第26話 8月26日。金曜日。
8月26日。金曜日。
この日。
朝一番の予約客を送り出した後で
僕は店を閉めた。
そして車で『禁断の果実』を目指した。
僕は高速道路を使わずに宿禰市を経由して
忌寸市を目指すルートを選んだ。
宿禰市に入っても走っている車の数には
それほど変化はなかった。
しかし。
忌寸市へと続く交差点を曲がると
目に見えてその台数が減ってきた。
バックミラーを見ても後続車はなかった。
今は尾行はされていないようだ。
忌寸市に入ると
どこから現れたのかポツポツと車が増えてきた。
そのまま道なりに車を走らせて
市街地の方へと向かった。
忌寸市の市街地は
稲置市のそれと比べてもかなり小規模だった。
片側一車線のメインストリートの両側には、
飲食店とパチンコ店、
そして車の販売店が並んでいた。
中でも車の販売店は
明らかにその数が多すぎた。
どう考えても供給過多としか思えなかった。
時計を見ると11時30分だった。
赤信号に捕まった時に通りの左に目を向けると、
『YoungGreens』
という小さいながらも小奇麗な看板が
目に留まった。
そしてその看板から5メートルほど奥に
鮮やかな緑色の扉が見えた。
その店は両隣を古ぼけたスナックに挟まれて
窮屈そうだった。
何のお店だろうと考えていると
信号が青に変わった。
市街地を抜けると走っている車の数は
ふたたび少なくなった。
しばらく車を走らせてから、
地図に従って細い脇道へ入った。
道は少しずつ勾配が上がって、
気が付いたらセンターラインが消えていた。
周囲の杉の木によって道路には影が落ちていた。
車はくねくねとした山道を走った。
対向車が来た場合すれ違うのが
困難ではないかと思われるほど狭い道だった。
ハンドルを握る手に自然と力が入った。
しかし。
そんな心配も杞憂に終わり道幅が広がった。
それに伴い
これまで視界のほとんどを占めていた杉の木が、
緑豊かな草原へと姿を変えた。
窓を半分ほど開けると
生温い風が車内に侵入してきた。
手を出して外気に触れた。
それだけで不思議と気持ちも開放的になった。
僕は窓を全開にした。
時刻は12時になろうとしていた。
そろそろ目的地に着いてもおかしくなかったが、
周りにそれらしき建物は見当たらなかった。
視線の先には山と空が広がっていた。
それ以外に何もなかった。
冷静に考えたら、
こんな辺鄙な場所に
探偵事務所を構えていること自体が
不思議だった。
依頼人が訪れるにしても不便だし、
第一、
調査をするにしても機動性が悪い。
僕の中では探偵事務所とは
街の雑居ビルの中にあるイメージだった。
それはそれで漫画やテレビの
見すぎなのかもしれないが、
それにしてもここはやはり不便すぎる。
僕は一旦車をとめた。
その時。
ミラー越しに1台の車が走ってくるのが見えた。
赤のミニクーパーは僕の近くで減速したが、
とまることはなくそのまま走り去った。
この先で道が左にカーブしていた。
ミニクーパーがそのカーブの向こうに
消えたのを見て僕はふたたびアクセルを踏んだ。




