第41話 盗聴
「そう言えば。
日付が記載されたメモに関してだが。
これは君の悪い習慣の記録だろう?
すぐにでも削除しておいたほうがいいな。
しかし。
データを見る限り、
ざっと数えただけでも
80人近くの女性を襲っているとはね。
女性が苦手な割には君もお盛んだな」
僕は顔が熱くなるのを感じた。
「まあ。
世の中には
様々な性癖の持ち主がいるからね。
別に君が特別というわけではない。
はっはっは」
何が可笑しいのか大烏は声を出して笑った。
「それよりも。
1つ気になったことがあるのだがね。
安倍瑠璃という女性についてだが、
君はやけにこの女性に執着しているようだね。
しかし。
盗撮は犯罪だよ」
僕は慌てて店内を見回した。
カウンターに座っている2人の男性客が
マスターともしほと楽しそうに話していた。
僕は一先ず胸を撫で下ろした。
「ふむ。
今更そんなことを言っても仕方がないか。
兎に角。
今は状況が状況だ。
彼女を襲うなんてことは考えないことだ」
「は、は・・はい・・」
僕は慌てて頷いた。
「ふむ。
まあ事件が解決するまでは
君の習慣もお預けだな。
はっはっは」
そして大烏はふたたび笑った。
その姿を見て
僕は目の前に座っているこの男が
急に恐ろしくなった。
この男には正義や道徳という一般的な観念が
欠如しているのだ。
そもそも僕の依頼を引き受けたことからして
普通ではない。
「さて。
冗談はこれくらいにして本題に移ろう」
大烏の言葉に僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「君のリストに書かれていた4人だが。
彼らの中に犯人はいない」
「えっ?」
僕の頭は目まぐるしく回転した。
「まず柏木に関してだが。
彼は『RED BEAN』という名前で活躍している
覆面レスラーだ。
彼は7月15日から20日まで、
所属しているADWという団体の興行で
この街から離れている。
つまり。
1件目の事件では彼にはアリバイがある。
次に尾形だが、
彼は親の会社に専務として籍を置いている。
住んでいるのは真人市にある高級住宅街だ。
妻は学生時代からの恋人で、
結婚したのは3年前。
ちなみに2人の間には子供はいない。
彼は2つの事件の夜は
自宅にいて外出することはなかったようだ。
二四に関しては8月16日の夜、
つまり第2の殺人事件における
アリバイが成立している。
火曜日は市民プールの休館日だが、
この日はプール内の水の入れ替え作業と
清掃があったのだ。
作業が終わったのが23時だ。
彼は犯行時にはまだ仕事をしていたのだ。
最後に名詮だが、
彼に関しても2件目の事件で
アリバイが成立している。
彼は単身赴任者で
現在は道師市で1人暮らしをしている。
そして8月12日から22日まで、
夏休みを利用して妻と娘が遊びに来ていた。
事件当日の夜は
家族で食事に行っていたようだ」
そこまで話すと
大烏は静かにコーヒーを啜った。
僕はその報告に肩を落とすと同時に、
僅か数日でそこまで調べ上げた大烏を
心強く思った。
「なぜ今日。
わざわざこの店に
君を呼んだのかわかるかね?」
そう言って大烏はカップをテーブルに置いた。
僕は首を振った。
「君の自宅はおそらく盗聴されている」
いつの間にかカウンターにいた2人の男性客が
いなくなっていた。
「・・と、盗聴」
ドラマや映画でしか聞いたことのない単語に
僕は激しく混乱した。
「ふむ。
今のところはまだ可能性の話だがね。
しかし。
このような依頼であれば、
初めから君の自宅で
話を聞くべきではなかったのだ。
盗聴が事実であれば
君が探偵に相談をしたということが、
相手に知られたかもしれないからね」
大烏はそこでふたたびカップに口をつけた。
そして
「ふむ。
やはりここのコーヒーは美味いな」
と満足そうに頷いた。
一方。
僕にはそんな余裕はなかった。
形のない不安が徐々に恐怖へとその姿を変えた。
正体不明の誰かが僕の自宅を盗聴している。
そしてその人物は
2人の人間の命を奪っているのだ。
「それでだ。
この後、
君の自宅の盗聴器を調べるが、
見つけたとしても盗聴器は外さない。
盗聴器は見つからなかったことにする。
君は気付かないふりをして、
これまで通りの生活を続け給え」
大烏が恐ろしいことを言った。
「ドラマや映画でもよくあるだろう?
犯人に罠を仕掛けるのだよ。
はっはっは」
大烏は何が可笑しいのか声を出して笑った。
「それにしてもなかなか面白い事件だ。
いい暇つぶしになるよ」
「は、ははは・・」
僕は無理をして笑顔を作った。
どちらにせよ。
今はこの男を信じるしかない。
「ふむ。
ではこれから早速、
君の自宅へ行って盗聴器を探そう。
あの広さなら30分もあれば十分だろう」
「そんなに簡単にわかるんですか?」
「基本的に盗聴器も電源の確保ができなければ
永久的には使えない。
つまり。
設置する場所は限られるからね」
大烏は獲物を追いつめたハイエナのような
目をしていた。




