曇
三題噺もどき―ろっぴゃくはちじゅうきゅう。
ベランダに出ると、暗い雲が空を覆っていた。
どうにも晴れ切らない空は、ここ数日はよく見る光景だ。
今は雨が降っていないが、今夜はどうだろうか。散歩のタイミングで降ってさえなければいいのだけれど。
「……」
湿気を纏った空気が、周囲を満たしている。
どうしてこうも、ジメジメしたものというのは不快に思ってしまうのだろう。
そこにあって当然のいつもあるはずのただの空気なのに、すこし水分を含んだ程度の違いしかないはずなのに、こんなにも感じ方が違う。
空気なんてないと死んでしまいかねないのに、ジメジメしていると鬱陶しく思う。
「……」
適当に羽織ってきた上着が、少し風に揺れる。
今日はこうして風が吹いているだけマシなのかもしれない。
下はどうせ見えないので、ハーフパンツに裸足にサンダルだ。見えたところで何もないのだけど。上着は一応、である。暑いのでいらなかったかもしれない。
「……」
脱いで部屋に放っておこうにも、すでにベランダの鍵が閉められているのでどうにもできない。
もう既に、キッチンの中で朝食の作業を始めているので、いつの間に閉めたのか全く分からない。ほんとに、いらぬことばかり覚えて……。まぁ、無意識化でやっている事だろうから、どうにもできないのだろうけど。いや、それもどうかと思うが。
「……ふぅ」
手に持っていた煙草に火を点け、一息つく。
これだけジメジメしていて不快感がいつも以上に高いのに、子供たちは元気なものだ。
朝は雨が降っていたのか、それぞれが小さな傘を持って走っている。
黄色い傘が一番多いのかな……それが学校指定というわけでもないのだろう。案外色々な傘を持っている。
「……」
でもまぁ、目立つのはやはり黄色い傘だな。
色々な意味があって、あの傘を持たせているのだろう。目立ちやすいと言うのは、子供たちを様々な危険な要因から守ると言う点では、とてもいいことだ。
それを、振り回しながら帰るのはいかがかと思うがな。
「……」
ま、大人でも傘を持って前後に降りながら持っている奴がいるから何とも言えないか。
ああいうやつは、周囲をどれだけ危険にさらしているか分かっていないのだろう。
私は傘は嫌いだから持たないが、あんなことをするくらいなら傘ではなく合羽でも着たらいい。
「……」
今日は、彼女も傘を持っているようだ。
制服は雨のふくんだ空気のせいで少し重く見える。いつも以上に。ただでさえ真っ黒なのに。上はどうやら夏仕様になったようで白いセーラーのような制服を着ている。
……珍しく赤い鞄を持っているが、一体何が入っているのだろうな。探りたくも知りたくもないが。
「……」
こんな雨の日にさえ―雨は降っていないが―こうして、にらみを利かせるのを忘れないというのは、一種の感心さえ覚えてしまう。やめていただきたいところではあるが。
いい加減原因を探らないといけないことは分かっているし、ずっと思っているのだけど。どうにも、重い腰が上がらないと言うか、とにかく面倒ごとに巻き込まれるのはごめんなのだ。
勝手に消耗して、勝手にやめてくれればいいのに。
「……ん」
階下から、ずべしゃ―!というような、ものすごい音がした。
みれば、少年が思いきりこけたようだ。
雨上がりのアスファルトを走るからだ……これは帰ってから親に怒られるだろうなぁ。
泣きはしなかったが、痛ましげに歩いて帰っていた。先ほどまであんなにはしゃいでいたのが嘘のように静かに。かわいそうに。
「……」
視線をもどせば、彼女はすでに帰っている。
私もそろそろ戻るとするかな。
「……」
煙草を灰皿に押し付け、火が消えたことを確認する。
そろそろこの中身を捨てなくては……溜まってきた。
部屋の中ではすでに朝食の準備が整い始めていた。
「……」
今日もパンらしい。
「朝からココア飲んでるの珍しいな」
「あと少ししか残ってなかったので」
「そうか……買い物に行くのか?」
「その予定ですが、何かありますか」
「いや、何もないよ」
お題:制服・赤い鞄・ココア