第50話 狂気
「こんにちは」
という声と共にドアが開いた。
今日の彼女は上下共に
紺色のジャージ姿だった。
何を着ていようが
彼女の美しさに変わりはないのだが、
家からこの格好で来たのだとすれば
随分と目立っただろうなと思った。
同時に。
いつも美しく着飾っている彼女にしては
珍しいとも思った。
「で、ではそちらのベッドで着替えて下さい」
そう言った後で僕は自分の失言に気付いた。
すでに彼女はジャージを着ているのだ。
水着での施術に慣れすぎたせいか、
それが当たり前のことのように錯覚していた。
しまったと思ったが時すでに遅し、
彼女はカーテンを引いていた。
すぐにカーテンの向こうから
服を脱ぐ音が聞こえてきた。
ドクッ。
心臓が大きく跳ねた。
「・・準備ができました」
カーテンの向こうから彼女の声がした。
僕はごくりと唾を飲み込んでから
震える手でカーテンを引いた。
そして。
体が固まった。
頭が現状を理解できなかった。
一瞬の後に僕は慌ててカーテンを閉じた。
「す、す、すみません。
じ、準備ができたと・・
き、聞こえたものですから・・」
心臓の鼓動が一層速くなり、
その振動が足まで伝わった。
僕は一度大きく深呼吸をした。
今見た光景は何だったのか。
彼女はベッドに腰掛けていた。
しかしその姿は・・。
上半身は何も身に付けていなかった。
完全に裸だった。
僕の目に真っ先に飛び込んできたのが
張りのある大きな乳房の先で隆起した
薄い桃色の乳首だった。
組んだ太ももから
フリルのついた赤い下着が覗いていた。
一瞬で見て取れたのはそれだけだった。
「本来施術は裸の方がやり易いそうですね?
ですから今日はこれでお願いします」
失態ではなかったことに
僕はまず胸を撫で下ろした。
しかし。
それで問題が解決したわけではなかった。
むしろ複雑になったと言える。
全身の毛穴からは汗が噴き出していた。
彼女の悪魔的な趣向は
いよいよ狂気を孕んできた。
彼女の施術が終わったのが19時10分だった。
彼女は挨拶もそこそこに帰っていった。
駅の方へ歩いていく彼女の後姿を
僕はぼぅっと見送っていた。
日が沈み闇が街を包み込んでいた。
僕の中のどす黒い欲望が顔を覗かせていた。
僕はゆっくりと歩き出した。




