第86話 逃げ道
「どうしたの、驚いた?」
黒いドレスの女の口元が綻んだ。
女はグラスに手を伸ばした。
そして一口だけ水を飲んでから
静かにグラスを置いた。
「・・そんなこと。
テレビでは報道されていませんでしたけど?」
「当然でしょ?
そんな猟奇的な行為を
報道できるわけがないわ。
テレビの報道なんて、
常に誰かにとって都合よく歪められて
世間に届けられるものでしょ?」
「・・何と申されましても私は被害者です。
その証拠に私が襲われている時の
映像があります。
主人が警察にも提出しました」
「意識のないあなたに
八木明人が悪戯する映像ね。
そこでも彼は
あなたと直接行為に及ぼうとはしなかった」
女は疑問に思った。
なぜ黒いドレスの女が
そんなことまで知っているのか。
探偵というだけで警察の情報が
手に入るのだろうか。
とにかくこの美しい外見に騙されてはいけない。
この黒いドレスの女は油断がならない。
女はふたたびグラスに口を付けた。
「映像の問題点は他にもあるわ。
八木明人はあなたへの暴行と
殺人未遂の罪で逮捕されたけれど、
あの映像からは殺人未遂の様子は
見られなかった。
それに八木明人によって
破られたとされるあなたの服も、
あの映像では破られていなかった。
でも一番不思議なのは、
八木明人があなたに悪戯した場所は
野分岬ではないことよ」
女の手が微かに震えていた。
女はそれを悟られないように
そっとテーブルの下へ隠した。
「・・細かいことは私にはわかりません。
私は意識を失っていたのですから」
「ふーん。
いい逃げ道ね。
でもあなたが八木明人の
ストーカーだったことはわかってるの。
八木明人は私の所に
ストーカー被害の相談にきたんだから」
そこで女はフッと笑みを漏らした。
「何度も言いますが私は被害者です。
それとも私が彼のストーカーだという
証拠はあるんですか?」
「あなたのことは少し調べさせてもらったわ。
あなた、
以前は宿禰市に住んでいたのに、
今年になってから稲置市へ
引っ越してるでしょう?
『空き日と』
の斜め向かいにあるアパート『葉隠荘』へ。
それが何よりの証拠じゃない?」
「それが何の証拠になるのでしょうか?
単なる偶然ですわ。
引っ越しを考えていた時に、
たまたまあのアパートに空室があったのです。
おかげで。
あのお店に通い易くなったのは確かですが、
それのどこに問題が?
私は以前からあのお店を利用していました」
そう言って女はもう一度グラスに口をつけた。
「偶然?
会社は宿禰市にあるのに?
言い訳にしてもお粗末ね」
黒いドレスの女は小さく笑った。
「そんな言い訳しかできないあなたが
この結末を描いていたとは思えないわ。
この結末は大烏亜門によって
歪められたのモノだとすると、
あなたの考えていた結末は
どういうモノだったのかしら?
それとも。
結末なんて考えていなかったのかしら?
あなたは八木明人に執着していた。
それは愛?
八木明人が
施術中のあなたを盗撮していた映像を見たわ。
盗撮という先入観なくあの映像を見ると
本当の画が見えてくる。
あれは八木明人があなたに
いやらしい行為をしていた映像ではなくて、
その逆、
あなたが彼を誘惑していた映像よ」
女は黒いドレスの女の言葉を黙って聞いていた。
「本当はこの盗撮映像も
処分しておきたかったんでしょう?
でもこの盗撮映像がなければ、
八木明人があなたのストーカーだった
という話の信憑性が疑わしくなる。
それで仕方なく残した。
音声が入っていなかったのも都合が良かった。
警察は八木明人が犯人であるという先入観から
あなたと大烏亜門の主張を信じた」




