第6話 背徳的な客
家に帰りつくと
仕事場に置いてある
パソコンの電源を入れてから、
奥の住居用スペースにあがった。
部屋はリビング兼キッチンのワンルーム。
僕はペットボトルを冷蔵庫へ入れてから
サンダルを履いて仕事場へと戻り、
パソコンで明日の予約状況を確認した。
午前中に1人と
午後からは3人の予約が入っていた。
その時。
10時20分のところに書かれた
安倍瑠璃
という名前を見て
僕の心臓は大きく跳ねた。
彼女が初めて店に来たのは今から10か月前。
今でこそ月に1、2度の来店だが、
初めの頃は3日に1度のペースで
来店していた超のつくほどのお得意様である。
しかし。
こうして彼女の名前を見るだけで
僕は激しく動揺する。
期待と不安が入り混じったような
不安定な感覚に陥るのだ。
何がそうさせるのか。
1つは彼女が恐ろしく美人だということ。
初めて見た時は
てっきりタレントかモデルかと思ったほどだ。
その時は全身の施術後に、
頭皮から顔にかけての
リンパマッサージも行ったのだが、
2回目からは頭皮と顔はしなくてもよい
と言われた。
名簿によると年齢は28歳となっていたが、
何度も施術をしている僕の見解では、
実際は30歳は超えていると睨んでいた。
仕事は秘書をしていると聞いたことがあった。
たしかにあの美貌をもってすれば
多少の欠点があろうとも
傍に置きたいと願う男は
世の中に掃いて捨てるほどいるだろう。
それにしても彼女のような美人が
どうしてこんな小さくて目立たない
個人経営の店を利用し続けるのか
僕には不思議だった。
彼女は隣の宿禰市に住んでいて
勤めている会社も宿禰市にあるのだ。
わざわざここまで通う理由がわからなかった。
いつの頃からか
車だった彼女が
徒歩で来店するようになっていた。
それはつまり電車とバスを乗り継いで
ここまで来ているということだった。
彼女がそれほどまでに
この店に執着するのは何故か?
その疑問に対する答えも
しばらくして判明した。
彼女がここに来るのは
施術以外にもう1つ別の目的があったのだ。
いや。
彼女にとっては
そちらが真の目的なのかもしれない。
彼女は
女性に免疫のない僕という人間を
揶揄い弄ぶという背徳的な目的のために
ここに通っているのだ。
彼女は所謂Sだった。
正確には加虐性欲というらしい。
しかし。
彼女が直接的、肉体的に
何かをしてくるというわけではなかった。
間接的、精神的に
僕を責めてくるのだ。
僕の女性恐怖症は
彼女に見抜かれていたのだ。