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今からこの学園を支配する  作者: 総督琉
第一巻『青の陰謀』編
4/15

第三話「決闘前夜」

 俺が異世界に転移したのは九歳の頃だった。

 今にして思えば、あれは必然だったのかもしれない。

 現実から逃げたい。

 自分の居場所を見つけたい。

 そんな子供のような願望から、異世界は俺の前に現れてくれたのかもしれない。

 俺は異世界を求め続けた。

 もしかしたら、異世界を求め続けた者にのみ、異世界は現れるのかもしれない。

 では彼女は異世界を求めていたのか。

 それは彼女に聞いてみなければ分からない。

 きっと答えてはくれないだろうけど。


 だったら日下さんはどうなんだろう。

 彼女は異世界を求めていたのか。

 それも、聞いてみなければ分からないことだ。


 ……そうか。

 だよな……。


 会って話さないとな。


 俺は一通のメールを日下さんに送った。

 返信が返ってくるかどうか、それは分からない。

 でも、会わなきゃ。

 会いたい。

 多分彼女は俺と同じなんだ。

 俺と同じで、過去に裏切られ続けてきた。

 だからあの時見せたあの表情は、あんなにも胸に突き刺さった。過去を思い出させた。


『ごめん』


 俺はその言葉を言えなかった。

 だから今度は、


『ありがとう』


 とともに君に言うよ。

 必ず言うから。


 だから、また会おう。


 日下さん。



 1



 私は信じていた。

 私は信じ続けてきた。

 他人を疑うなんて、私にはできないから。

 たった一日、それだけ。

 いや、もう一日も彼と一緒に過ごしたんだ。

 けど、そう思っていたのは私だけだったのかな。

 私は自分の胸の中に芽生え始めた邪悪な心に気付いた。

「ダメっ。出てきちゃダメ」

 私は胸を押さえ、自分に言い聞かせる。

 私が悪に染まっても、それは悪の数が増えるだけ。

 だったら私は悪に侵されても、今までの自分を貫き通したい。



「……やだよ」



 苦しみ続けるなんて。

 痛みを負い続けるなんて。

 そんなの、嫌だよ。


 私はもう泣きたくない。


 私はもう苦しみたくない。


 だって痛いのは辛いから。


 だからどうか、私を助けて。


 誰でも良いから私を助けてよ。


 私はふと顔を上げる。

 腕時計型端末を起動し、あるメールを見る。

 それは今日、日向くんに相談しようと思っていたこと。

 今の今まで、彼が入学する前から私が悩まされ続けてきたこと。

 もうこの選択しかない。

 私は……




 救われたいんだ。



 2



 講義棟のとある一室。

 三輪はある人物と待ち合わせをしていた。

 既にその人物がいる部屋へ、三輪はノックをして入室する。

「こんにちは、先生」

 三輪は室内で座っている男に挨拶をし、男の側に寄る。

「それで、魔法戦の講義ではどのような戦いを見せたんですか」

 三輪の目的は──

「すぐに分かるさ」

 男は三輪のとは少し違う、白い腕時計型端末を起動し、教室の黒板に光の画面を表示させる。

 画面には日向と日下が映り、二人の前方にはペアを組んでいる二人が立っていた。

 これは昨日の六限の時間、日向と日下が受けていた魔法戦での映像。

 三輪は画面を凝視する。

「期待しているのか?」

「失望させてくれることを願っているんですよ」

 三輪はそう返し、画面に意識を向ける。


 前線は日向、後衛が日下。

 相手も前衛と後衛で分けている。

 対戦開始の合図とともに、日向は素手のまま相手の前衛に向けて疾走する。

 相手の前衛は最初から構えていた剣を握り直し、向かってくる日向に向けて振り下ろす。傍目から見ても単純な攻撃。

 日向の手もとにはいつの間にか刀が生成されていた。その刀を相手の剣にぶつける。

 直前で刀を生成した日向の行動は、相手の動きを鈍らせる。突如目の前に出現した刃物に相手は反射的に後ろへ下がる。

