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今からこの学園を支配する  作者: 総督琉
第一巻『青の陰謀』編
5/15

第四話「そして悲しみが始まった」

 俺は七時に起き、窓から射し込む光に目を瞑る。

 背中は床で眠っていた代償に凝りがひどくなっている。

 置かれていた椅子に腰を下ろし、昨日の時点で届いていたメッセージに目を通す。


『決闘の日時が決定しました。

 日時は四月十三日 十三時』


 今日の日付と六時間後の時刻が記されている。

 俺は昨日チケットの効果を調べた。

 今回の選抜での効果は昨日カフェで鬼椿が言っていたように、対戦相手の決定だけだった。

 つまりこの決定は日下さんがしたものである。

 俺はさほど驚きはしなかった。

 鬼椿が俺と日下さんの関係を断とうと行動した時点で、これを企んでいたことは目に見えていた。

 全てが鬼椿の計画通りに運んでいる。だからこそ、付け入る隙がある。

 しかし、それには日下さんが俺に協力してくれることが前提となる。

 あくまでも対戦の日時が決まっただけ。

 ステージの一つはこちらが選べる。

 地形を上手く利用すれば、せめて一勝を得ることも不可能じゃない。

 さすがに命が懸かった戦いで、命を放棄するなんて行動は起こさないだろう。

 きっと協力してくれる。

 いや、それでは疑っているみたいだな。

 俺は彼女を信じることを決めたのだ。

 だって彼女は、ここ学園に入ってから初めてできた()()なんだから。


 俺は彼女に助けられた。

 だから俺も彼女を助けるんだ。


 あの日の夜に、そう誓ったんだから。



 1



 八時を過ぎた頃、鬼椿は椿女と食堂で朝食を食べていた。鬼椿は空飛ぶ狐(フライングフォックス)の丸焼きを、椿女は雀のフルコースを食べていた。お鬼椿は大胆に肉に食らいつき、椿女は箸やフォーク、スプーンを丁寧に使って食事をしていた。

