第36話 『大烏探偵事務所 大烏亜門』
テーブルの上の名刺には
『大烏探偵事務所 大烏亜門』
と書かれていた。
「・・た、探偵なんですか?」
「ふむ。
探偵というものは暇つぶしには丁度良くてね」
「け、警察に
捜査協力をしたことがあるんですか?」
続いて僕は気になったことを聞いた。
「はっはっは。
警察に協力だって?
さっきの発言は言葉のあやだよ。
私は警察というものが大嫌いでね。
警察なんて国家権力を背景とした
やくざだからね」
大烏は露骨に不機嫌な顔になった。
似ている。
直感的にそう思った。
あの美しき女探偵と同じだった。
傲慢で毒舌、
そして偏見に満ちた思考。
探偵という人種はなぜこうも似ているのか。
「どうしたんだい?
君はこの事件に興味があるのかい?」
いつの間にか食事を終えた大烏が
こちらを見ていた。
「あっ・・い、いや・・」
大烏の言葉に
僕は焦ってコップを倒してしまった。
その時。
丁度もしほがコーヒーを運んできた。
「大丈夫ですか」
もしほは何をやっているんだ
と目で訴えつつ素早くテーブルを拭いた。
僕は「ご、ごめん」と謝った。
彼女はウインクをして
カウンターに戻っていった。
僕は気まずさを誤魔化すように
コーヒーを一口飲んだ。
「大丈夫かね?
随分と動揺しているようだが」
「な、何でもありません」
「ふむ。
そういえば君の車も白の軽自動車だったね」
「ごふっ、ゴホッ、ゴホッ」
大烏の言葉に僕はふたたび咽返った。
「・・ぼ、僕じゃないですよ」
それから僕は小声で弁解した。
「ふむ。
何を焦ってるんだい。
ちょっとした冗談じゃないか」
「べ、別に・・
あ、焦っているわけじゃないですけど・・」
僕は努めて冷静に否定した。
「ふむ。
どうも怪しいね」
僕を見つめる大烏の目は笑っていなかった。
冷房の効いた店内にもかかわらず、
僕は全身から汗が噴き出すのがわかった。
僕は大烏から視線を外して
改めてコーヒーカップに口をつけた。
「・・もし、
僕が2件の殺人事件の犯人だったら
どうしますか?」
僕はそう言って大烏の目を真っ直ぐに見返した。
大烏は何も言わなかった。
額の汗が頬を伝って落ちた。
僕はそれを拭うことなく
無理をして笑顔を作った。
大烏は無表情だった。
無言の時間が流れた。
その時。
大烏が視線を外した。
大烏は腕を組んで椅子に背をあずけると、
そのまま天井を見上げた。
「ふむ。
君がどうしてそんなことを言い出したのか、
それを考えたのだがね」
大烏はぽつりと呟くと
顔を戻して僕の方を見た。
「君は殺人事件に何らかの関係があるが、
犯人ではない」
そう言った大烏の目は、
まるで見る者を石化させるという
メドゥーサのようだった。
僕はこれまで経験したことのない
息苦しさを覚えた。
僕は大烏から視線を外してコーヒーを飲んだ。
それからゆっくりとカップをテーブルに戻して
もう一度無理に笑顔を作った。
「な、何を言い出すんですか。
は、ははは」
「ふむ。
そうかい」
大烏が僕の言葉に納得していないことは
明らかだった。
大烏はコーヒーカップを手に取って
静かに口をつけた。
「す、すみません・・変なことを言って。
今の発言は忘れて下さい」
僕が謝罪すると、
大烏もそれ以上は追及してこなかった。
僕は残ったコーヒーを飲み干した。
「ふむ。
とにかく君も何か困ったことがあれば
いつでも相談してくれ給え。
君の依頼なら格安で引き受けよう」
いつの間にか店内の客は
僕と大烏だけになっていた。
マスターは奥に引っ込んでいて、
もしほはカウンターの中を掃除していた。
「さ、参考までにお聞きしたいのですが、
い、依頼料はどのくらいなんですか?」
僕は小声で訊ねた。
「ふむ。
そうだね。
君の頼みであれば無料でも構わないがね。
しかし。
それを聞くと言うことは
やはり何か困ったことがあるようだね」
大烏がふたたび僕を見た。
僕は無言で大烏の目を見つめ返した。
「ふむ。
まあいい。
君にも事情があるだろうからね。
私は詮索好きだが、
無理に話を聞き出すような
無遠慮な人間ではない。
しかし。
1人で悩むよりは、
人に話すことで楽になることもあるだろう。
気が変わったらいつでも話してくれ給え」
初めて見る大烏の真摯な眼差しに、
僕は戸惑った。
容疑者リストの筆頭に名を連ねているこの男は
犯人ではないのか・・。
「あ、ありがとうございます・・」
僕はただそれだけを口にした。
大烏は僕の言葉の続きを待っていたようだが、
僕はそれに気付かないふりをした。




