第92話 パヴァーヌの調べ
静かな店内にどことなく哀愁を帯びた
パヴァーヌの調べが流れていた。
2人は目を合わせたまま
どちらも口を開かなかった。
その時。
入口のドアが開いて
ボサボサ頭に無精髭の中年の男が入ってきた。
男は入り口に一番近いカウンター席に座った。
黒いドレスの女がカップを手に取った。
そして口を近づようとした次の瞬間、
目の前の女が突然噴き出した。
「あはははは。
冗談ですよ?
まさか本気にしたわけではないでしょうね。
さあ。
お話は終わりました。
お引き取りを」
そう言って女は軽く頭を下げた。
黒いドレスの女は静かにカップを置いた。
「・・そうね。
あなたとの話は楽しかったわ。
そのお礼と言っては何だけど、
あなたに1つ忠告してあげる。
因果応報っていう言葉があるでしょう?
それとも人を呪わば穴二つかしら。
天に唾すると言ってもいいわね」
女が首を傾げた。
「何を仰りたいのかわかりませんわ。
あいにく私は貴方の仰る通り、
そんな戯言を信じるほど
純粋で若くはないのですよ。
人は若さを失うと同時に
狡猾さを手に入れるのです。
貴方にはまだまだわからないでしょうけど」
黒いドレスの女の瞳が真っ直ぐ女を捉えていた。
「・・人にしたことはいずれ自分に返ってくる。
面白いことに世の中、
辻褄が合うようになっているのよ。
カルマっていうのかしら?
八木明人は殺人犯ではない。
でも多くの女性を襲い
不安にさせたことは事実。
たとえそれが
直接行為に及んでいないとしても、
彼の罪は簡単に許されるべきじゃない。
その報いをこれから受けるのだとしたら、
殺人の濡れ衣を着せられたところで
それは自業自得。
利子を付けて返済しなければならないのは、
何も借金だけじゃないの。
一方。
探偵を名乗りながらその依頼人を裏切り、
己の欲望のために
殺人の罪を隠ぺいした大烏亜門。
彼は今、
病院のベッドの上でその罪の清算をしている。
命を落とすかどうかはまさに神のみぞ知る。
それならあなたは?
あなたのカルマはこれからよ」
「お心遣いは有難いですが。
でもそれは余計なお世話って言うのですよ。
何度も言ってるでしょう。
私を殺人犯と責めるのであれば
証拠でも見つけて出直してきなさい。
そんなモノがあればの話ですけど」
女は口に手を当てると
上品に「おほほ」と笑った。




