第54話 危険は常に・・
もしほの食事が終わって、
他愛もない世間話に華を咲かせていたら、
21時を回っていた。
僕ともしほはどちらからともなく立ち上がった。
僕が会計を済ませている間に、
もしほはテーブルを片付けていた。
マスターに挨拶をしてからドアに手を伸ばすと
自然とドアが開いた。
すると目の前にあの男が立っていた。
独身貴族。
いや正確な名前は名詮か。
一瞬、目が合った。
僕は彼が通れるように後ろに下がった。
名詮は軽く頭を下げてから店に入ってきた。
入れ替わるように、
もしほが先に外へ出た。
その時。
僕は何か引っかかるモノを感じた。
外に出たもしほがこちらを振り返り
不思議そうな顔をしていた。
僕は慌てて外に出た。
もしほは店の横にとまっている
赤い自転車のダイヤル式ワイヤー錠を
外すために屈み込んだ。
ピタリとしたデニムのパンツが
彼女のお尻の形をはっきりと主張していた。
その瞬間。
初めて僕はもしほに女を意識した。
胸が熱くなった。
僕はそっと生唾を飲み込んだ。
手を伸ばせばもしほに触れることができる。
その細いうなじに後ろから腕を絡ませたら、
もしほはどんな反応をするだろう。
驚くだろうか。
抵抗するのか。
叫ぶだろうか。
しかし。
その一瞬後には意識を失っているだろう。
次に目を覚ました時、
もしほは自分の置かれた状況について
何を思うだろう。
僕に襲われたと理解するまでに
どれくらいの時間がかかるだろう。
そういえば。
彼女がどこに住んでいるのか
僕は知らなかった。
1人暮らしなのか、
それとも家族と住んでいるのか。
彼氏はいるのか。
僕は彼女について何も知らなかった。
「な、何?
どうしたの、八木さん?」
その声で僕は現実に引き戻された。
自転車の横に立ってハンドルを握ったもしほが
訝しげにこちらを窺っていた。
「あ、い、いや・・な、何でもない。
そ、それより。
もしほちゃんの家ってどの辺り?
夜道は危ないし送っていくよ」
僕のような男がいるかもしれないからね、
とは口が裂けても言えなかった。
ふいにもしほが突然笑い出した。
僕は首を傾げた。
「ごめんなさい、八木さん」
もしほは口に手を当てて
必死に笑いを堪えていた。
「だって、
私はいつもこの時間に1人で帰ってるのよ?
それに大通りを通るから、
危ないことなんてないわよ」
たしかにもしほの言うことはもっともだったが、
彼女はわかっていない。
危険は常に気付かぬうちに迫っているのだ。
『もし僕がほんの少しの気まぐれで
行動を起こしたら、
君は死ぬかもしれないんだよ。
僕に全裸にされて体を弄ばれた挙句、
正体不明の殺人鬼の手によって
命を奪われるんだ。
それでも危険はないと言えるのかい?』
そう教えてあげたかった。
代わりに僕は
「そ、そうだね。
ははは」
と笑って話を合わせた。
「でも。
八木さんが送ってくれるのなら
甘えよっかな?」
もしほはこれまでに見せたことのない
小悪魔のような笑みを浮かべた。
その笑顔に
僕の心臓はドクッと跳ねた。
僕達は並んで歩きだした。
もしほに代わって僕が自転車を押した。
歩きながら
僕は先ほど店を出る時に感じた違和感が
何だったのかを考えていた。
その違和感が名詮に起因するモノなのか、
それとも別の何かなのか
判然としないまま気付けば大通りに出ていた。




