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第五話:小説の中の『理想の私』

カフェ「木漏れ日」での、少しだけドキドキする「取材」。航くんに、私の苦手なことや意外な一面――方向音痴、怖がり、料理での失敗、ぬいぐるみ好き、涙もろさ――を、恥ずかしさを堪えながらも打ち明けた。幻滅されるかもしれない、という不安は杞憂に終わり、彼は「そういうところも含めて、魅力的だ」「もっと知りたい」と、真っ直ぐな言葉で返してくれた。その言葉と、私の話を真剣に聞いてくれる彼の優しい眼差しに、私の心は温かいもので満たされ、「この子の前では、無理に完璧なお姉さんを演じなくてもいいのかもしれない」と、そう思えるようになっていた。


彼に対する気持ちが、単なる「弟分」や「応援したい後輩」ではない、特別なものであることは、もう自覚せざるを得ない。それは「恋」なのだと、認めなければならないのだろう。年下の、まだ高校生の男の子に、本気で惹かれてしまっている自分。その事実に戸惑いがないわけではないけれど、カフェでの一件を経て、その気持ちはより一層、確かなものになりつつあった。


(……でも、航くんは、どう思ってるんだろう……)


彼は、私のことを、まだ「頼れるお姉さん」「創作の師匠」くらいにしか思っていないのかもしれない。私の弱点を知って「可愛い」と言ってくれたのも、「キャラクターとして」と必死で言い訳していたし……。あの、水族館のトンネル水槽での、ロマンチックな雰囲気の中での「あの魚、なんて名前ですかね?」発言を思い出すと、彼の恋愛に対するアンテナの感度の低さは、絶望的なレベルだと言わざるを得ない。


(……まあ、焦る必要はないか。今は、この関係を大切にしよう)


そう自分に言い聞かせる。彼が、私のことをどう思っているかは分からないけれど、少なくとも、彼にとって私が「特別な存在」であることは、間違いないはずだ。そうでなければ、あんなにプライベートな「取材」を申し込んできたりはしないだろう。……多分。


そんな風に、自分の気持ちと、彼との微妙な距離感に、一人で悶々としていた数日後。航くんから、またメッセージが届いた。


『弥生さん、こんばんは! 先日は、カフェでの取材、本当にありがとうございました!』

『弥生さんのお話、めちゃくちゃ面白くて、そしてすごく参考になりました! おかげさまで、ヒロインのキャラクター像が、一気に深まった気がします!』

『それで……あの……もし、またお時間のある時にで構わないのですが……』

『少し書き進めた部分があるので、読んでいただけたら嬉しいな、と……』


きた。彼の、渾身の(であろう)原稿。

カフェでの「取材」を経て、彼が描くヒロイン――弥生(仮)は、どう変化したのだろうか。私の話した「弱点」は、どのように反映されているのだろうか。期待と、ほんの少しの不安が入り混じる。


『こんばんは、航くん! もちろん、読ませてもらうよ! 送って送って! 私も楽しみにしてたんだ(^-^)』

私は、すぐに返信した。彼の努力の成果を、一番に読めるのは、やはり嬉しい。


すぐに、テキストファイルが添付されたメッセージが届く。

『ありがとうございます! 今回は、特にヒロインの描写を意識して書いてみました……! でも、やっぱり自信はないので、お手柔らかにお願いします……!』

相変わらず、弱気な一文が添えられている。ふふ、可愛い。


私は、深呼吸を一つして、ファイルを開いた。

前回読ませてもらったのは、雨のバス停での出会いのシーンまでだった。今回は、その続きからだ。


物語は、連絡先を交換した主人公・航とヒロイン・弥生(仮)が、メッセージでやり取りを重ね、少しずつ距離を縮めていく様子から始まっていた。主人公が、年上で綺麗な弥生(仮)に対して、憧れと緊張を抱きながらも、共通の趣味である「ラブコメ」の話で盛り上がったり、彼女の優しい言葉に励まされたりする描写は、読んでいて微笑ましく、そして少しだけ、現実の私たちと重なって見えた。


(……うんうん。二人の関係性の変化、ちゃんと描けてるじゃない)


