第79話 都合のいい話
いつの間にか雨音が止んでいた。
窓から見える遠くの空には虹が架かっていた。
「・・きょ、脅迫?
そ、そんな馬鹿な!
仮に彼女が何らかの弱みを
大烏に握られていたとしましょう。
ですが脅迫による結婚なんてありえません。
そんな結婚生活はすぐに破綻します」
男は身を乗り出して女に反論した。
そんな男に女は冷ややかな目を向けた。
「それこそあなたの想像力不足よ。
あなた。
さっき自分で言ってたじゃない?
人にはそれぞれ愛の形があるって。
大烏にとってはそれが愛なのよ」
「・・た、たしかに愛の形は様々ですが、
それは愛ではありません。
契約です。
奴隷契約ですよ。
そしてこの時代。
奴隷契約は禁止されています。
つまり。
実果さんの話は現実的ではありません」
男は先ほどの自分の話を
女が聞いていたことに驚いたものの、
すぐに女の意見を否定した。
「事実は小説よりも奇なりっていうでしょう?」
女はそう言って艶っぽい視線を男に投げた。
「こ、これは事実ではなくて
実果さんの想像にすぎません。
いやここまでくると
それはもう完全に妄想ですよ。
机上の空論。
砂上の楼閣。
凡人の完全犯罪です」
女の視線から逃げるように男は頭を振った。
女の推理はいつも突拍子もない。
単なる妄想と言ってしまえばそれまでだ。
様々な断片から
自分に都合のいい話を作り上げて、
無理矢理に辻褄を合わせているだけなのだから。
たしかに。
物語としては面白い。
それなら作家になればいいのにと男は思う。
しかし困ったことに女の妄想は当たるのだ。
彼女が名探偵と呼ばれる所以である。
それでも男は危惧していた。
いつか必ず、
女の妄想が物語のままで終わるときが来る。
それはまさに今、
この時かもしれない。
「百歩譲って
実果さんの妄想が正しいとしましょう。
その場合、
大烏の握っていた安倍の弱みとは何ですか?
彼女の人生を縛ることのできる弱味なんて
現実的にあり得ますか?」
女は黙ったままである。
男は自分の指摘が
女の妄想を打ち破ったと確信した。
が。
次の瞬間、
女が口を開いた。
「・・そういうことね。
これでようやく2件の殺人事件と
八木明人のストーカー問題が結び付くのよ」
女は目を輝かせた。
そしてそんな女の表情を見て
男は今回も自分が無力だったことを悟った。
「どういうことですか?」
男は仕方なく訊ねた。
「安倍瑠璃は八木明人のストーカーだった」




