第18話 容疑者リスト
僕は大きく息を吸い込んでから頭を振った。
とにかく今は
これからのことを考えなくてはならない。
まず1つ。
当分の間、
僕の夜の習慣は禁止せざるを得ない。
次に。
この殺人犯をどうするかだが選択肢は2つ。
1つは
殺人犯からアプローチがあるのをじっと待つ。
しかし。
この1か月の間に何もなかったことから考えると
今後も殺人犯からの接触は期待できないだろう。
そう。
そこが余計に不気味だった。
一体、この男の目的は何なのか。
そこでふと疑問が湧いてきた。
そもそも殺人犯は男なのだろうか。
意識を失っている被害者達を殺すだけであれば
女性でもそれ自体は難しいことではないはずだ。
だが。
そこで引っかかるのが
報道で使われていた「暴行」という言葉だった。
「暴行」
それが何を意味するのか。
僕はもう一度頭を振った。
どちらにせよ。
僕が採るべき選択肢は1つ。
殺人犯は僕自身の手で摑まえる。
恐らく
警察は殺人犯に辿り着くことはできない。
報道からすると
警察は1人の犯人が被害者を「暴行」して、
その後に殺害したと考えているようだ。
つまり。
警察の捜査はすでに間違った方向へ進んでいる。
殺人犯の存在を知っているのは
この世界でただ1人、
僕だけなのだ。
僕は改めて殺人犯のことを考えた。
この殺人犯は僕を認識している。
そして。
その人物は僕の身近にいるのではないか?
僕は本棚からルーズリーフを取り出して
ボールペンを握った。
・柏木督右衛門
・尾形剛
真っ先に浮かんだ常連客の名前を
ルーズリーフに書いた。
大半が女性客のこの店で、
数少ない男性客を疑うのは心苦しいが、
今はそんなことを言ってる場合ではなかった。
他に友達のいない僕が
人と接する機会と言えば、
外で食事をする時に利用している
『シュガー&ソルト』だろう。
と言っても
マスターの佐藤敏夫と
アルバイトの須磨もしほは除外してもいい。
もしほに限っては女性であるし、
マスターに関しては10時から22時まで
店を開けているので、
メシモリの犯行時のアリバイが成立している。
人の多い時間帯を避けて足を運んでいる僕が、
『シュガー&ソルト』に来る他の客と
顔を合わせる機会は多くはない。
それでも面識のある人物が2人ほどいる。
1人は夕方の時間帯に
たまに見かける初老の男性だ。
片足が不自由なのか杖を持っていた。
この老人はいつも壁際のテーブル席に
座っている。
店で見かけると軽い挨拶は交わす。
その程度の間柄である。
もう1人は夜、
遅い時間に見かける男。
こちらは40代だろうか。
1人で食事をしていることから
独身ではないかと、
僕は勝手な仲間意識を抱いていた。
そして。
服装や身に着けている小物などから、
僕と違いお金に余裕のある生活を
送っていると推測できた。
独身貴族
という言葉がぴたりと当てはまる人物だった。
ただこの2人に関しては、
僕は名前すら知らない。
その程度の間柄の人間が
僕を監視して付け回すだろうか。
たしかに店には自転車か徒歩で通っているから、
僕を尾行して自宅を突き止めるのは容易い。
そして尾行という点からすれば、
杖を持っている老人には困難であることから、
容疑者はもう1人の男に絞られる。
この男なら時間的にも
僕の犯行時には自由が利きそうである。
名前がわからないのでとりあえずここでは
独身貴族と呼ぶことにする。
容疑者リストに新たな文字が並ぶ。
・独身貴族
他に考えられるとすれば
『稲置市営温水プール』だ。
ここで僕と親しい男性職員といえば1人。
・二四八
実は彼に関して
僕は1つ大きな秘密を知っていた。
それは彼が同僚である蝉丸空に
好意を寄せているということだ。
僕は同じ女性を想う男として
そんな彼の気持ちを敏感に感じ取っていた。
施設は21時30分に閉まる。
そして。
シフトは早番と遅番の2交代制。
早番の場合、
17時は仕事が終わる。
つまり。
シフト次第では
二四にも犯行が可能だったことになる。
その時。
最近親しくなった1人の男の顔が浮かんだ。
・大烏
怪しいかと言えばたしかに怪しい気もする。
殺人犯かどうかはともかく、
人として
どこか変わっているような印象は受けた。
しかし。
彼に僕を監視する動機があるのか
と問われると首を傾げざるを得ない。
つい先週もプールの後で会話をしたが
特に変わった様子はなかった。
そこまで考えてふと疑問が生じた。
そもそも生活圏が離れすぎている人間が、
僕の行動を把握することは難しいのではないか。
つまり。
殺人犯の生活圏も
稲置市内に限ってよいのではないか。
これは単純だが実に明快な1つの答えだった。
・犯人は稲置市に住居を構えている人間である。
それならば。
これまでの容疑者リストを
ぐっと絞り込むことができる。
大烏は宿禰市に住んでいると言っていた。
その言葉を信じるならば
彼は容疑者から除外できる。
尾形の住所は顧客名簿によれば
真人市となっていた。
真人市となると宿禰市の西に隣接している
都市である。
これはさすがに離れすぎている。
ここで2人が容疑者リストから外れて
最終的に残るのは
・柏木督右衛門
・二四八
この2人である。
そして。
地理的条件から保留となるのが1人。
・独身貴族
この男に関しては情報がない。
しかし。
度々『シュガー&ソルト』で見かける
ということは、
やはり稲置市内に
住んでいるのではないだろうか。
今度マスターかもしほに
それとなく聞いてみよう。
そんなことを考えているうちに
今日最初の予約客が来る時間が近づいてきた。
厄介な状況ではあるが仕事は仕事。
僕は頭を切り替えて仕事の準備に取り掛かった。




