第4話 『シュガー&ソルト』
ドアを開けると
「いらっしゃいませ」
という元気な女の子の声が聞こえてきた。
彼女はこの店のアルバイトの
須磨もしほ(すま もしほ)
たしか今年で24四歳。
身長は160cmほど。
細身で小麦色に日焼けした肌が健康的で、
少し明るめの長い髪を後ろで1つに束ねていた。
やや幼いその顔立ちは化粧が薄いせいか、
高校生と言っても通用すると思えた。
彼女は明るく社交的で、
女性と会話をすることが苦手な僕が
唯一普通に接することができる異性でもあった。
彼女は僕に気付くと、
「あら、八木さん!
いらっしゃい。
まだランチは大丈夫よ。
ね、マスター?」
とカウンターを振り返った。
カウンターではこの店のオーナーでもある
佐藤敏夫
が洗い物をしていた。
長い白髪を綺麗にオールバックでまとめた彼は
直接聞いたわけではないが
おそらく70歳は越えていると思われた。
昔、長距離ランナーだった名残か、
その体型は今でもスラリとしていた。
「おう。
明人ちゃん、ランチにするかい?
今日はハンバーグだ」
僕は「お願いします」と答えてから、
カウンター席に腰掛けた。
店の時計は15時を少し過ぎていた。
店内に他の客はいなかった。
『シュガー&ソルト』は
最近、流行りのカフェのように
お洒落でも賑やかでもなく、
ここはくたびれたサラリーマンが主な客層だ。
古き良き時代を彷彿させる喫茶店。
まさにそんな店だった。
このご時世に店内禁煙どころか
分煙すらしていない店は珍しいだろう。
しかし。
それが女性客を遠ざけている一因であるならば、
僕は多少の副流煙は我慢するつもりだ。
家から自転車で5分とかからないことも
僕がこの店を利用する理由の1つだった。
この日も
僕は一度家に戻って車を置いてから、
自転車でここまでやってきた。
2台しかない駐車場の1つを
僕の車で占拠することが申し訳ないという
常連なりの気遣いである。