「いよいよだな」

「既にこちらの策に相手はどっぷりとハマってしまったようですので、相手に勝ち目はありませんね」

「それは分からないぜ。もしかしたら日向にはとっておきの策があるかもしれないし」

「どうでしょう」

 椿女は日向に勝ち目はないと言い張る。

 だが日向と一戦交えたことのある鬼椿は違う。

 日向ならこの状況でもまだ何かを仕掛けてくる。そんな予感を抱いている。

「まあ、何を仕掛けていようと、まだこちらには一手残っている」

「ええ、しかしこちらの指示通り動いてくれるでしょうか」

「大丈夫だろ。あいつはもう心が折れちまってる。これ以上は何もできない」

 鬼椿はカフェで見せた日下の表情と、その後すぐに逃げたことを踏まえて、二度と立ち直ることはないと決めつけた。

 しかしそれは間違いではない。

 実際にあの時、日下の心は折れてしまった。

「だが、日下はたった一日で日向を信頼したのか」

「彼女の性格はよくご存じでしょう。だからあなたは──」

「だったな。人は一日じゃ信頼関係なんて結べない。日下は気付けないんだよ。たった一日限りの関係が、偽物でしかないことに」

 鬼椿は知っている。

 だから、鬼椿は日下を理解できない。

「ところで、昨日一日見張った結果はどうだった?」

 鬼椿の指示により、椿女は日向の部屋の扉を見れる場所でずっと監視を行っていた。

「昨日はカフェから戻って以来、一度も部屋を出ていません」

「日下の通信履歴も確認したが、日向との連絡は途切れていた。ってことは、日向と日下はまだ仲直りしてねえってことだな」

「しかし日向はメールを送っていたのですよね」

「ああ。だが内容は、『会いたい』だった」

「それはおかしいですね。日向は一度も部屋から出ていない。それなのになぜ……」

「返信が来なかったからだろ。その時点で諦めたんだよ」

 鬼椿は椿女を信頼している。

 そのため、椿女の報告に嘘が混じっていないと信じている。

 だが鬼椿は違和感を感じていた。いや、感じたかった。

 日向という男が、この程度で終わってほしくないという幻想。

「いや、この程度か。俺が過度な期待をしていたんだ」

 鬼椿はため息をこぼし、虚ろげに窓の外を眺める。

「次は三輪だな」

 既に日向への興味が消え失せていたことに、鬼椿自身は気付いていなかった。

 彼の中にあるのは、既に策略でも上回ってしまったという虚無感。


 過去に一度傷をつけられた相手。

 だがそれは奇跡に等しい一撃だった。

 沈み行く日向から目をそらすように、鬼椿は目を閉じた。



 2



 十二時三十分。

 命を懸けた決闘が始まるまで三十分。

 既に鬼椿と椿女は卵型のカプセル装置が四つ置かれた部屋に待機していたが、日向と日下の姿はない。

 時間内に到着しなければ、棄権となる。

「まさかこのまま棄権するんじゃないだろうな」

「それもいいですね。しかし、その場合は日下も失ってしまいますね」

「できれば日向の勇姿に期待しよう」

 期待、という言葉とは裏腹に、既に興味を失っていた鬼椿。

 今までは早くこの決闘をしたい気持ちでいっぱいだったが、今は早くこの決闘が終わってしまえという気持ちでいっぱいだった。

 鬼椿にとって退屈な時間が過ぎる。

 残り十分、といったところで日向と日下が同時に現れる。

 二人一緒に現れたことに、鬼椿と椿女は驚いたような表情を見せる。

「おいおい、どういうことだ? まさかこんな短い間に仲直りしたってのか」

 だが日向の表情を見て確信する。

 日向の表情には不安が混じっている。

「いや、仲直りなんてしてねえか。わざわざ一緒にここへ来たのは、既に仲直りしたと錯覚させるためだろ」

 日向が部屋から出たかどうかを監視していたことには触れず、推測を語るように言う。

 日向はわずかに目を背ける。

 だがすぐに目を鬼椿に合わせる。

「鬼椿、本当に俺が日下さんと仲直りしていないと思うか?」

「してないだろ。お前は裏切ったんだぜ」

 あえて不仲になった原因を口に出す。

 若干眉をひそめたものの、日向は大きな動揺は見せない。

 その挙動が、より一層鬼椿を失望させる。

「無策か」

 それに対し、ずっと静観を続けていた日下が口を開く。

「無策じゃない。私たちは、お前を倒すと誓い合った。だからもう、私はお前に屈しない」

 鬼椿は日下の発言に違和感を覚えた。

 だがそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 彼女の台詞を半ば聞き流していた鬼椿は、二人に背を向けてカプセル装置に腰かける。

「さっさと始めよう。時間は有限なんだ」

 すぐにカプセル装置に入るよう促す。

 椿女はすぐにカプセル装置に腰かけ、準備を整える。

 日向と日下は、戦いが始まる前に向かい合った。

「正直、まだ信じきれていない。なぜ今朝になって日下さんが俺のもとに来てくれたのか。本当に俺と一緒に戦ってくれるのか、不安だ」

「大丈夫だよ。私はもう立ち直ったから。だから頑張ろうね」

 鬼椿はその会話を聞き、静かに胸が高鳴るのを感じる。

 日向は昨日何かをしていたのか。

 だとすれば、どうやって日下の気持ちを立ち直らせたのか。

 自分だったらどう立ち直らせるか、考えてみる。

「やっぱワクワクしちまうのかな」

 鬼椿は決闘が直前に近づき、興奮し始めていた。

 その瞳は笑顔を取り戻し始めた日向の顔に向けられる。

 日向の顔が明るくなればなるほど、鬼椿は笑みを隠しきれなくなる。

 日向に興味はなくなった。だが──

 日向と日下がカプセル装置に入り、お互いに決闘の準備が整う。

『どちらが先にステージ選択をするか決めてください』

「俺たちから行くが、構わないな」

 どっちからステージを選択しようと、好きなステージで一度は戦える。

「ああ、大丈夫だ」

 日向が了承すると、鬼椿はステージを選択した。

 最初のステージは──


 そこはかつて日向と三輪が鬼椿と戦った場所。

 百鬼界。

 日向と日下は鬼桜町へ。

 一面桜が生える美しい景観で有名な場所。

 日向は思考を巡らせていた。

 全てのステージはおそらくアマレイズが学生の情報を収集して生成しているのだろう。このステージには、景色だけは見えるがそこへ行けないという場所が存在している。そこは鬼椿などの百鬼界に訪れた者が行っていない場所だろうか。それともステージの広さを考えて、行動範囲に制限を設けているのか。

