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第八話:『取材』という名の初デート? ~遊園地・出会いと絶叫~

『じゃあ、今度の土曜日にしよっか』

『はい! ありがとうございます! 場所とか時間とかは、また連絡しますね! ああ、楽しみだなあ……取材!』


航くんとの、そんなメッセージのやり取りから数日。私の心は、まるでメリーゴーランドの木馬のように、期待と緊張の間をくるくると回り続けていた。遊園地。彼と、二人きりで。しかも、今回は「カフェでお茶」よりもずっと長時間、一緒に過ごすことになるのだ。これはもう、どう言い繕っても「デート」以外の何物でもない。彼が頑なに「取材」と言い張るのは、年下の男の子特有の照れ隠しなのか、それとも本気でそう信じ込んでいるのか……まあ、後者の可能性が濃厚な気もするけれど、どちらにしても、私にとっては千載一遇のチャンスなのだ。彼との関係を、あの雨の日の相合傘よりも、カフェでの密談よりも、さらに一歩進めるための。


(……どんな服、着ていこうかな……)


まず頭を悩ませたのは、やはり服装だった。遊園地という場所柄、動きやすさは必須。でも、やっぱり彼には「可愛い」と思われたい。その乙女心(?)は、もう自分でも抑えきれない。年甲斐もなく、なんて自嘲しつつも、クローゼットの前でああでもないこうでもないと試着を繰り返す。パンツスタイル? ワンピース? いや、アトラクションに乗るなら……? 気合が入りすぎても恥ずかしいし、ラフすぎても手抜きに見られそうだし……。


結局、散々迷った挙句、私が選んだのは、白いシンプルなTシャツに、デニムのオーバーオール、そして歩きやすい白いスニーカーという組み合わせだった。これなら動きやすいし、カジュアルだけど、少しだけアクティブで普段とは違う印象を与えられるかもしれない。これも一種の「ギャップ」狙い、なんて計算高いことを考えてしまう。髪も、邪魔にならないように高い位置でポニーテールに。鏡の前で最終チェック。うん、悪くない。これなら「取材」にも「デート」にも対応できるはずだ。


(……大丈夫。これはあくまで『取材』協力。自然体、自然体……)


心の中で呪文のように唱えるけれど、期待と緊張で高鳴る心臓は正直だ。


待ち合わせ場所の駅に着いたのは、約束の時刻の二十分前。早すぎた自覚はあったが、家でじっとしていられなかったのだ。ホームのベンチに腰掛け、スマホをいじりながら落ち着かない気持ちで彼を待つ。


(航くん、どんな顔して来るかな……。私の服装、変だって思わないかな……?)


そんな不安が胸をよぎる。大丈夫、と自分に言い聞かせても、自信はない。年下の男の子に良く見られたいなんて、本当にどうかしてる、私。


「あ、弥生さん! おはようございます!」


不意に、聞き慣れた、少しだけ弾んだ声がした。顔を上げると、そこには、少し息を切らせた航くんが立っていた。彼も少し早めに着いたようだ。今日の彼は、白いTシャツにチェック柄のシャツを羽織り、ベージュのチノパンという爽やかな出で立ち。それが彼の素朴な魅力を引き立てている。少し伸びた前髪が風に揺れているのが、なんだか可愛い。


「おはよう、航くん。早かったね」

私は、心臓のドキドキを悟られないよう、努めて平静を装い、笑顔で挨拶を返した。

「はい! なんだか、楽しみで……あ、いや、取材が、ですけど!」

彼は慌てて言い直しながら駆け寄ってきた。その分かりやすさが、やっぱり愛おしい。


そして、彼は私の姿を認めると……ぴたり、と動きを止めた。まるで時が止まったかのように。目を大きく見開き、口を半開きにして、私の服装を上から下まで、じーっと見つめている。その視線が熱っぽいような気がして、私の顔がカッと熱くなる。


(……よしっ! この反応!)


期待以上かもしれない。今日の服装、彼にはかなり効果があったようだ。心の中で小さくガッツポーズを決める。


「……や、弥生さん……!」

ようやく彼が絞り出した声は、明らかに上擦っていた。

「……きょ、今日の服……! その……オーバーオール……! めちゃくちゃ……か、可愛いです……!!」


可愛い――! しかも「めちゃくちゃ」付き!

彼の、あまりにもストレートで感情ダダ漏れな褒め言葉!

もうダメだ。完全にノックアウト。心臓が爆発しそう。顔が熱くて、きっと耳まで真っ赤になっているだろう。


「……あ、ありがとう……! その、ちょっと、子供っぽすぎないかなって、心配だったんだけど……」

照れ隠しに俯きながらそう言うのが精一杯だった。オーバーオールの裾を無意識にいじってしまう。

「ぜ、ぜんっぜん! そんなことないです! むしろ、いつもと雰囲気違って……その……すごく、ドキッとしました……!」


ドキッと、した……!

彼が、私を見て、ドキッとした、と……!


(……やった!)


