第84話 ハロウィンには早すぎる
「ご主人が大変な時に、
こんな所でのんびりしてて大丈夫?」
何の前触れもなく黒いドレスの女が切り出した。
女の顔に緊張が走った。
やはりこの黒いドレスの女は
自分を知って近づいてきたのだ。
しかし。
女には心当たりがなかった。
女は改めて黒いドレスの女を見た。
たしかにここ数日、
例の事件と事故で
マスコミに顔を晒すことはあったが、
見ず知らずの人間から
それを理由に話しかけられたことはなかった。
もしかしたらこの黒いドレスの女は
マスコミ関係者かもしれないと思った。
雑誌の取材か、
それともテレビ出演の依頼か。
殺人鬼の魔の手から逃れた美魔女。
束の間の幸せを掴むも
夫を事故で失い未亡人となる。
女の頭の中でそんな見出しが浮かんだ。
自分の美貌は悲劇のヒロインを演じるのに
申し分のないモノだとわかっていた。
そこまで考えてから、
女は夫がまだ死んでないことに気付いた。
口元が自然と綻んだ。
「自己紹介が遅れたわね。
私はこういう者よ。
あなたと少し話がしたくて」
黒いドレスの女はどこから取り出したのか
1枚の名刺をテーブルに置いた。
それはドレスの色と同じ真っ黒な名刺だった。
女はそれを手に取った。
そこには白い文字で
「武衣実果」
の文字が書かれていた。
そして「実」という文字だけが真っ赤だった。
それは目の前にいる黒いドレスの女を
そのまま小さくしたかのようだった。
しかし。
この名刺からわかるのは
黒いドレスの女の名前だけだった。
これほどに意味をなさない名刺が
この世に存在するだろうか。
だがこの名前、
女はどこかで聞いた覚えがあった。
しかしそれがどこだったのか
思い出せなかった。
会ったことがあれば忘れるはずがない。
この美しさだ。
もしかしたら
服装が違っていたのかもしれないと考えた。
日常的にこの姿とは考えにくい。
といっても今は仮装するには早すぎる。
ハロウィンまではまだ1週間以上もあった。
「聞きたいことは
あなたが犯した2件の殺人事件について」
黒いドレスの女の言葉に女の表情が強張った。




