第四話 保護されたジェイド
『ガハハハッ、儂は、必ず息子を蘇らせてみせる。大人しく捕まってろ!!』
ルドルフの豪快な声だけが暗闇に響き渡り、どこまでも、どこまでも鼓動を激しく打ち鳴らしたまま、ジェイドは逃げ惑う。
シリウスを蘇らせるために、ジェイドの命を狙う男。
ジェイドにとって、かつての父親は悪魔でしかない。
漆黒の闇の中、ジェイドが転ぶと、ルドルフに足を掴まれ、引きずられていく。それでもジェイドは、力の限りもがき暴れまくる。
『やめろ、やめろ、やめろ、やめろおぉぉーーー!!!』
はっと目が覚めると、知らない木の天井が見えた。
「はあっ、はあっ、はあっ……はっ、これは夢……」
ベッドに寝かされていたジェイドは、まだ胸の鼓動が収まらない。指先の震えをシーツで強く掴みながら、まずは落ち着くために2、3回だけ深呼吸をする。
(はぁ……。俺は、助かったのか?)
多分、俺は魔法団側に拾われた。カルタルス辺境大公なら、逃さないように監視がつくはず。ここには監視がいない。
すると外からブーツの足音が聞こえ、ドアをそっと開ける音がした。慌てて、布団を頭までかぶるジェイド。
「よう、もう気がついたのか?」
おじさんぐらいの低い声が聞こえた。
そっと布団から覗き込むと、いきなりデコピンをお見舞いしてきた。
「痛っ!!」
「悪い、悪い、ちょっと強かったか?」
「いきなりデコピンですか?」
「寝たフリしたからな、ふふっ」
ジェイドがおでこを擦りながら、ジト目で男を見つめた。
「いや、緊張感を解そうと思ってな。悪い」
余裕な笑みを見せるその男は、見た目は30手前だろうか、そんなに若くはない。赤い髪を一つに結び、あごひげが少しだけ生えていて、たばこの香りが微かにする大人の男性であった。
「俺はジェイド。あなたは?」
「俺は、魔法城専属の特殊任務部隊副隊長のダグラス・アルガバスだ」
(蜂蜜色の瞳がメリッサと似ている……)
「ダグラス様が俺を助けて下さったのですか?」
「ん?」
ダグラスが不思議そうに首を傾げた。
「何でしょう?」
「お前、貴族か?」
ジェイドは、5歳以降の記憶がごっそり抜けている。貴族なのか平民なのかも分からない。記憶が戻らなくては、家にも帰れない。そもそも、両親が居るのかさえ分からない。記憶は霧の奥にあるようだ。
「俺は、……分からない。今までの記憶が無いんです。だから……両親も家も何処にあるのか何も分からない……」
ダグラスは鼻を搔いては、目を閉じ眉間にしわを寄せた。
「君は、ビクター大神官。いや、もう大神官ではない。あの悪党に攫われた子供なんだ」
「……そうなんだろうと思います」
ダグラスの鋭い視線がちらりと刺さる。
「ビクター大神官は、お前の命を身代わりに禁忌の秘術を使って、カンタルス辺境大公の息子シリウスを蘇らせようとした。地下室で、お前を殺そうとしたあのデブがビクターだった」
(そうか、アイツが俺の魂を……)
「……捕まえて自白させたのですか?」
「あぁ、しかし……もっと興味深いことがある。お前、大の大人を二人も倒して、よくあの部屋から脱出できたな?」
「……簡単ですよ。身体強化で逃げたのです。殺されそうになりましたから」
シリウスだった頃、サージス魔法学園の三年生で男子のみの選択授業があった。それが、身体強化の実技演習だった。その時に覚えた関節技や相手の落とし方が、今になって生かされた。
ダグラスは部屋を歩き回ると、おでこを擦りながら、乾いた笑い声が部屋中に響いた。
「フハハハッ!まさか、平民の5歳の子供が身体強化〜?おい、大人をからかうのもほどほどにしろよ。どうせ誰かに助けてもらったんだろ?」
「……誰かに助けてもらったほうが都合いいですか?」
ジェイドは、乾いた瞳でダグラスをじっと見つめた。
「あ〜〜。お前、これが治ったら魔力測定を受けろ」
「それは、ありがたいです。俺もどのぐらいの魔力量があるのか知りたかった」
(魔力量は、ある程度なら増やすことができる)
「まさか、お前。その腕は、自分で治したのか?」
「そうだとしたら、何ですか?」
「……どこで習った?」
「言わなきゃいけないのですか?」
「……別に言わなくてもいい。ただ、5歳の割に可愛げがない」
17歳から5歳になったばかりだから、そこは仕方がないじゃないか。ジェイドはダグラスを睨みつけた。
(いや、彼は恩人だ。まず、礼を言わなくては……)
ジェイドはとりあえず、保護してくれたことに感謝の言葉を伝えた。ダグラスは眉間にしわを寄せつつも、仕方がないと言わんばかりの表情をした。
「……まあ、とりあえずしばらく休め」
ダグラスは、ジェイドの淡いモカ色の髪を無骨な手で撫でた。
ジェイドがいる所は、魔法城にある宿泊スペースだ。ここで働く見習い魔法使い達が三食のご飯や、清拭までしてくれて、至れり尽くせりの時間を過ごした。
シリウス時代の幼少期を思い出す。あの居心地の悪いカンタルスの屋敷で、5歳年上の侍女のアリアだけが唯一心を許せる相手だった。今もカンタルスの屋敷で頑張っているだろうか……。