文章も、以前より少しだけ、こなれてきたような気がする。特に、主人公の心情描写が、より細やかになっている。弥生(仮)からのメッセージに一喜一憂したり、彼女の何気ない言葉にドキドキしたり……その描写は、なんだか妙にリアルで、読んでいて私まで少しだけ、胸が高鳴ってしまう。


(……もしかして、航くんも、私とのメッセージで、こんな風にドキドキしてくれてたり……しないか、さすがに)


自分の都合の良い妄想に、小さく苦笑する。彼は、あくまで小説の主人公の気持ちとして、これを書いているのだ。私への個人的な感情が反映されている、なんて思うのは、自意識過剰だろう。


そして、物語は、いよいよ「ヒロインのギャップ」を描写するシーンへと差し掛かった。

主人公が、弥生(仮)に、とあるお願い事をするために、彼女の家を訪ねる、という展開。そこで、彼は、普段のしっかり者の彼女からは想像もつかないような、「意外な一面」を目の当たりにするのだ。


まず、道に迷うシーン。

主人公が、弥生(仮)から送られてきた地図アプリのスクショを頼りに家へ向かうのだが、なぜか全く違う場所に着いてしまう。慌てて弥生(仮)に電話すると、彼女は「ご、ごめんなさーい! 私、地図送るの、左右間違えちゃったみたいで……! えへへ……」と、電話の向こうで、可愛らしく(?)謝るのだ。


(……ぷっ! あはは! これ、完全に私の方向音痴エピソードじゃない!)


思わず、声に出して笑ってしまった。しかも、「左右間違えた」って、私がよくやるやつだ。彼は、ちゃんと私の話を覚えていて、それをこんなにもコミカルに、そして可愛らしく(ここ重要)描いてくれたのだ。なんだか、自分の弱点をネタにされたようで、少しだけ悔しいけれど、それ以上に、可笑しくて、そして、彼なりの愛情を感じて、胸が温かくなる。


次に、部屋の中でのシーン。

主人公が、ようやくたどり着いた弥生(仮)の部屋は、綺麗に整頓されていて、落ち着いた雰囲気なのだが……ふと、棚の上に目をやると、そこには、大量の、可愛らしい動物のぬいぐるみが、所狭しと並べられているのだ。しかも、その中には、ちょっとマニアックな深海魚のぬいぐるみまで混じっている。

「あ、あれ……弥生さん、ぬいぐるみ、お好きなんですか?」と主人公が尋ねると、弥生(仮)は、顔を真っ赤にして、「べ、別に! これは、その、貰い物とか、成り行きで……!」と、必死で言い訳をする。


(……これも! 私のぬいぐるみ好き、しっかり反映されてる!)


しかも、深海魚のぬいぐるみまで……。私が、「実はメンダコとかダイオウグソクムシとか、ちょっとキモ可愛い系も好きなんだよね」と、こっそり打ち明けたことまで、彼は覚えていたらしい。鋭い。そして、それをこんな形で暴露(?)するなんて!

恥ずかしい。すごく恥ずかしいけれど、でも、なんだか、自分の秘密を共有できたような、そんな不思議な嬉しさもある。


そして、極めつけは、お茶を淹れるシーン。

弥生(仮)が、主人公のためにお茶を淹れようとするのだが、うっかりお湯をこぼしてしまったり、ティーカップを取り落としそうになったり、砂糖と塩を間違えそうになったり……と、普段の落ち着いた姿からは想像もつかないほどの、ドジっぷりを発揮するのだ。

「ご、ごめんなさい! なんだか今日、調子悪くて……! いつもは、こんなんじゃないんだからね!」

そう言って、顔を真っ赤にして慌てる弥生(仮)の姿は、客観的に見れば、確かに「可愛い」のかもしれない。


(……はぁ……。私のドジっ子属性まで……。もう、隠すところがないじゃない……)


私は、苦笑しながらも、彼の書く物語に、どんどん引き込まれていた。

彼は、私が話した「弱点」を、ただそのまま描写するのではなく、ちゃんと「ギャップ萌え」の要素として、魅力的に、そしてコミカルに昇華させている。その構成力と、キャラクターへの愛情。それは、間違いなく、彼の才能なのだろう。


