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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編まとめ

Message in a packet

作者: みたよーき

 吐息の温かさ、唇の柔らかさ。

 遠ざかるそれが、私から、私の大切な“何か”を引き剥がして、私はその痛みを、心で感じる。

 絡み合う視線は、刹那。それを断ち切るように、彼女は私に背を向ける。

 私たちの間にはもう、言葉は無い。声を聞いてしまえばきっと、決意なんて簡単に揺らいでしまうから。

 滲む視界、遠ざかる背中。

 今すぐ駆け出して、そこへ飛び込みたい――そんな衝動を、私の持てる意志全てで以て抑えつける。

 彼女の想いを、尊重するために。

 それを許した私の愛を、裏切らないために。


 ◇


 彼女は幼い頃から、その分野では優秀だった。

 なにせ、その頃の記憶なんてほとんど無い私が、その時の彼女だけは鮮明に覚えているくらいだ。……もちろん、反芻される内にそれが、より美化されてしまったものである可能性は否定できないけれど。

 とはいえ、その分野に於いては同世代に“とても”優秀な人もいた。

 それは彼女にとっては、幸運であると同時に不幸でもあったのだろうけれど、私にとっては、幸運以外のなにものでもなかった。

 そうでなければきっと、あの頃に私と彼女は友人になんてなれなかっただろうから。

 子供の頃の私にも、負けん気はあった。敗者であることを、簡単に受け容れたわけじゃない。

 だけど、彼女もまた、敗者だったから。だから私は、彼女に対して無駄な劣等感を抱かずに済んだし、おかげで、私を置いてどんどん伸びていく彼女を純粋に“すごい”と思えるようになった。

 だから私は、自分も共にその道をゆくことを諦めるのに未練はなかったし、純粋に彼女を応援できることは喜びですらあった。

 それが幸運でなければ、何だというのか。

 だってきっと、その時にはもう、私は恋に落ちていたのだろうから。


 ◇


 ――そんなに仲が良いなら、もう付き合っちゃえよ。


 それは、誰に言われた言葉だったろう?

 別になんてことのない、ほんの些細な冗談としてそれは別の友人の口から語られて、その時は私たちもただ笑い飛ばしただけのこと。

 だけどきっと、それが私たちの気持ちを、そして、二人の関係を変えてしまう――ううん、変えてくれた、最初の、小さなきっかけだった。


 ◇


 ふたりとも、ただもたれ合ったり、手を繋いだり、そんな、お互いの体温を感じ合うだけ、ただ触れるだけの行為で、私たちには親友ではなく恋人だというのに充分な接触だった。

 それは、それまでとさほど変わらないことのはずなのに、気持ち一つで全く違う意味を持ったみたいで。

 世界がまるで違って見えた――大袈裟に言えばそういうこと。


 そんなふたりには、キスですら、ごくたまにのことで――ああ、だからそれは、特別だったのだろう。


 ◇


 ――別れよう。


 その言葉を、彼女の口から聞いた瞬間、私は何を思ったろう?

 ものすごく色々なことが頭の中を廻ったような気がするのだけど、それは色々すぎたから、何一つ認識できなかったのではないか。頭が真っ白になる、という表現は、実は頭に何も無いのではなく、こんな、有りすぎる混沌を指すのではないか、なんて思ったことは覚えている。


 ――あなたの何かが悪いわけじゃないの。女どうしなんてことだって……それを良く思わないヤツらを黙らせるだけのものを、私が示せば良いだけだって、そういう反骨心だってあったから、今の私があるの。だから、そんなこと、別れる理由になんてしたくない。だけど……。


 分かっているんだ。どれだけ世の中が寛容なフリをしたって、同性愛を快く思わない人は、いる。

 そして、それは彼女の足を引っ張ろうとするような人間にとっては都合の良いことだろう。

 誰もが皆トップになれるわけじゃない。そして、誰もが皆トップになるために自分を高めることだけに注力するわけじゃない。残念なことに、自分を高めることよりも、上の人間を自らの“低み”に引きずり下ろそうとするような、そうすることで自分が“高み”に上れたように錯覚できてしまうような人間もいるのだから。


 ――これは、私がそうなりたい、そうしたいって夢じゃなくて……、そうなるんだ、成し遂げるんだっていう……目標。……夢って言うなら、あなたと過ごした時間全てが、そうだった……。


 それだって、分かっていたはずなのに。

 そう、私がふたりの未来を、万華鏡を覗き込むように夢見ていたのに対して、彼女は自分の未来を、ライフルスコープを覗き込むように見据えていた。

 もしかしたら、彼女の見ていたさらにその先には、ふたりの未来だって有ったのかも知れないけれど……、だけど、その未来だって、私の見ていたものとは違っていただろう。

 きっと。

 私が彼女と肩を並べて進むことをやめた子供の時から、ふたりの歩幅は違ってしまって。その距離が今、ただ結果として表れただけなのだろう。


 ――ケンカしたって、少し時間をおいて頭を冷やせば、キス一つでゆるしあえるくらいのもので。そういう、一緒にいることに心地よさを感じられる人に、この先出会えるなんて思えない。だけど……そう、心地良いから……目標なんて達成できなくてもいいって思えちゃうくらい、良すぎるから。甘えとか、保険とか自分に許したらもう、ダメになる。ただそれが、怖いの。


