になっていた。
廊下の右側に鉄鋲の木扉が一つ。ここを管理している司教がその扉を開くと、地下へ続く螺旋階段が現れた。
カビの匂いと淀んだ冷たい空気が下から吹いてくる。司教が杖で壁の魔法ランプの明かりを灯した。まだ昼前だと言うのに、この空間は真夜中のように薄暗い。
その螺旋階段の壁は、川原の石で積み上げてできている。壁に触れるジェイドの指先は僅かに震えていた。
カツン、カツンと重く響く足音を鳴らしながら、階段を降り、地下牢に着くと、突き当たりにある奥の部屋までやってきた。
10分後に7話を投稿します。




