第76話 決定的な証拠
窓ガラスを叩く雨音が大きくなった。
女はテレビに目を向けたまま、
男が改めて淹れた紅茶の香りを楽しんでいた。
そんな女の様子を男はチラチラと窺っていた。
「八木についてですが。
不破くんからの情報だと、
彼は女性恐怖症だったようです。
女性と面と向かって会話をすることすら
ままならなかったとか。
あれほどのイケメンなのに勿体ないですよね」
それから男は何かを思い出したのか
ポンと手を叩いた。
「そうそうだ。
忘れてました!
さっき不破くんから
動画が送られてきたんですよ。
八木が安倍を殺そうとした場面を
大烏が撮影していたそうです」
「えっ?
そんな証拠があるなら早く見せなさいよ」
女が男の方を睨んだ。
男は「すみません」と謝ってから
スマホを取り出した。
動画は暗闇の中、
1人の男がうつ伏せになった全裸の女の体を
弄ぶところから始まっていた。
時折男の顔がアップになり、
男の興奮が画面からはっきりと伝わってきた。
男はしばらくの間、
女の体を愛撫していた。
それから膝立ちになった男が
突然下半身を露出させた。
固くなった男のモノが夜空に向かって
屹立していた。
男はソレを右手で力強く握りしめた。
男の右手がゆっくりと動き始めた。
ふたたび男の顔がアップになった。
激しい息遣いが聞こえてきそうだった。
カメラが引いて全体を捉えた。
男の手の動きが一段と速くなっていた。
その時。
男が絶頂に達したのがわかった。
同時に男の欲望が女の体へ飛び散った。
男は放心状態だった。
そこで映像が切れた。
「どうですか?
これは決定的な証拠ですよね?」
部屋には窓を叩く雨音と
テレビの雑音とがBGMとして流れていた。
女はスマホに目を落としたまま首を傾げた。
「ねえ?
これってどういうこと?」
「この映像からもわかるように、
八木は女性と普通に
性交渉ができなかったらしいですよ。
過去の暴行事件でも、
八木は意識を失った女性達を全裸にして
自慰行為に耽っていたようです。
2件の殺人事件の死体に絞殺の跡以外、
乱暴された形跡がなかったのは
こういうことだったんですね」
女はもう一度動画を初めから再生した。
男はそんな女の様子を紅茶を片手に眺めていた。
「ねえ。
この映像。
ここで終わってるけど、
この後で八木明人が
彼女を殺そうとしたのよね?」
2回目の視聴が終わったタイミングで
女が男に訊ねた。
「そうらしいですね。
ここで危険と判断した大烏が飛び出して、
取り押さえたと聞いています」
「でも。
この映像からは、
『危険と判断した』という行動が
どこなのかわからないんだけど?
そもそも裸にしてる段階で
助けるべきなんじゃないの?
この段階まで我慢したのなら、
せめて八木明人が
彼女の首に手をかけるところまでを
映像に残さないと意味がないでしょう?」
「それはたしかにそうですけど・・。
ですが万が一にも遅れたら
被害者の命に関わりますからね。
結果として彼女は助かったわけですから、
大烏の行動は適切だったと言えるでしょう」
男の返答に女は眉間に皺を寄せた。
「随分と都合のいい解釈ね。
それと。
この映像おかしいわよ。
たしか。
八木明人が逮捕された場所って
野分岬だったわよね?」
「それが何か?」
今度は男が首を傾げる番だった。
女はカップをテーブルに置くと
窓の方へ目を向けた。
男も釣られて視線を移した。
散弾銃のような雨粒が窓を激しく叩いていた。
「釈然としないわね。
他に情報はないの?」
女は腕を組むと天井を仰ぎ見た。
男は首を捻ると少し考えてから
徐に口を開いた。
「そういえば、
これは些細なことかもしれませんが、
2件の殺人事件と過去の暴行事件では、
被害者達の身に付けていた服は
綺麗にたたまれていたのですが、
今回の殺人未遂事件の場合に限っては
服が破られていたそうです」
「あら?
そういえばたしかにさっきの映像でも・・」
そう呟くと女はふたたびスマホを覗き込んだ。
そしてしばらく画面に集中していたが、
目当てのシーンが見つかったのか映像を止めた。
「やっぱり。
この映像。
ことが済んだ八木人海が安倍瑠璃の体を
拭いている時。
彼女の足元に何かあるでしょ?」
女からスマホを受け取ると
男は画面を覗き込んだ。
「そう言われてみれば。
もしかしてこれって服ですか?」
「そうね」
「でも不破くんは服は破られていたと・・」
男は女の顔を見た。
女は窓に当たる雨をぼんやりと眺めていた。
その口元は微かに緩んでいた。




