第91話 美と醜
女の表情には先ほどまでとは違い
明らかな動揺が広がっていた。
「な、な、何を仰るの!」
そして動揺はその声にも伝染していた。
「その容姿を手に入れるために
一体いくらお金をかけたの?
その目はおいくら?
鼻は?
口は?
他にもあるわね。
その大きな胸はおいくら?」
黒いドレスの女はそこで小さく息を吸った。
「あなたの美は人の手で造られた偽りの美。
人の手が加えられたモノは
どうしてもその不自然さが際立つ。
どんなに素晴らしい風景画も
自然の景観の前では子供の落書きと同じ。
どんなにお金をかけて美しく魅せたところで
本質の醜さは隠しきれない。
ゴミ箱に蓋をしたところで
その悪臭までは
閉じ込めておけないでしょう?」
そこで黒いドレスの女は「ふふふ」と笑った。
女はただ無言で黒いドレスの女を睨んでいた。
「あなたは根本的に美を勘違いしてる。
美しく輝いているモノだけが
美ではないのよ。
本当に醜かったのは
外見ではなくてあなたの心。
あなたは外に手を付ける前に、
まず自分の内から見直すべきだった」
黒いドレスの女は静かにコーヒーを口にした。
それからゆっくりとした動作でカップを置くと、
女の目を真っ直ぐに見つめた。
「私は別に
整形を否定しているわけじゃないのよ。
整形したいのなら大いにすればいい。
ただし。
それによる弊害の方に
もっと目を向けるべきだと言いたいの。
人の外見というものは時間をかけて、
その人の内面と共に
少しずつ変化していくモノ。
内と外はバランスが保たれているの。
綺麗事を並び立てる
年老いた政治家が良い見本だわ。
内面の醜さが顔にも表れているでしょう?
あなたは外見ばかりを気にして
そこに不自然に手を加えた。
その偽りの美のせいで
あなたの内面は歪んでいった」
女は小さく息を吸い込んで
黒いドレスの女を睨み付けた。
「あなたがそれほどまでに
美しさに拘る理由は男のため。
そうでしょう?
でも。
外見だけの美しさに
群がってくる男達は所詮その程度。
浅はかで愚かな男ばかり。
結局、
そんな男達が求めていたのは
上辺のあなただけ。
あなたの内面まで
見ようとする男はいなかった。
いってみれば
あなたも被害者と言えなくもない。
可哀想な人。
あなたはこれまで
そんな男しか知らなかったのでしょう?」
女の瞳の奥にパッと怒りの火が点いた。
「小娘の分際で
随分と好き勝手なことを言ってくれるわね」
女は静かに怒りを表した。
「ふーん。
どうやら図星のようね。
でも事実でしょう?
今回の件にしても。
あなたが惚れた男も、
あなたに惚れた男も、
あなたに相応しい異常者だった。
あなたが惚れた男は
歪んだ性癖を持つ変質者。
あなたに惚れた男は
容姿も中身も薄汚い詐欺師。
自分でもわかってるでしょう?
あなたは所詮その程度の女なの」
「あ、アンタに私の何がわかるのよ!」
女の声が店内に響き渡った。
男達は何事かと2人に注目した。
店内が静まり返った。
周囲の様子に気付いた女が
慌てて口に手を当てた。
黒いドレスの女はまったく表情を変えずに
コーヒーを啜った。
そしてカップを置くと女の目を真っ直ぐに見た。
「・・何も。
その発言、
随分図々しいと思わない?
自分のことは相手に理解を求めるくせに、
人のことは理解しようとしない。
だからこそ平気で人を付け回したり、
殺してその命を奪うことができる」
女は周囲の人間が自分達に
好奇の眼差しを向けていることに
居心地の悪さを感じた。
そしてそれを誤魔化すために
コーヒーを一口飲んだ。
それから目を閉じて大きく息を吸った。
そしてゆっくりと息を吐き出した。
再び目を開いた時、
女は冷静さを取り戻していた。
「何とでも言えばいいわ。
貴方は私を怒らせて何かボロを出させようと
目論んでいるようですけど、残念。
その手には乗らない。
私はあくまで被害者です。
それでも私を疑うのなら
証拠を持ってきなさい」
女は静かに、
しかし力強く言い放つと満面の笑みを浮かべた。
黒いドレスの女もにこりと微笑み返した。
「何度も言ってるけど証拠はないの。
それに私は警察ではないし、
あなたを捕まえるように
依頼されたわけでもない。
私はただ、
今のあなたの心境を知りたいだけなの。
罪のない2人の人間を殺し、
結婚したばかりのご主人まで
事故に見せかけて殺そうとした
あなたの心境を」
その言葉に女は「おほほ」と上品に笑った。
「そういえば主人が言っていましたわ。
人を殺したければ事故に見せかけるのが
手っ取り早いと。
テレビドラマや小説とは違って、
現実では事故を疑うほど警察は暇ではないし、
人手が足りないと。
それに警察というのは
世間が思っている以上に無能なんですって。
もう貴方に会うこともないでしょうから
私が主人を殺そうとした動機を
教えてあげましょうか」
そして女は口を歪めて
黒いドレスの女の目をじっと見つめ返した。
「私、醜いモノが嫌いなんです」




