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男たちの死骸は、あたり一帯に散乱していた。
とはいえ、詳細に数えてみたわけではないが、最初に攻めてきたよりは人数が少ないように見えた。
恐るべき動物兵器の覚醒を目の当たりにして、さすがの彼らも恐れをなしたということだろう。
兵器の回収など早々にあきらめ、命からがら逃げ出したに違いない。
ウィニーはまだ、その場で荒れ狂っていた。
細切れの肉片になった人体をなおも踏みにじり、原型をとどめぬ死体を爪にひっかけて振り回していた。
おうおう、と咆哮を上げ続けている。
「フォウくん、頼みがある」
ウィニーを見つめたまま、和彦は後ろのフォウに言った。
「君の炎で、ウィニーに背中を向けさせることはできないだろうか」
フォウがごくりと喉を鳴らした。
彼もさきほど、九条の言葉を聞いていたはずだった。
その指示が何を意味しているか、すぐにわかったはずだった。
しかしフォウはすぐに返事をした。
「まかせとけ」
それだけ言い残すと、するりと和彦のそばを離れた。
素早く背後の森に滑り込み、姿を消す。
ウィニーの暴れているのは崖の突端の、少し開けた岩場になっているところだ。気付かれないように、攻撃に適した位置を探しに言ったのだろう。
和彦はいたましい思いを抱いて、荒ぶるウィニーを見守り続けた。
「ウィニー!」
声をかけた。
巨大な熊は、最初は和彦の呼びかけに応えなかった。
何度か名前を呼んで、ようやくこちらを振り向いた。
だが、真っ赤に光るその瞳は、和彦を知己の人間だと認識してはいなかった。
憎い人間がまた現れたと、前脚を大きく振り回して闘いの雄叫びを上げた。
だめなの。
か細いサハロフ博士の声が胸を通り過ぎていった。
もう、止められない。お願い。
あなたに お願いするしかないの。
和彦の脳裏には子熊だった頃のウィニーの姿が次々と甦ってきた。
きゅうきゅうと心細げに鳴いていた声。嬉しそうにハチミツ入りの牛乳を舐める姿。フォウに抱っこしてもらおうと差し出された、むくむくの手。
「おいっ、こっちだ!」
向こう側の木立の間からフォウが躍り出た。
すでに炎の玉を手の中で転がし、準備万端だ。
「来やがれ熊公!」
フォウはわざとウィニーの名前を呼ばない。彼もまた、可愛いい子熊だった頃の彼を思い出してしまうのが嫌なのだろう。
目の前にいるのは遺伝子操作で生まれた怪物。
このまま見過ごしてしまえば多くの人を害するようになる。また、その存在を利用しようとする悪人たちにも狙われる。
殺すしか、ないのだ。
「ほーら、ほら! てめえの相手はこの俺だぜ! よそ見してんじゃねえ、こっちに来い!」
フォウはわざと派手に火の玉を量産し、熊の注意をひきつけようとしている。鼻の先で炎に渦を巻かせて、ひげの先を焦がした。
怒り狂ったウィニーが首を振り回し、前脚で炎を払いのむけようとする。
その前脚にも、フォウが炎を巻きつける。大きな声で挑発する。
「どうした、どうした! 焼き肉にされたくねえなら、炎ごと俺をぶっ飛ばすしかねえぞ!」
崖の突端に立って、フォウはウィニーを手招きする。
わざと無防備なふりを装ってみせる。
ウィニーが頭をもたげ、完全にフォウへ向き直った。
後ろ足で立ち、両腕を高く掲げて攻撃のポーズを取る。
後頭部が、和彦の眼前で剥き出しになる。
和彦は静かに、手を谷のほうへかざした。
矢のような速さで、水が一直線に和彦を目掛けて噴きあがってくる。
その水を、和彦は手の中でくるりと回して手裏剣の形にする。どこが刺さっても致命傷になるよう、刃先は鋭く尖らせる。
許してくれ、ウィニー。
思いのたけをこめて、投げ付けた。
氷の手裏剣は空中を斜めに切り裂いて飛んだ。
ウィニーの背後で水切りをした石のように跳ねあがる。
首を、後ろから切り裂いた。
氷の刃が深々と肉に食い込んだ。
巨大な熊の厚い筋肉をものともせず、その内側にある血管と神経を道連れにして、前方へ抜ける。
ウィニーの動きがとまった。
ぐらり。
ゆっくりと、首が胴体から離れていく。
鋭い切り口を残して、頭部が地面に転がり落ちた。
ずしんと重い音をたてて一度だけ跳ね、そのまま横倒しになる。
数秒遅れて。
巨大な体が前方へかしいだ。
首を切り裂いた手裏剣の勢いを受けて、前のめりに倒れてゆく。
肩が地面にめりこむ。
体が斜めになったせいか、首から急に、シャワーのように血が流れ始める。
「……う」
フォウがその場に両ひざをついた。
「ウィニー!」
叫んだ。
拳を地面にやたらと叩きつけている。怒りと悲しみを発散させるには、そうするしかないのだろう。
フォウの拳が破れ、血がにじんでいるのを見つめながら、和彦は止めることもせず、ただその場に立ち尽くしていた。
「ウィニー……」
気が付けば、和彦もその名を口にしていた。
サハロフ博士。
もしもフォウくんが言うように、あの世というものが本当にあるのだとしたら。死んだ者は全て、そこへ行くことになっているのなら。
あなたの後から、ウィニーが行きます。
どうかウィニーを迎えてやってください。今度こそ、いつまでも一緒にいてやってください。
そのときにはきっとウィニーは、あなたが そして僕たちが愛した、あの可愛い子熊の姿に戻っていることでしょう。
ああ。人間とは。
なんと傲慢で、哀れな生き物か。




