第7話 白い肌の幻影
その日。
店に現れた安倍瑠璃は
仕事帰りなのかスーツ姿だった。
施術は服を着たまま行うので、
事前に動きやすい服装での来店を推奨しているが
ジャージも無料で貸出していた。
いつもは店の貸出用のジャージを
利用していた彼女が、
その日に限っては服を持参していた。
彼女を2台ある施術用ベッドの1つに促して、
僕はカーテンを引いた。
しばらくしてカーテンの向こうから
「着替え終わりました」
という彼女の声が聞こえて
僕はカーテンを開けた。
次の瞬間、
僕は咄嗟にカーテンを閉めた。
動悸が激しくなり手足が震えていた。
つい今しがた目の前で見た光景が
理解できなかった。
一瞬だったが、
彼女が下着姿だったことは理解していた。
僕はどうしたらいいのかわからずに
ただその場で佇んでいた。
「どうしましたか?
これは水着ですから大丈夫ですわ」
すぐにカーテンの向こうから、
彼女の声が聞こえてきた。
「で、ですが・・」
僕は辛うじてそれだけを口にした。
下着が水着になったところで
問題が解決したわけではない。
ここはプールではない。
僕はカーテンを開けられないまま
その場に立ち竦んでいた。
「先生、
この後、
予定があるので早くお願いします」
結局、
僕は彼女に半ば強引に押し切られるままに
施術を始めた。
ベッドに横になった彼女の顔に
薄いタオルを載せてその目元を隠した。
それから彼女の頭側に立って施術を始めた。
僕はそっと彼女のデコルテラインに手をかけた。
白い肌に綺麗な鎖骨が浮き出ていた。
僕の目は
白いホルターネックの水着に
締め付けられてやや苦しそうに
その存在感をアピールしている胸に
釘付けになった。
彼女の規則正しい呼吸によって
その胸は大きく揺れていた。
僕は彼女に気付かれないように
小さく深呼吸をしてから、
そっと唾を飲み込んだ。
その音が思いがけず大きく響いた気がして、
どっと汗が噴き出した。
2つの大きな山の向こうに
細いウエストの道が広がっていた。
道の中央に小さなヘソの窪みがあって
その先には僅かに盛り上がった丘があった。
丘の向こうには2手に分かれた白い太ももが
伸びていた。
その時。
ふいに彼女の視線を感じた。
僕は真下にある彼女の顔を見た。
タオルで隠れているはずが、
なぜかこの時に限っては
彼女に見られている気がした。
僕は頭を振って施術に集中した。
前面の施術が終わり、
僕は彼女に声を掛けた。
彼女は起き上がると髪をかき上げた。
そしてゆっくりとうつ伏せになった。
途端に張りのある大きな桃尻が
目に飛び込んできた。
僕の心臓が張り裂けんばかりに大きく鳴った。
僕は大きく息を吸った。
それから僕は震える手で施術を再開した。
しばらくすると
規則正しい寝息が聞こえてきた。
僕は一度、
彼女の体から手を放して
額に浮かんだ汗を拭った。
それから一旦彼女の体から距離をとって、
全体を眺めた。
程よい肉付きが肉感的で、
腰からお尻への曲線がより興奮を誘った。
下半身が熱くなってくるのを感じた。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
それから足元の方へ回って
太ももの裏へ手をかけた。
目の前には水着に守られた桃尻があった。
耳を澄ますと彼女の寝息に乱れはなかった。
僕は震える手を抑えて太もも内側へ手を添えた。
右手は右の太ももに左手は左のそれに。
そのままゆっくりとお尻の下まで手を這わせた。
親指が水着越しに
彼女の秘めた部分に触れそうになった。
下半身の鼓動が激しくなるのがわかった。
親指を太ももの内側から外側へずらしながら、
肉を持ち上げるようにして広げていく。
心臓が早鐘を打つ。
僕はもう一度唾を飲み込んだ。
手入れをした後と思われるビキニラインが
僅かに顔を出した。
「今日はいつもと違うんですね」
ふいに彼女の声がした。
僕は飛び上がるほど驚いてすぐに手を離した。
「あ、あっ・・
ふ、太ももの後ろの
せ、セルライトが・・。
す、少し気になりましたので・・」
咄嗟に口から出た言い訳としては満点だろう。
「えっ!
そんなに目立ちますか?」
「い、いえ、そんなことはないのですが、
予防も兼ねてリンパを流しておきました」
額から噴き出す汗をそっと拭った。
一体いつから彼女は起きていたのだろう。
太ももに触れた時にはたしかに寝ていたはずだ。
もう少し遅ければ
取り返しのつかない状況に
なっていたかもしれない。
僕は何事もなかったかのように
マッサージを再開した。
すべての施術を終えると、
僕はベッドから離れて
パソコンの置いてある机に腰を下ろした。
そしてモニターの画面に映る予約状況を
確認しているふりをした。
背後から彼女が着替えている音が聞こえた。
その時。
僕はカーテンを閉め忘れたことに気付いた。
彼女がカーテンを引く音も聞こえなかった。
僕の心臓がふたたび激しく動き出した。
マウスを握った手が小刻みに震えていた。
今振り向いたらどうなるだろう。
しかし。
金縛りにあったかのように
僕の体は動かなかった。
どれくらい経ったのか。
息苦しさをおぼえた僕は静かに息を吐き出した。
「・・ました」
その声で金縛りが解かれた。
僕が振り返ると、
彼女は来た時と同じスーツ姿で立っていた。
「今日もありがとうございました」
彼女はそう言って頭を下げた。
「い、いえ、こ、こちらこそ。
い、いつもご利用、
あ、ありがとうございます」
僕は俯いたまま答えた。
「今日は、
いつもより身体が軽くなった気がしますわ」
一瞬ドキッとしたが僕は平静を装って
「・・そ、それは。
よ、よかったです」
と呟いた。
「先生は普段、
運動をなされているのですか?」
突然振られた話題に僕は驚いたが、
これは流れを変えるいい機会だった。
「い、一応、
市民プールに通っています」
隠すつもりはなかったのだが、
泳げないということは言わなかった。
「だから健康的なのですね。
私も行ってみようかしら。
行く日は決まってらっしゃるのですか?」
僕は一度顔を上げたが、
彼女と目が合ったのでまたすぐに下を向いた。
「き、決まっていませんが、
大体昼間に行くことが多いですね。
へ、平日の昼間は
予約が入っていないことが多いので。
店を閉めて通っています」
そこで会話が途切れた。
僕はそのタイミングを逃さず、
次の客が来るからという理由で彼女を帰した。
帰り際に彼女は3日後の予約を入れた。
その夜。
彼女の白い肌の幻影に悩まされた僕は、
突発的に行動を起こしたことを覚えている。
これまでは事前に十分な時間をかけて
相手の情報を集めたうえで
行動に移していたのだが、
この日ばかりはどうしても
自分を抑えることができなかった。
そして。
僕は頭の中にはっきりと残った
安倍瑠璃の柔らかく大きな桃尻を、
目の前で倒れている女の
それに重ね合わせながら、
欲望をぶちまけたのだった。