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第九話:『取材』という名の初デート? ~遊園地・恐怖と安らぎ~

ジェットコースター「ギャラクシー・ダイバー」がもたらした、強烈な興奮と恐怖、そして二人でそれを乗り越えたという奇妙な一体感。乗り終えた後も、私の心臓はまだバクバクと高鳴り、足元は少しだけふわふわとしていた。隣を見ると、航くんも同じような状態らしく、まだ少し顔色が優れないながらも、どこか達成感に満ちたような、晴れやかな表情を浮かべていた。


「……はぁー、本当にすごかったね。生きた心地しなかったけど……最高だった!」

私は、まだ残る興奮を隠さずに言った。

「はい……。俺、正直、乗る前はかなりビビってましたけど……弥生さんが隣で叫んでくれたんで、なんか、逆に勇気が出ました!」

彼が、少し照れたように、でも真っ直ぐな目でそう言ってくれる。

(私が叫んでたから勇気が出た……? それ、褒めてるの? それとも、ただうるさかったってこと……?)

彼の言葉の真意は測りかねるけれど、悪い気はしない。むしろ、彼にとって私が、少しでも頼れる(?)存在になれたのだとしたら、嬉しい。


「ふふ、そう言ってくれると、叫んだ甲斐があったかな。でも、航くんも、結構いい叫びっぷりだったよ?」

私がからかうと、彼は「うっ……!」と言葉に詰まり、また顔を赤くした。本当に、反応がいちいち可愛いんだから。


「さてと……さすがに、ちょっと疲れたね。少し休憩しない?」

ジェットコースターの興奮と、それまでのアトラクションの疲れもあって、私は近くのベンチを指差した。

「そうですね。賛成です」

彼も、素直に頷いた。


私たちは、少し日陰になった場所にあるベンチに腰を下ろした。すぐそばの自動販売機で、それぞれ冷たい飲み物を買う。私はスポーツドリンク、彼は緑茶を選んだ。こういうところも、なんだか彼らしいな、と思う。


「ぷはーっ。生き返るー」

ペットボトルを一気に半分ほど飲み干し、私は気持ちよさそうに息をついた。夏の遊園地は、想像以上に体力を消耗する。

隣で、航くんも静かにお茶を飲んでいる。その喉が、こくりと動くのを、なんだか無意識に目で追ってしまっている自分に気づき、慌てて視線を逸らした。いけない、いけない。あまりジロジロ見るのは失礼だ。……それに、ドキドキしてしまうから。


ベンチに座って、少しだけ落ち着きを取り戻すと、周りの景色や人々の様子が改めて目に入ってくる。楽しそうに歩く家族連れ、仲睦まじく寄り添うカップル、友達同士ではしゃぐ学生たち……。誰もが、この夢のような空間で、それぞれの時間を満喫している。


(……私たちも、周りから見たら、あんな風に見えてるのかな……)


年の差はあるけれど、今日一日、こうして二人で過ごしている私たちは、傍から見れば、ごく普通の「カップル」に見えているのかもしれない。そう思うと、なんだか不思議な気持ちになる。そして、胸の奥が、きゅっと甘く締め付けられるような感覚。


(……もし、本当に、カップルになれたら……)


そんな、淡い期待が、また頭をもたげてくる。

カフェで美咲に言われた言葉。「素直になればいい」と。

今日の私は、いつもより少しだけ、素直になれているだろうか? 浴衣ではなくオーバーオールを選んだこと、メリーゴーランドで馬車に一緒に乗ろうと誘ったこと、コーヒーカップで本気で回したこと、ジェットコースターで彼の腕にしがみついたこと……。

それは、果たして「素直」な行動だったのだろうか? それとも、ただの、年上としての悪ふざけや、わがままだったのだろうか?