嬉しくて、顔がにやけてしまいそうだ。少しだけ、自信が湧いてきた。


「……航くんこそ、そのシャツ、爽やかで似合ってるよ。今日の服装も、かっこいいね」

今度は私も、少し大胆に褒め返してみる。「素直になる」ための一歩だ。

「えっ!? か、かっこいい……!? ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

彼はさらに顔を赤くして、しどろもどろになっている。お互いにまともに顔を見合わせられない、この甘酸っぱい空気。まさにラブコメだ。


「さ、さあ! 行きましょう! 電車の時間、ありますから!」

彼が照れを振り払うように、わざと大きな声で言った。

「うん、行こっか!」

私も、まだ鳴りやまない心臓を抱えながら、彼と一緒に改札へと向かった。


遊園地へ向かう電車の中。隣同士に座った私たちは、最初はぎこちなかったものの、航くんが例の「取材リスト」を取り出したことで、すぐにいつもの調子を取り戻した。彼は真面目に、私は「頼れるお姉さん」として、でも時折素直な気持ちも織り交ぜながら、遊園地デートにおける男女の心理について(という名の、ほとんどおしゃべり)を語り合った。


〇〇ランドのゲートをくぐり抜けた瞬間、目の前に広がる夢の世界に、私たちは思わず声を上げた。

「うわー……! すごいね!」

「すごいですね……!」


「それで、弥生さん! まずは、どこから『取材』しますか?」

わくわくした表情の航くんに、私は園内マップを指差しながら提案した。

「やっぱり、最初は、あれじゃない? 遊園地の象徴、みたいな!」

きらびやかなメリーゴーランド。まずは雰囲気を楽しむのが一番だ。

「メリーゴーランド……ですか? なんだか、ちょっと意外です」

「ふふ、だって可愛いでしょ? それに、いきなり絶叫系はね……」

「なるほど! 分かりました、行きましょう!」


メリーゴーランドでは、私が提案して二人で豪華な馬車に乗り込んだ。隣り合う距離の近さにドキドキしながらも、オルゴールの優しいメロディーとゆっくり流れる景色に、心が和む。彼も、最初は緊張していたようだが、次第にリラックスした表情になっていた。触れ合った肩の温もりが、心地よい。


メリーゴーランドを降り、次に向かったのはコーヒーカップだ。

「これ、見た目は可愛いけど、本気で回すと結構スリル満点なんだよ!」と私が自信満々に言うと、彼は「え、そうなんですか?」と半信半疑の様子。

カップに乗り込み、私が「よーし、回すぞー!」とハンドルを握ると、彼は「ちょ、弥生さん!?」と少し焦ったような声を上げた。その反応が面白くて、私は容赦なくカップを高速回転させた。

「きゃははは! 早い! 面白い!」

私は大笑いしていたが、ふと向かいを見ると、航くんは顔面蒼白でぐったりとしていた。

「……うっ……き、気持ち悪い……」

「えっ!? だ、大丈夫!?」

慌てて回転を緩める。

「や、弥生さん……! そ、そろそろ、ストップ……!」

情けない声で懇願され、ようやくハンドルから手を離した。

「あはは、ごめんごめん! ちょっと調子に乗っちゃった。航くん、もしかして、三半規管弱い?」

ケラケラ笑いながら尋ねると、彼は力なく頷いた。「……昔から、回転系は、ちょっと……」

「あはは、そうなんだ! ごめんねー!」

悪びれずに笑ってしまう私。しっかり者に見えて、意外と容赦がない。これも私の「ギャップ」だろうか? 航くんは、この弱点(?)もメモしてくれただろうか。


コーヒーカップを降り、ふらふらになっている航くんの背中をさすってあげながら、少しだけ反省する。(でも、彼の弱点を発見できたのは収穫だったかも…なんて思ってしまう私は、やっぱり少し意地悪かもしれない)


「……よし! じゃあ、次は、私が航くんを楽しませる番……じゃなくて、航くんが私を怖がらせる番、かな?」

休憩を挟み、少し回復した様子の航くんに、私はニヤリと笑いかけた。そして、園内で最も高く、最も恐ろしいと噂されるジェットコースター「ギャラクシー・ダイバー」を指差した。

「次は、あれに乗ってみない?」


「ええっ!? ギャラクシー・ダイバー!? 弥生さん、絶叫系、大丈夫なんですか? 怖がりだって……」

彼は、目を丸くして驚いている。カフェでの私の告白を、ちゃんと覚えていてくれたようだ。それは少し嬉しい。

「うーん、実はね……」

私は、人差し指を唇に当てて、内緒話をするように声を潜めた。

「……怖いんだけど、好きなの」

「えっ?」

「怖くて、キャーキャー叫びながら乗るのが、好きなの。ストレス発散になるっていうか……。変かな?」

「い、いえ! 全然変じゃないです! ……なるほど、そういうタイプなんですね……!」

彼は、またしても真剣な顔でメモを取ろうとしている。本当に、どこまでも真面目だ。


「じゃあ、決まりね! ジェットコースター、行こう!」

「は、はい!」


今度は、私が彼の腕を掴むのではなく、彼が少しだけ躊躇いがちに、でもしっかりと、私の前を歩き始めた。その背中が、さっきコーヒーカップでぐったりしていた時よりも、少しだけ大きく、頼もしく見えたのは、気のせいだろうか。


