第14話 「木の葉を隠すなら森の中」
21時55分。
空に満月が浮かんでいた。
僕は『クリーンマート 稲置市屯倉町店』
の駐車場の片隅で闇に紛れて
店の入り口を監視していた。
これまで僕は生活圏内での犯行は避けてきた。
それは当然、
警察の目を欺くためだが、
もしこれまでの犯行のいくつかが
警察の知ることになっていて、
それらが稲置市を除く周辺の市で起きている
という不自然さに警察が気付いていた場合、
ここでメシモリを襲うことは
ある種、
理に適っているのではないか。
まさに。
「木の葉を隠すなら森の中」
というわけだ。
そこまで考えてから
ちょっと違うかなと僕は首を傾げた。
その時。
制服姿のメシモリが店から出てくるのが見えた。
『私立傾城学園』
の制服は白と青が基調のブレザーだが、
夏服の今は
首元に青いリボンの付いた白のシャツに
鮮やかな青一色のスカートというデザインで
そのシンプルさが高校生の瑞々しさを
引き立てていた。
メシモリは自転車の籠に鞄を入れると、
サドルに腰掛けてからイヤフォンを耳につけた。
都合が良かった。
これならかなり接近しても
こちらの音に気付かれる心配がない。
僕は帽子を目深にかぶった。
メシモリは稲置駅の方へ向かって
自転車を漕いでいた。
今回は生活圏内ということもあり、
ある程度の地理的な情報は頭に入っていたから
尾行は容易だった。
稲置駅の北口には
この時間でもまだ人が多かった。
それに人待ちのタクシーも数台とまっていた。
メシモリが駅前で東へと
進路を変えたのが見えた。
僕はペダルを漕ぐ足に力を入れた。
しばらく進んでいくと
稲置川に架かっている橋が見えてきた。
メシモリはその橋を渡った。
橋を渡り終えると
途端に街灯が少なくなった。
それでもメシモリは軽快に
自転車を走らせていた。
この先は稲置市の中でも
特に坂のきつい地域に入る。
高台に位置するから
明野という地名が付けられたのだろうか。
メシモリは明野の坂の手前で
自転車から降りてゆっくりと押し始めた。
後ろを振り返る気配はなかった。
僕も自転車を降りて一度周囲を確認した。
僕達以外に
歩道を歩いている人間はいなかった。
車道を走っている車はチラホラ目に入るが、
走っている車内からでは、
街灯の疎らな歩道の様子を確認することは
困難なはずだ。
おまけに歩道に並ぶ街路樹が
運転手の視界を遮っている。
・・ここしかない。
この坂の途中に
今は廃墟となっている建物がある。
昔は市営住宅として使われていた建物だ。
敷地が外壁によって囲まれていることも
都合が良かった。
僕は自転車に跨って全力でペダルを踏んだ。
あっという間に前を歩くメシモリに追いついて、
そして追い抜いた。
僕はそのまま自転車を漕ぎ続けた。
息が上がって太ももが痙攣し始めた。
視線の先には暗闇に聳える廃墟が
月光を浴びてその不気味な姿を
堂々と晒していた。
あと少し。
そこでついに僕の足が限界を迎えた。
僕は自転車から降りて坂の下を振り返った。
小さな灯りが一つ見えた。