 いずれにせよ、今回の戦いに関係はない。

 日向は鬼椿がこのステージを選んでくることは読んでいた。どこでどのような策を巡らせるか、事前に考えていた。

 ステージへの移動が完全に完了する。

 日向と日下は横並びに。鬼椿と椿女の開始地点はここからは遠い場所にある。

 すぐには鬼椿と戦闘にならないという強い確信。

 相手がこのステージを望んだということは、あの日日向が鬼椿に傷をつけた戦いの再現をしようとしているのだと考えた。


『これより、ダブルデュエル第一試合を開始します』


 その音声がステージ全体に流れるとともに、命がけの戦いが幕を開けた──



 刹那、日向は思い出していた。

 この学園に来てから幾つもの偶然と違和感。

 まず最初に疑問に思ったのは、あの日、偶然にも校門で日下に出会ったこと。

 そして彼女と仲良くなり、魔法戦の講義を一緒に受けた。講義会場では偶然にも、過去に因縁のある鬼椿と遭遇し、偶然にも選別がペアを組むものであり、日下とペアを組むことになった。その後偶然にも鬼椿が貢献度を消費してチケットを購入したという噂話を聞き、その直後、鬼椿との対戦確定した。偶然か。

 全て、偶然なのか。

 日向と日下が仲違いする原因になったカフェでの出来事だって、カフェを待ち合わせ場所に設定したのは日下。

 日向は視線を日下に向けた。



 ──直後、血飛沫が舞う。

 同時に、日向は背後から感じる激痛に襲われる。

「俺の……血か……」

 血と痛みを確認した日向は、自分に降りかかった出来事に上手く言葉が出なかった。

 鬼椿が一瞬でこの場所まで移動した。

 そんな可能性を少しも抱くことなく、日向は振り返る。

 そして理解する。

 短剣を握りしめるその手は日向の心臓を背後から貫いている。

 手は血に染まり、顔にも返り血が付着する。

 その目は覚悟に満ちている。

「……これは……死んだな」

 日向は全身に脱力感が走り、命が消えていくのを待つことしかできない。

 やがて日向は絶命する。

 そして日下は自分の心臓に短剣を突き立て──


『日向大和、日下朝の死亡を確認。よって、第一試合は鬼椿、椿女ペアの勝利とする』


 鬼椿は確信する。

 日下朝は完全にこちらの手中に落ちたのだ。

 これまでの日下の行動は全て、鬼椿が指示していたもの。

 日下は感情的になって対戦日を決定させたが、頭を冷やして日向とともに戦う決意を固める。それに日向は疑心暗鬼になりながらも、信じるしかない日向は日下との再起を決意する。

 そしてこのステージを選べば、日向は鬼椿があの日のような再戦に燃えていると確信する。鬼椿は自らの手で倒したいと思っていると考えるだろう。

 だがそれまでの行動は全てここで日下に裏切らせ、日向から確実に一勝をもぎ取るための策略。

 実際、この策は全て上手くいき、一勝を取ってみせた。

「残念だったな、日向。お前はここでおしまいだ」

 日向の絶望はどれほどのものだろうか。

 既に鬼椿は日向への興味は失せたが、他人の絶望だけは見ていて気持ちが良いと思っている。

 だからこの瞬間を待ちきれなかった。


 本当は絶望で歪む表情を見たかった。

 希望が絶望に変わった瞬間を見たかった。

 その時の体温は何度か、鼓動はどれくらいの速さで動いているのか、汗はどれほどかいているのか、目はどれほど大きく見開かれたのか、喉は渇いたのか。

 絶望の瞬間に立ち会いたかった。


 日向の心は折れた。


 だから──


 鬼椿は勝利を確信した。

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