第58話 10月7日。金曜日。
10月7日。金曜日。
この日。
店の営業が終わってから
僕は大烏に連絡をした。
大烏の言葉を疑っているわけではないが、
それでも一応、
僕は盗聴を警戒して外に出た。
2度目の呼び出し音の後で大烏に繋がった。
僕は前回の安倍瑠璃の来店日から考えて、
今月の予約は10日以降ではないかという予想と、
連れ去る場所は野分岬がいいのではないか、
ということを伝えた。
「ふむ。
野分岬とは良い場所に目を付けたじゃないか。
あそこは前に事件があった場所だからね。
暗くなれば人もいないだろう。
あとは彼女からの連絡を待つだけか。
『鳴くまで待とうホトトギス』だね」
続いて僕はこの間もしほから聞いた
警察の動向を大烏に話した。
「ふむ。
それでその2人の刑事は、
君のところへ聞き込みに来たのかね?」
「い、いえ・・。
僕のところには来ていません」
少し間が空いた。
「それならば心配することはないだろう。
その刑事たちは
随分と勘が冴えているようだが、
気にすることはない」
大烏は何を根拠にそう断言するのだろうか。
「そもそも。
聞き込みの内容が漠然としすぎている。
犯人を男か女かすら特定できていないような
警察に君は何を脅えているのかね?」
そういえばもしほの話の中では
怪しい人物という言葉だけで、
男か女かを限定していなかった。
ということは警察は、
犯人は女の可能性もあるとみて
捜査をしているのだろうか。
犯人は女。
そんなことがあるだろうか。
たしかに初めの段階では
僕もそれを視野に入れていた。
しかし報道による「暴行」の2文字が、
僕の中から女という選択肢を
いつの間にか消してしまっていた。
当然「暴行」という言葉の意味は、
「性的暴行」のことを指していると考えていた。
しかし・・。
「どうしたのかね?
大丈夫かい?」
大烏の言葉が耳に入ってきた。
「あっ・・は、はい。
すみません」
返事をしたものの僕の頭の中は
靄がかかったようにぼんやりしていた。
20時30分になって僕は家を出た。
そして車に乗り込んでエンジンをかけた。
国道から分かれて稲置横断道路に入ると、
ひたすら東に向けて車を走らせた。
稲置横断道路は
稲置市の北を東西に走る片側三車線の県道で、
通称40m道路と呼ばれていた。
北には忌寸湾が臨めた。
週末の夜だが道路は空いていた。
街灯のない稲置横断道路は寂しかった。
特に海側を走るこちらの車線は
中央分離帯の街路樹が、
対向車線のライトや街の灯りを遮っていて
真っ暗だった。
臨海の工業地帯の灯りも
ここまでは届かない。
稲置川に架かった橋を渡っていると
工場の灯りが爛爛と輝いているのが見えた。
海の向こうの忌寸市からこちらを眺めると、
きっと工業地帯の灯りが演出している
幻想的な夜景が見えることだろう。
橋を渡りきると目に見えて車の数が減った。
しばらく進むと2つ目の橋が見えてきた。
その橋を渡ると三車線が二車線となった。
左に見える海岸線が空の闇と同化していて、
その境がわからなかった。
いつの間にかバックミラーに映る
後続車のライトも消えていた。
3つ目の橋を渡り終えると
左手前方にコンビニの灯りが見えてきた。
こんな場所でコンビニを開いて
需要があるのかと不思議に思ったが、
そこは大手チェーン店のことだから
綿密なリサーチをしていることだろう。
コンビニを過ぎてしばらく進むと
二車線が一車線となった。
灯のない道を
僕の車のライトだけが照らしていた。
野分岬に到着すると
20時50分になっていた。
自宅を出てからここまで
20分足らずで着いたことになる。
適当なところに車をとめて僕は車から降りた。
潮の香りが鼻孔をくすぐった。
月が雲に隠れていた。
ゆるやかな登り坂の向こうに、
灯台のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。
今はもう使われていないのか
灯台の灯りは消えていた。
波の音だけが耳に届いた。
誰もいない。
周りには人が隠れるような場所もない。
この状況で
犯人はどうやって僕を監視するのだろうか。
僕は車に戻って野分岬を後にした。
計画では、
野分岬で安倍瑠璃の肉体を弄んだ後、
僕は立ち去ることになっている。
その後。
現れるであろう犯人を大烏が捕まえる。
そして大烏は犯人を僕の許へ連れてくる。
どこへ?
僕は慌ててブレーキを踏んだ。
僕はどこで大烏を待てばいいのか。
その時。
工業地帯が目に入った。
僕はハンドルを右に切って
工業地帯へ車を進めた。
真っ暗な道をゆっくりと車を走らせた。
僕は『千代丸急送』と書かれた会社の敷地に
車を乗り入れた。
倉庫として使われている敷地内は真っ暗だった。
5台のトラックが整然と並んでいた。
奥に事務所の非常灯の灯が見えた。
僕はゆっくりとその灯りへと車を進めた。
そして事務所の前に車をとめた。
しばらく待ったが
警備員がくるようなこともなかった。
ここなら野分岬から5分とかからない。
僕はここで大烏を待つ。