ジェットコースターの乗り場は、やはり長蛇の列だった。待ち時間は60分。でも、その待ち時間も、今の私たちにとっては、もどかしくも楽しい時間だった。航くんは、これから訪れるであろう恐怖に少しだけ顔を引きつらせながらも、一生懸命、私との会話を続けようとしてくれている。その健気さが、また愛おしい。


「弥生さん、本当に大丈夫なんですか? 無理しないでくださいね?」

「大丈夫だって! ……まあ、乗る直前は、ちょっと怖いけどね」

私は、わざと少しだけ震えるフリをしてみせた。彼が、どんな反応をするか見てみたかったのだ。

「えっ!? やっぱり怖いんじゃないですか! 俺の後ろに隠れててもいいですよ!」

彼は、案の定、慌ててそう言った。可愛い。

「ふふ、ありがとう。でも、隣で、ちゃんと掴まっててあげるから、大丈夫だよ」

私がそう言うと、彼は「つ、掴まる……!?」と、顔を真っ赤にして固まってしまった。……いじわる、しすぎたかな?


そして、ついに俺たちの番がやってきた。

二人掛けの座席に隣同士で座り、安全バーが下ろされる。肩と腕がぴったりと密着する。彼の緊張が、ダイレクトに伝わってくる。

ゆっくりと、コースターが動き出す。カタカタと音を立てながら、高い、高い坂を登っていく。眼下に広がる景色。そして、すぐ隣にある彼の存在。恐怖と、期待と、そして別の種類のドキドキ感で、私の心臓も早鐘を打っていた。


「……うぅ……やっぱり怖い……!」

頂上が近づくにつれて、私は本能的な恐怖を感じ、思わず隣の彼の腕にしがみついていた。

「み、弥生さん!?」

彼が驚いたような声を上げる。

「……ご、ごめん……! ちょっと、腕、借りるね……!」

顔を彼の腕にうずめるようにして、ぎゅっと力を込める。彼の筋肉質な腕の感触と、温もりが伝わってくる。安心する、ような気がするけれど、それ以上に、心臓がうるさい。


そして、頂点。一瞬の静寂。からの――


「「きゃあああああああああああああっっ!!」」


強烈なGとともに、コースターは奈落の底へと突き落とされるかのように急降下した。

隣から聞こえる彼の絶叫と、私自身の悲鳴。轟音とともに顔に叩きつけられる風。目にも留まらぬ速さで流れていく景色。体が浮き上がる感覚。

怖い! 怖いけど……!


(……楽しいっ!!)


恐怖と興奮が入り混じった、アドレナリンが放出される、この感覚! これが、やめられないのだ!

私は、叫びながらも、隣の彼の様子を窺う。彼もまた、必死の形相で絶叫している。でも、その表情は、恐怖だけではない。どこか、吹っ切れたような、楽しんでいるような色も浮かんでいる。


コースターは、急降下の後も、激しいカーブ、宙返り、スピンを繰り返す。その度に、私たちは声を上げ、時には笑い声を響かせた。しがみついた彼の腕の力強さと、隣で一緒に絶叫する一体感。それは、吊り橋効果なんていう単純な言葉では言い表せないような、強烈な体験だった。


やがて、コースターは速度を落とし、ゆっくりと乗り場へと帰還した。

安全バーが上がり、解放されると、二人同時に、深い息をついた。

「……はぁー……っ! こ、怖かったぁ……!」

まだ心臓がバクバクしている。足も少しだけ震えている。

「……ですね……! でも……なんか、すごい、スッキリしました……!」

隣で、航くんも、同じように息を切らせながら、でもどこか清々しい表情で言った。

「でしょ? だから、やめられないんだよねー」

私は、へへ、と少し誇らしげに笑った。


「……あ、ごめんね、航くん。ずっと腕、掴んじゃってて……痛くなかった?」

そこでようやく、自分が彼の腕にしがみついていたことを思い出し、慌てて謝る。

「い、いえ! 全然! 大丈夫です!」

彼は、顔を赤くしながらも、力強く首を横に振った。その反応が、また嬉しい。


「……航くんも、結構叫んでたね(笑)」

私がからかうと、彼は「そ、それは弥生さんが隣で……!」と、またしどろもどろになっていた。


「……でも、本当に、楽しかったね!」

「はい! すごく……楽しかったです!」


私たちは、顔を見合わせて笑い合った。

一緒に絶叫し、恐怖と興奮を共有したことで、私たちの間の距離は、また一段と縮まったような気がした。

ジェットコースターの「絶叫」は、まさに、私たちの関係性を加速させる、最高のスパイスだったのかもしれない。

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