そして、何よりも、彼の描く弥生(仮)は、ただドジで可愛いだけではなかった。

主人公が悩んでいる時には、的確なアドバイスを送り、優しく励ます。

時には、年上としての余裕を見せて、彼をからかったり、リードしたりする。

そして、ふとした瞬間に見せる、切ないような、大人びた表情……。


それは、紛れもなく、「私」だった。

私が演じようとしている「理想のお姉さん」としての私も、そして、私が隠そうとしている「本当の私」も。その両方が、彼のフィルターを通して、愛すべきキャラクターとして、そこに存在していたのだ。


(……すごい。航くん、ちゃんと、私のこと、見てくれてるんだ……)


そう思うと、胸の奥が、じんと熱くなった。

彼は、ただの鈍感な男の子なんかじゃない。ちゃんと、人のことを見て、感じて、そして、それを物語として表現できる、素晴らしい才能を持った作家の卵なのだ。


読み終えた時、私は、深い感動と、そして、ほんの少しの寂しさを感じていた。

感動は、もちろん、彼の成長と、物語の面白さに対して。

寂しさは……彼が描く弥生(仮)が、あまりにも魅力的で、そして、主人公からの好意を一身に受けていることに対して、だろうか。


(……いいなあ、弥生(仮)は。主人公くんに、こんなにも想われてて)


小説の中の自分に、嫉妬してしまうなんて、馬鹿みたいだ。

でも、そう思ってしまうくらい、彼の描くラブコメは、私の心を掴んで離さなかったのだ。


私は、興奮冷めやらぬまま、航くんへの返信メッセージを打ち始めた。

まずは、とにかく、褒め言葉から。


『航くん! 読んだよ! すごい! めちゃくちゃ面白かった!!』

『特に、ヒロインの弥生さん(仮)! すごく魅力的になったね! この前の私の話、ちゃんと活かしてくれてる!(笑)』

『方向音痴のところとか、ぬいぐるみ好きのところとか……あと、ドジっ子なところとか! もう、読んでて笑っちゃったよ! でも、すごく可愛かった!』

自分のことを褒めているようで、少しだけ気恥ずかしいけれど、正直な感想だ。


『でも、ただ可愛いだけじゃなくて、ちゃんと主人公くんを支えたり、導いたりする、頼れるお姉さんな部分もあって……。そのギャップが、本当に最高!』

『主人公くんの気持ち、すごくよく分かるよ。こんな子がそばにいたら、好きになっちゃうよね(〃ω〃)』

少しだけ、自分の気持ちも匂わせてみる。彼が、気づくかどうかは分からないけれど。


『文章も、前よりずっと読みやすくなってたし、会話もすごく自然だった! 航くん、本当に才能あるよ! この調子で頑張ってね! 次の展開も、すごく楽しみにしてる!』

心からの賞賛と、期待を込めて、メッセージを送信した。


すぐに、彼からの返信が来た。

『ほ、本当ですか!? 嬉しいです! ありがとうございます!』

『弥生さんにそう言ってもらえると、めちゃくちゃ自信になります!』

『これも全部、弥生さんが的確なアドバイスをくれたおかげです! 特に、ギャップの話! あの、弥生さんの……じゃなくて、一般的な話として教えてもらった、方向音痴とか、怖がりとか、そういうのが、すごくヒントになりました!』


……やっぱり、気づいてない。

私がモデルだってことにも、私の弱点をそのまま使ってるってことにも、全く気づいていない!


(……この、鈍感ラブコメ主人公め……!)


私は、スマホの画面に向かって、深いため息をついた。

嬉しさと、感動と、そして、どうしようもない、もどかしさ。

この、一筋縄ではいかない年下の男の子との関係は、まだまだ、波乱万丈な展開が待ち受けていそうだ。


でも、まあ、それも悪くないかな、なんて。

彼の書く物語の続きと、そして、私たちのリアルな物語の続き。その両方を、楽しみにしている自分がいるのだから。

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