 それを日向は逃がさない。

 相手の後衛が直線的な電撃を放つが、生成した刀を避雷針がわりに放り投げ、前衛の懐まで忍び込んだ。

 直後、前衛の腹部に燃え盛る拳が炸裂する。

「あいつは私ほどの魔力もないし、力もない。だが、それを埋め合わせるには十分なほどの頭脳がある」

 そう言う三輪は、強く拳を握りしめていた。

「嫌な奴だ。頭脳があるくせに、私から()()を奪ったんだから」

 三輪が日向に対して抱く感情は憎しみばかり。

「彼らの対戦相手は鬼椿と椿女のペアで確定した」

「本当は私が相手になりたかったがな」

「日向大和と鬼椿、どちらが勝つと思う」

「勝つのは鬼椿だよ。だって──」


 だって三輪は望んでいる。

 日向大和に復讐を。



 3



 すっかり暗くなった二十五時。

 鬼椿は少し前に届いていたメールに気付いた。

 メールの主は日下だ。

 鬼椿は日向が入学する以前より、日下に対して何度も接触を試みていた。

 それは鬼椿が彼女の能力を知っていたから。

 鬼椿は日下を手に入れるためにこれまで何度も策を講じた。

 日下が親しくしている者全てにちょっかいをかけ、選別で脱落させたり、

 日下に毎日仲間になるようにメールを入れ、時には脅したり、

 他にも日下に対して精神的攻撃を続けた。

 そして今回、彼女が信じかけていた日向が裏切ったように見える状況を作り、日下の心を折った。

 信頼関係など成り立たない。全ては利益を追求する関係性でのみ構築されると、日下の精神に刷り込んだ。

 鬼椿はこれまでの努力が実になったと実感した。

 それはメールの内容を見ても明らか。


『私はあなたの仲間になるよ』


 日下は鬼椿に屈した。

 それほどまでに、鬼椿は日下の心を折ったのだ。

 鬼椿は胸を高鳴らせる。

「日向、お前はあの時俺を上回る策で傷をつけた。だが今度は俺の番だ。力が上でも、策でもお前を上回らなきゃ格下認定はできない。だから──」

 鬼椿の策は日向を窮地に落とした。

 彼に残された唯一の糸は、一人で三人を倒すこと。

「九日なんて待てねえよ。とっとと始めたいな。いや、それも可能か」

 鬼椿は微笑む。

「こっちには日下という手札がある。日下が了承すれば、決闘の日はいつにでもできる」

 全ては鬼椿の思惑通り。

 鬼椿は勝利を確信する。

「さて、始めるか」

 鬼椿は日下にメールを送る。

『決闘の日を明日にしろ』

 少し間が空き、日下の返答が返ってくる。


『分かった』


 鬼椿はメールの内容を見て、ますます胸を高ぶらせていた。

「いいね。これだから策略は毒にも薬にもなる。策略は暴力にも匹敵する」

 鬼椿は知っている。

 自らが策略によって傷を負ったからこそ、策略の重要さを理解している。

 あの日以来、鬼椿は策略で日向を上回れるように思考を巡らせてきた。戦略のための講義も受け、入学してから彼の頭脳は格段にレベルアップした。

 既に日向を上回った、そう実感できるほどに。

 鬼椿は万に一つも日向に勝ち目がないことを確信している。

 なぜなら鬼椿は知っているから。

 日向がここ数年は戦いもない世界で暮らし、実力を落としていることを。

 一日たりとも修行の時間は与えない。

 欲しければ策略を巡らせろ。

 でなきゃ今の俺を倒すことはできない。

「明日が楽しみだ」

 そう言いながら、少しだけ空しさもあった。

 かつて自分に傷をつけた日向が、こんなところで終わってしまうことへの失望。

 だからといって容赦はしない。

 これは命を懸けた決闘なのだ。

 一つでも譲歩すれば、敵に付け入る隙を与えるだけ。


 だから鬼椿は一切の油断はしない。

 たった少しでも日向に勝機は与えない。


 間もなく死闘が始まる。

 勝者は鬼椿か、それとも──




 そして、朝を迎える。

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