第22話 『Carnival』
真人市に入ると、
これまで片側一車線だった道が
綺麗に舗装された二車線となった。
道路の両側には
見渡す限りの田んぼが広がっていた。
平日の昼間ということもあってか
交通量は少なかった。
しばらく進むと
『真人ショッピングタウンこの先5キロ』
と書かれた大きな看板が見えた。
その手前で道が左に分かれていた。
車はその小道を入っていった。
それは煉瓦造りのお洒落な洋風の一軒家だった。
駐車スペースは家の前に3台分。
そこには1台の車がとまっていた。
この店の主の車なのか、
それとも他の客の車なのか判断できなかった。
車から降りると僕は大きく伸びをした。
時刻は14時15分だった。
たしかに大烏の言う通り
およそ40分で着いたことになる。
その時。
玄関の扉の脇にある小さな看板に気が付いた。
『Carnival』
という文字が読めた。
店内は昼間だというのにやや薄暗かった。
それは重苦しい暗さではなくて、
外界の自然な明るさを意図的に制限して、
室内の雰囲気を演出しているようだった。
客が僕達2人だけであることはすぐにわかった。
4人がけのテーブル席が2つしかない
狭い空間だったからだ。
店内は過度な調度品もなく殺風景だった。
そして。
僕達を出迎えてくれたのは
可愛らしい女性だった。
大烏の事前情報では42歳のはずだが、
どう見ても僕と同年代か、
もしくは年下にしか見えなかった。
彼女の名前は
安東智香
といって、
元旦那である
江戸圭
と2人でこの店をやっているとのことだった。
大烏がそのようなプライベートな情報を
知っていることに僕は疑問を抱いた。
しかし。
今の時代その気になれば
個人情報を手に入れることなど
容易かもしれない。
何せ、
SNSで自らの情報を世界中に拡散しているような
危機感のない人間ばかりなのだ。
家の玄関を開けたまま
強盗を招き入れているようなものだった。
「いらっしゃいませ。
大烏さんお久しぶりですね。
お連れ様がいると仰っていたので
てっきり恋人かと思っていましたわ」
彼女は笑うと一層若く見えた。
そしてその笑顔は魅力的だった。
大烏の方を見ると鼻の下を伸ばして
顔をほころばせていた。
どうやら大烏の目的は
この美しい元人妻だったようだ。
「人生の目的とは最愛の人を見つけ出すこと。
私はまだその旅の途中さ」
大烏はそんな気障なセリフを
恥ずかしげもなく口にした。
彼女は少しはにかんでから
テーブルにグラスと箸とナプキンを並べた。
「挨拶が遅れてすみません。
安東智香と申します。
大烏さんには
いつも御贔屓にしていただいています」
僕は彼女から目をそらして
「こちらこそ」
と小声で返した。
彼女が奥へと消えてからも
大烏は心ここにあらずといった様子で
ソワソワしていた。
いつも堂々としている大烏からは
想像もつかない姿だった。
「綺麗な人ですね。
ところで。
別れたご主人ってどんな人なんですか?」
僕は大烏にそう声を掛けた。
綺麗な女性の男の影というのは、
どうしても気になってしまうものだ。
「ふむ。
ここの料理はすべて彼が作っているらしいが、
表にはまったく顔を出さないのだ。
私も一度しか見たことがないのだがね、
小柄で痩せぎすで
ギョロッとした目が印象的な
陰鬱な男だったよ」
安東智香に好意を寄せている
大烏の色眼鏡を通した意見は
話半分だとしても、
美女と野獣ということには
変わりはないのだろう。
そして。
大烏の言葉を信じるならば、
彼女は男を選ぶにあたって
外見は特に気にしないということになる。
しばらくして
前菜のサラダが運ばれてきた。
真っ白な皿に緑色の生野菜が盛られていた。
それら瑞々しい野菜にかかった
鮮やかな真紅のドレッシング。
僕はドレッシングだけを箸の先で舐めてみた。
何となく鉄臭い苦みを感じた。
それでも。
このドレッシングは野菜と交わることで、
素晴らしいハーモニーを奏でた。
料理とは不思議だと思った。
大烏曰く、
この店で出される料理はすべて自家製らしい。
つまり、
この野菜も家庭菜園で作られた
ということになる。
料理は一皿ずつ順番に運ばれてきた。
最後のデザートを食べ終わった後で、
安東智香がコーヒーを持ってきた。
「今日の料理も相変わらず美味しかったよ」
大烏のその言葉はお世辞でもなければ
大袈裟でもなかった。
僕も大きく頷いた。
「それは良かったです。
あの人も喜びますわ」
「ところで、
今日のメイン料理の肉は何の肉かね?」
「それは私にもわかりませんの。
あの人は料理に関しては秘密主義なので」
彼女はそう言って微笑んだ。
「それはそうと。
大烏さんはいい人ができたのかしら?」
突然、
安東智香はそんなことを口にした。
「ふむ。
心配しなくてもそんな人はいないよ」
大烏はボーラーハットに軽く手を当てると
真顔で答えた。
何が「心配しなくても」なのだろう。
疑問に思ったが僕は口に出さなかった。
「本当かしら?
男の方って嘘を吐くのが上手くて
信じられませんわ。
ねぇ?」
彼女は僕に同意を求めてきたが、
僕は「は、はぁ・・」
と首を傾げることしかできなかった。
「お2人ともおモテになるでしょう?
きっと1人の女性に絞れないのでしょうね」
リップサービスとわかってはいたが、
それでも女性に褒められて悪い気はしなかった。
「ふむ。
それよりも智香さんはどうなんだい?
再婚は考えないのかい?」
「あら、40過ぎの私をもらってくれる
奇特な人なんていません」
「そんなことはないさ。
年齢など人の都合で決めた数字に過ぎない。
人によって、
いや生物によって流れる時間は違うのだ。
智香さんはまだまだ若いし十分に魅力的だよ」
大烏のセリフを聞いていると
こちらが恥ずかしくなってくる。
「それなら大烏さんがもらって下さるかしら?
ふふ」
そして驚いたことに
彼女も満更でもない様子だった。
いや。
これこそ社交辞令かもしれない。
先ほど彼女は、
男は上手く嘘を吐くと言っていたが、
それを見抜くのが女という生き物ではないか。
逆に女の嘘は男には見破ることができない。
所詮、
男は女の手のひらの上で転がされる
生き物なのだ。
彼女の言葉に気分をよくしたのか
大烏は明らかに上機嫌になった。
結局。
最後まで江戸圭は僕達の前に姿を見せなかった。
会計の前に大烏がトイレに立ったので、
僕はテーブルに置かれた手書きの伝票を
手に取った。
大烏はご馳走すると言っていたが、
せめて自分が食べた分は払っておこう
と思ったのだ。
しかし次の瞬間、
僕の体は固まった。
伝票には12万5千円と書かれていた。
てっきり一桁間違っているのではないか
と思って何度も確認したが、
その数字は変わらなかった。
安東智香に見送られて僕達は店を後にした。