 そんなの、わがままだ。


 ――うん、そう。きっと、私はただ、私のわがままを、最後に、好きな人に、聞いて欲しいだけなの。


 ずるい。……そう思った。

 だって、私だって、好きだから。好きな人のわがままを、お願いを、聞いてあげたい、叶えてあげたい。

 そもそも、彼女が夢を叶えることは、私の夢でもあったのだから。

 だから私は、彼女の決断を――それがどんなに苦しくったって――ゆるさなければならない。

 それは、とても、とても、辛くて、悲しいけれど。

 だけど、とても、簡単なことでもあった。

 だって私たちは、一つ口づけを交わすだけで、お互いをゆるしあえる事が、できるはずなのだから――。


 ◇


 家に帰り着いたら、涙が流れ出した。堪えていたつもりもないのに、堰を切ったように。

 ここに彼女が持ち込んだ物は、何一つ残ってはいない。

 きっと、だからなんだ。

 無いから、彼女のいない現実を突きつけられて。

 そのくせ、ここには有りすぎるんだ。

 同棲していたわけでもない、ここで二人で過ごした時間なんて、大したものじゃないはずなのに。

 その時間の中で、気にも留めていなかった些細な仕草、やりとり。そのたくさんの全てが、今はかけがえのない――。

 こんなにも大切だったなんて、いっそ気付かなければ――ううん、気付けて良かった。

 私が彼女にもらった、尊いものたちなんだから。


 ◇


 都会の夜空にも、綺麗な星空がある――あの時は確かにそう思ったはずなのに。

 今、見上げる夜空は、ただ暗い。

 どこで見るかより、誰と見るか。そんな、陳腐だと思える言葉が、ただ実感として胸に落ちた。


 ◇


 いつか遠ざかっていったその道の向こうから、彼女がこちらへ歩いてくる。

 私に気付いた彼女は、はにかんだ笑顔でただ一言。


 ――ただいま。


 そう私に告げる。


 それは、どんなに涙を流したって、決して滲むことのない光景。

 私の脳が勝手に生み出した、空想。

 ――きっと見ることのない、未来。


 だけど、もう少しだけ……。


 ◇


 ――これは、ただの私的な手記だ。


 万が一にも彼女の邪魔にならないためにも、彼女についての具体的なことはおろか、私についてだって、さほどの情報は読み取れないだろう。

 ポリコレだとか多様性だとか、そんな雑音とも全く関係ない、ただの独り言。

 ただ、一人の女性を愛した女が、それを純粋な美しい思い出に変えて抱き続けていくための、“けじめ”のようなもの。そのためだけに書かれた、きっと多くの人にとって、たわいのないもの。


 でも、もしかしたら誰かにとっては、小さな、あるいは決して小さくはない意味を持つかも知れない。

 別に、そうであってほしいわけじゃない。でも、もしそんなことがあるなら、私たちの思い出は、どこかでひっそりと誰かに祝福されるかも知れない。そんな淡い期待が、未来の私をほんの少し、助けるかも知れない、ただその程度のもの。

 ただその程度の気持ちで、ボトルに入れたメッセージを海へ流すように、パケットに乗せてネットの海へ放流しただけのこと。


 だから。


 今これを読んでいるあなたは、取るに足らないものとして、すぐにでも忘れてくれていいし、笑い飛ばしてくれてもいい。

 あるいは、同情してくれたっていいし、ここにあなたにとって重大な意味を見出したっていい。

 そして……たった一人の誰かが、いつかその夢を叶えることを、祈ってくれたら、少し嬉しい。


 どこかで誰かが、夢を叶えるためにがんばっていて。

 どこかで誰かが、大切な時間を思い出に変えて前に進もうとあがいている。

 そして、どこかであなたが、あなたの人生を生きている。きっと、いっしょうけんめいに。


 きっと交わることのないそれらが、だけど今一瞬だけ、すれ違って、離れていく。

 ただ、それだけのこと。


 そして。

 それらが進む先に、それぞれに、おおきな、あるいはささやかな、幸せがありますように。

 そんな小さな祈りを込めて。

 これは、誰に宛てるともなく流した、メッセージとすら呼べないかもしれない、言葉たち。

 本作品を読んでいただき、ありがとうございます。

 短い作品なので、さほどの時間は頂戴していないとは思いますが、その短くも貴重な時間に見合うだけの何かを、本作品がお返しできていれば幸いです。

 感想や評価など頂けるととても嬉しいですが、リアクションをもらえるだけでも大変ありがたく思いますし、励みにもなりますので、お手間でなければ、よろしくお願いいたします。

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