航くんは、そんな私の行動を、どう受け止めているのだろう。

「面白い人だな」くらいにしか思っていないのかもしれない。あるいは、「ちょっと変わったお姉さん」だと。

決して、「恋愛対象」として、見てくれているわけでは……。


「……弥生さん?」


不意に、隣から声がかかり、はっと我に返った。いつの間にか、航くんが心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでいた。

「あ、ご、ごめん! ちょっとぼーっとしてた」

慌てて笑顔を作る。いけない、いけない。せっかくのデート(取材だけど)中に、一人で考え込んでしまうなんて。


「大丈夫ですか? やっぱり、疲れました?」

彼は、真剣な表情で尋ねてくる。その優しさが、また私の心を温かくする。

「ううん、大丈夫だよ! ちょっと、今日の『取材』が順調すぎて、小説の構想が頭の中で爆発してただけだから!」

とっさに、そんな言い訳を口にした。半分は本当だけれど、半分は嘘だ。本当は、彼のことで頭がいっぱいだったのだから。

「そ、そうなんですか!? それはすごい! どんなシーンが思いついたんですか?」

彼は、目を輝かせて食いついてきた。本当に、小説のこととなると、途端に目の色が変わる。その熱心さが、彼の魅力でもあるのだけれど。


「えっとね……例えば、ジェットコースターでの吊り橋効果とか……? 怖くてしがみついてくるヒロインに、主人公がドキドキしちゃう、みたいな?」

私は、さっきの自分の体験を、少しだけ客観的な視点のフリで語ってみる。

「な、なるほど……! 吊り橋効果……! それは、確かに使えそうですね……!」

彼は、真剣な顔で頷き、またスマホに何かをメモしている。

(……本当に、気づいてないんだなぁ……)

その鈍感さに、もはや感心すら覚える。でも、同時に、少しだけ、もどかしい気持ちも湧き上がってくる。いつになったら、彼は、私の本当の気持ちに気づいてくれるのだろうか。


「……それで、弥生さん」

メモを終えた彼が、顔を上げて言った。

「次なんですけど……そろそろ、あの……『取材』の山場とも言える、アレに挑戦しませんか?」

彼の目が、いたずらっぽく細められる。

「アレ……?」

「ほら、ラブコメで、ヒロインが怖がって主人公に抱きついちゃう、定番の……」


……お化け屋敷!


「お、お化け屋敷……!?」

思わず、声が裏返る。

そうだ、すっかり忘れていた。遊園地デート(取材)の候補として、彼が挙げていたもう一つの重要スポット。そして、私の、最大の苦手分野……!


「ど、どうですか? 弥生さん、ホラー苦手だって言ってましたけど……やっぱり、無理ですかね……?」

彼は、少しだけ不安そうな顔で、私の上目遣い(?)で様子を窺ってくる。

……その顔は、反則だ。


(……行くしかない……!)


怖がりなのは、本当だ。お化け屋敷なんて、できれば一生縁のない場所であってほしい。

でも……。

彼が、期待しているのだ。「怖がるヒロイン」の反応を、「取材」したいのだ。

そして、何よりも……。

彼に「抱きつく」という、ラブコメの王道展開を、現実に体験できる(かもしれない)チャンスなのだ!


(……これは、最大の『取材協力』のチャンスじゃない……!?)


不謹慎かもしれないが、私の心の中で、そんな打算的な考えが鎌首をもたげる。怖い。すごく怖いけれど、それ以上に、彼との距離を縮めたい、という気持ちが勝ってしまった。


「……う、うん……。苦手、だけど……」

私は、意を決して、頷いた。

「……航くんが一緒なら……大丈夫、かな……?」

できるだけ、か弱く、頼りない感じで、言ってみる。これも、演技だ。いや、半分は本気だけれど。

「ほ、本当ですか!? やった! じゃあ、行きましょう!」

彼は、私の言葉に、ぱあっと顔を輝かせた。その反応を見る限り、私の演技(?)は成功したようだ。


(……よし。覚悟を決めるのよ、私!)


これから訪れるであろう、恐怖体験。そして、もしかしたら起こるかもしれない、ラブコメ的ハプニング。

その両方に、私は、心を決めて立ち向かうことにしたのだ。


「ただし!」

私は、立ち上がりながら、一つだけ条件を付け加えた。

「もし、私が本当に怖くて動けなくなっちゃったら……ちゃんと、助けてよね?」

上目遣いで、彼の反応を窺う。

彼は、一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にして、力強く頷いた。

「は、はい! もちろんです! 俺が、弥生さんのこと、絶対に守りますから!」


その、真っ直ぐで、力強い言葉。

それは、どんなアトラクションよりも、私の心臓を、激しく、そして温かく、高鳴らせるのだった。


私たちは、ベンチを立ち、夕暮れの光が差し込み始めた園内を、不気味な洋館……お化け屋敷へと、ゆっくりと歩き出した。

繋いでいない方の手が、少しだけ、汗ばんでいるのを感じながら。

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