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第五話 魔法特殊任務部隊ダグラス

にわかに信じられん。あのような細腕の小さな子供に身体強化とは……。誰かが彼を逃がしたとしか思えない。


執務室へ向かう間、あの子供を思い返していた。肩まで伸びたモカ色の髪は伸び放題で、顔立ちは女の子と間違えそうなほど、愛らしい。クリっとした大きな二重。だが、窓辺に視線を向けるピーコックブルーの瞳は、どこか大人びていて、何かを失ったような印象を受けた。


(それに、掌の傷。あんな小さな手をどれだけの力で握り締めたんだ………)


ダグラスは隊長の執務室の重厚なドアを叩く。


「入れ」

「失礼しまーす」


ドーム状の天井に魔法石のシャンデリア。

両面にはほぼ本棚で埋め尽くされる。

高級書斎机なのに、膨大な書類が山のように積まれて、見る影もない。

インクの匂いとまるで図書館にいるような本の匂い。空気が淀み、部屋も暗いので、思わず眉を歪めた。


「隊長、窓を開けて換気をしたらどうです?」

「そんなことをしたら、山積みの書類が風で吹っ飛ぶだろ」

「そんなの形状記憶魔法を使えば、どうとでもなるでしょ?」


ダグラスは、胸のポケットから杖を出して、そこら辺の山積みになった書類に魔法をかけた。小さな光が書類に振り注ぐと、羊皮紙がカサカサと乾いた音を立てながら、雑然とした書類の山をきっちり整然と、並べ直す。


つかさず窓に杖を振りかざすと、紺色の重厚なカーテンが開き、テラス窓が全開した。


一気に夏の日差しが部屋全体を明るくし、湿った風が室内を駆け巡る。立ちこもっていた鬱蒼としたインクの匂いが新鮮な外の空気に書き換えられた。


カルロス特殊任務部隊隊長は、書斎机からフラフラと立ち上がると、焦げ茶色のチェスターフィールドに身を投げ出す。


隊長の目の下は青黒いクマができていて、太陽に光る金色の髪は、疲労でパサパサになっていた。


「これはこれは、ずいぶんお疲れのようで……」


「ああ、見ての通りお疲れさ。悪党共やカンタルスのせいでこんなにも報告書や証拠書類の山に殺されそうになっているんだ。部下なら私のことを助けてくれ」


「助けますとも、少しなら」

「少しと言わずに、全部やると言え」

「言いませんよ〜」

「この薄情者め!」


こんな風に上司に気軽に会話できるのは、カルロス隊長とは、旧知の仲だから。同じ時期に訓練生として過ごし、同じ特殊任務部隊へ配属された。酸いも甘いも噛み分けて、互いに危険な任務をこなしてきた。


「ところで例の子供は意識を取り戻したか?」

「はい、意識は取り戻しました。当初は魔力枯渇と大量出血による貧血がありましたが、今は落ち着いています」

「そうか、よく助かったな」

「右腕には、線状の血のかさぶたが隆起していました。あの子が何らかの処置魔法を施した可能性があります」


「ん?あんな幼い子供が、あの状況で処置魔法を?些か不自然だな。あの子を逃がす手引きをした奴が治療をしたのでは?」


「いいえ。そのようなことは一切言ってなかった。あの状況で逃げ出したのも、自分で身体強化をかけて逃げたと言ってます」


「本当かな〜。して、あの子の身元は?」

「それが、連れ去られてからの記憶がないと言うんです。だから、何も覚えていないと……」


カルロス隊長は、頭を無造作に掻いた。


「む〜っ。記憶喪失の5歳児か……。裁判の証人は難しそうだな」

「そうですね」

「なら、現場の痕跡を復元するしかないか……」

「今、復元映写機をサエルドに頼んでいます」

「あの子供に実証見分を頼めるかな?」

「今は、著しく魔力と体力が低下しておりますので、せめて1週間ぐらいは養生しなければ……」


「それでは遅い。光魔法の使い手に頼んで、回復を早めよう。3日もすれば、魔力も貧血も回復する」


「隊長〜。せっかち過ぎますよ。それなりの金がかかりますよ?いいのですか?平民の子供にそんな大金を叩いてどうするんです?経費で落ちませんよ?」


「なに、そこは私が立て替える。あの子が早く治らなければ、私の文書地獄も長引くだけだ」


ソファークッションを枕にカルロス隊長が力なく笑った。


「仕方ないですね、分かりました。光魔法の使い手の神官を呼び出します。イグニスト伯爵の名で」


「お願〜〜い、割引きできるか聞いといて?」

バイオレットの瞳を潤わせ、可愛く小首を傾げておねだりするカルロス。


「ウゲッ、聞くだけ聞いておきますよ。だから、その顔は止めてくださいよ。気色悪い」


「女性ウケはするんだけどな……お前には無理か」

「そんなことより、隊長。あの子なんですが……」

「なんだ?」

「俺の勘ですが、なにか違和感だらけだ。なにか子供のくせに達観してるというか、なにか冷めた目をしています」


カルロス隊長は目を輝かせて、ソファーから身を起こした。

「なんだ、もしかして天才か?魔力量があるとか?」

「いや、そこは分かりませんが、魔力検査は受けさせようかと思ってます」

「そうだな……。よし、ダグラス副隊長!」

「はっ。何でしょうか?」

「君、あの子の保護者になりなさい!」

「へぇ!?」


カルロスのあまりの唐突の命令に思わず息を呑み込み、全力で首を振った。


「ちっ、ちょっと、バカな冗談止めてくださいよ。男手一つ、レイアを育てるだけで精一杯なんだ!!」


「あ〜、丁度いい。その子は、レイアちゃんの良いお喋り相手になるのではないか?」


「だけど、あの子は俺の子供ではない」

「だから?」

「だからって……なんですか?カルロス隊長。子育ては口で言うほど簡単なものではないのですよ!?」


「しかし、あの子は、記憶を失っているのだろ?探しようがないじゃないか。それに、お前が鍛え上げたら、モノになるんじゃないかと、睨んでいる」


カルロス隊長は腕を組んでニヤリと意味ありげな含み笑いをした。


「そんな事、魔力検査次第ですよ。使い物にならなかったら、容赦なくジュネール孤児院へ送る」


「あ〜ぁ可哀想に……。父親の顔も母親の顔も分からない幼気な子供を……」


ジト目でダグラスを見つめるカルロス。


「俺が悪い風に言わないでもらえませんか?元々孤児院へ送る予定だったでしょ?」


「いや、きっとお前が育てる。僕の勘だ!」

「馬鹿なこと言わないでくださいよ」

「あはははっ、魔力検査が楽しみだ!」


――翌日、光魔法の使い手の神官を呼びつけ、ジェイドに光魔法で3日間治癒治療をすることになった。ジェイドは戸惑っていたが、カルロス隊長のおごりだと聞くと、「じゃあ、遠慮なく」と言いやがった。


本当に、変わった子供だと俺は思った。


最後まで、読んでいただきありがとうございます。次回の投稿は、毎週土曜日1話ずつ投稿しますので、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
いきなり養子に引き取るのはかなりハードルが高いと思いますけど、魔力が高いと引き取るメリットが多い世界なんですか? 子供が好きで同情もあって無条件に引き取るのなら分からなくもないのですけど、魔力の多寡で…
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