第78話 結婚した理由
明け方から降り続いていた雨も小降りになり、
洋館の上空にはポツポツと
晴れ間も広がっていた。
部屋のテレビでは昼の情報番組が流れていたが、
スタジオが若干騒ついていた。
画面に映った女性アナウンサーが
慌てた様子で口を開いた。
『ここでたった今入ってきたニュースを
お伝えします。
つい先ほど。
朝臣市の大江町桂浜の山道で、
乗用車が崖から転落する事故がありました。
現場は見通しのよい片側一車線の下り坂で、
乗用車がカーブを曲がり切れずに
崖から転落したものとみられています。
車を運転していたのは
私立探偵の大烏亜門氏とみられており、
大烏氏は病院に搬送されましたが、
意識不明の重体です。
そして。
大烏氏は先日の事件の被害者である女性と、
昨日入籍されたばかりだということです』
「・・こ、これは。
よりによってすごいタイミングですね」
男が興奮気味に口を開いた。
「それは事故のことを言ってるの?
それとも結婚の方?」
男とは対照的に女は冷静だった。
「両方ですよ。
事件が2人を結び付けたと考えたら
それはそれで劇的ですけど。
入籍した翌日に交通事故だなんて。
これはもう悲劇的ですよ。
人生何が起きるかわからないですね。
一寸先は闇というか、
いやこの場合は青天の霹靂かな。
それとも。
名探偵の誤推理と言うべきでしょうか。
幸せな2人に訪れた突然の不幸。
運命って残酷ですね」
しみじみと語る男を女は白い目で見ていた。
「武って本当に呑気よね。
2人に訪れた突然の不幸?
本当にそうかしら?
たしかに大烏亜門にとっては
不幸かもしれないけれど、
安倍瑠璃にとっては
そうではないかもしれないわよ?」
「な、何を言ってるんですか。
愛する人が事故にあったんですよ?
どう考えても不幸でしょう」
「安倍瑠璃が本当に大烏亜門を
愛していれば、ね」
女は窓に目を向けた。
窓を濡らしていた雨粒が一筋だけ、
ゆっくりと流れ落ちた。
「・・何ですかその含みのある発言は?」
男は呆れたように女を見た。
「案外。
安倍瑠璃にしてみたら、
大烏亜門がこのまま死んでくれた方が
嬉しいのかもしれないわよ?
もっと言えば、
『どうして死んでないのよ』
って思ってるのかもしれないわね。
そっか。
この事故も彼女が仕組んだとしたら・・」
そこまで話すと女は口を噤んだ。
男は呆気にとられて
コンコンと小さく咳払いをした。
「不謹慎にもほどがありますよ。
そもそも愛があるから
2人は結婚したんでしょう?」
「まだまだお子様ね。
武は結婚に夢を見すぎてるのよ。
愛しています。
だから結婚しました。
なんていうのは映画や小説のお話。
女は男が考えている以上に
現実的で狡い生き物なのよ。
もし彼女が大烏亜門に恋をしたのだとすれば、
それは彼の預金残高に対してね」
女の発言に
男は口を大きく開けたまま固まった。
それから男はもう一度コンと咳払いをした。
「それは実果さんの偏見ですよね?
第一。
実果さんに結婚の何がわかるんですか?
自分だって未経験じゃないですか。
恋愛に関して言えば
実果さんと私は同じ土俵です。
そもそも男女の仲なんて
第三者には理解できないんですよ。
世の中色んな人がいるんです。
人の数だけ愛の形があるんですから。
皆が皆、
美男美女というわけではないんですよ。
よく言うじゃないですか。
十人十色。
蓼食う虫も好き好き。
ホームズよりもルパンが好き」
そこまで話して男は
女が自分の話を全く聞いていないことに
気付いた。
男は大きな溜息を吐いた。
「兎に角。
実果さんの考えは飛躍しすぎです。
百歩譲ってお金のために結婚したとして、
その翌日に殺すなんて。
そんな短絡的な人間がいたら、
世の中犯罪者だらけになりますよ。
そもそも殺すくらいなら
端から結婚しなければいいんです」
その言葉に女はパンッと手を叩いた。
「そうね。
殺すくらいなら結婚しなければいいのよね」
「でしょう?
それに彼女ほどの美貌の持ち主であれば、
金にも男にも困らないはずです。
それなのに大烏を選んだのは
そこに愛があったからですよ」
「まあお金はいくらあっても困らないけどね。
でも結婚の目的がお金でないのであれば、
大烏亜門を殺す動機は、
それがそのまま彼女が結婚した理由と
関係がありそうね」
結局。
男は自分の反論が
女には効果がなかったことを悟った。
男は諦めてソファーに身を沈めた。
「結婚をしてすぐに
大烏亜門を殺そうとしたことから、
そもそも結婚が彼女の望みではなかったと
考えるのが自然。
それならなぜ彼女は結婚をしたのか」
「望んでもいないのに結婚なんてしますかね?」
男は疑問を口にした。
「それでも安倍瑠璃は
結婚を受け入れなければならなかった。
彼女の意志とは無関係に」
「それはつまり?」
男は仕方なく相槌を打った。
「安倍瑠璃は大烏亜門に脅迫されていた」




