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今からこの学園を支配する  作者: 総督琉
第一巻『青の陰謀』編
2/15

第一話「魔王学園」

 俺は異世界へ来た。

 二度と足を踏み入れることはない。

 そう信じたはずなのに。

「ここは……?」

 目の前に広がっていたのは、無数の鳥居が置かれた広い部屋。

「ここにはあらゆる異世界への入り口がある」

 この世界ではそれほどの技術が発展しているのか。

 三輪が歩き始めたので、俺もその背中を追う。

 円形の台の上に乗り、続いて俺も乗る。三輪は壁にあるパネルを何度か押すと、また新しい場所に移動する。

 しばらく歩いていると、一様に多くの生徒が同じ服を着ていることに気付いた。

 それもすれ違う生徒全員が俺より少し上か同じくらい、もしくは下らへんの年齢に見えた。

「ここは……学校?」

 その問いの答えを聞くまでもなく、彼女はある場所についた。

 学長室と書かれたプレートのある扉。

 ノックをし、扉を開ける。

 部屋の後方、机の奥に置かれた椅子に腰かけた人物は、俺と三輪を一瞥する。

「また新入生か」

 落ち着いた様子で呟く。

 一見人間のようだが、側頭部から生える禍々しい牛のような角は、人とはかけ離れたものだ。

 漆黒の衣装に身を包み、退屈そうに肘をついて俺たちに視線を寄越す。

「ええ。彼はこの学園に入学します」

 なるほど。

 心構えはできていなかったが、秩序のない異世界に飛び込むよりは安心できる場所だったのもあって、安堵の息をこぼす。

「今年度に入ってから数日が経ったが、既に九人もの新入生が来ている。これもこの学園が異世界と繋がっているおかげかな」

「ええ、新入生が増えるのは学園としては嬉しいでしょう」

 彼女と学長と思われる人物は他愛もない会話をする。

「では、君の名前を聞こうか」

 彼の視線が俺に向けられる。

「日向大和です」

「そうか。では日向、この学園について軽く説明する」

 そう言うと、彼はこの学園について説明を始めた。

「この学園は魔王学園。たった一人、最強の魔王を産み出すために創設された学園。学生はこの学園で日々争い合い、魔王として相応しい存在になってもらう」

「なるほど」

「後の詳しい説明は彼女に聞くか、全員に支給されるこの端末で確認してくれ」

 そう言い渡されたのは、一見ただの腕時計だった。しかし触れてみれば腕時計から光が溢れ、それが幾つかの情報を映し出す。

 簡単に今確認するだけでも、時刻や日付、自分の名前などの情報が見れる。

「ちなみに君の情報はこの学園に足を踏み入れた時点で全てが読み取られている。だが情報は厳重に保管してあり、一部情報を除き誰も見ることができない」

「誰が読み取ってるんですか」

「そうだな。この学園のあらゆるシステムを制御する存在──アマレイズ。だがそれは生物としての存在というより、データとしての存在と言えるだろう。それが個人へ接触することは見たことがない」

 恐らくは異世界との接続も、この端末のシステムも、全てそのアマレイズのおかげなのだろう。

「アマレイズは、ただ情報が欲しいだけだと?」

「ああ。千年以上も前から、この学園で情報を収集している。それがどこへ保管されているのか、誰も知らない」

 この学園にはまだ未知の世界が広がっていそうだ。

「それと、校則だけは確認しておけよ」

「はい」

 そう釘を刺され、俺と三輪は学長室を去った。


 少し歩いた所で、俺は足を止める。

「俺をこの世界へ呼び出した理由は?」

 三輪はこちらを見ることもなく、黙って背を向けていた。

「この学園では、死者が絶えない。なぜか分かるか」

「常に命がけの争いをさせられるからか」

「そうだ。そして敗れた者は魔王の糧として、その全てを魔王学園に吸収される」

「ん?」

「詳細は分からないが、負けた者は皆最強の魔王のための力として蓄積される」

「なるほど」

 だから学長はこの学園の生徒が増えたことを喜んだのか。

 そして多くの異世界と繋がっている利点はそこにある。

 最強の魔王を産みたいのであれば、それだけ多くの人材が必要になる。

「この学園で生き残ることは難しい」

「俺に生き残るための手助けをしろと?」

「いいや、違うな。私にはお前の力なしでもこの学園で生き残る力がある」

 この学園の生徒がどれほど強いのか分からないが、それでも彼女が強いことは知っている。

 少なくとも俺よりは。

「ではなぜだ?」

「この学園での生存競争は激しい。もしこの環境で一年間生き残れたなら、その時お前をここに連れてきた目的を話そう」

 三輪は一切振り返ることなく、俺に話す。

 彼女の真意は分からないが、それでも察することはできる。

「三輪も目的を伝えられていない、んじゃないか」

 その質問を受けて、三輪は驚いたように振り返る。

 どうやら図星らしい。

「となるとやはり、"あの組織"が今回の件に関わっているのか」

 三輪は返答に悩んだ様子を見せつつも、悟らせないように振る舞い続ける。

「その答えは一年後に分かること。まあ、お前が一年後も生きている保証はないけど」

「そうだな」

 これ以上は三輪から情報を聞き出せはしない。

 そもそも三輪は俺を恨んでいるはず。極力話は短く済ませたいだろう。

 切り上げようと背を向けると──

「でも、一つだけ言っておきたい」

 思わぬ声に言葉をかけられ、俺は振り返った。

「魔王になれるのはこの学園に、アマレイズに認められた者だけ。だが今まで誰一人として現れなかった。でももし誰かが魔王になってしまえば、この世界だけではなく、あらゆる世界が終焉を迎えるかもしれない」

 もし魔王となった者が極悪非道であれば、その可能性はある。

 魔王になれる条件が性格が温厚で優しくなければならない、などといったものでない限りは。

 だが魔王と銘打つからには、そもそも魔王を目指すからには、そんな者はこの学園では生き残れない。日々争いが起こる中で、優しさが自分の首を絞めるだろうことは容易に想像できる。

 それでも万が一はあるが。

「だからこそ、この学園のある"権利"が必要になってくると見ている」

「ある権利?」

 三輪の推測が導き出す一つの結論を待つ。

「校則の改変」

 まだ詳細は分からないが、今までの情報だけでもその意味は推測できる。

「魔王学園の校則を変えれば、たった一人、最強の存在を産むことを阻止できる」

「なるほど」

 彼女だけでなくこの学園の仕組みを知った者であれば、そんな存在を産むことは恐怖があるだろう。

 ましてや最悪のケースを考えるなら尚更。

「だが校則なんて変えられるのか」

「さあね。やり方はまだ分からない。でも九百年も前に誰かが校則を変えたっていうのは噂で耳にした」

「方法はあるかもか」

 三輪も見つけていないということは、この学校に来てからまだ日が経っていないのか、それともその情報が簡単には開示されないのか。

 いずれにせよ、三輪が言いたいのはこうだ。

「その方法は探しておく」

「別に、探して欲しいってわけじゃないけど。ま、好きにしたいようにすれば。この一年は」

 そう言う三輪に背を向け、俺は学園を徘徊することに決めた。



 1



 しばらく歩いたところでベンチを見つけ、そこへ腰を下ろす。

 まだ学園の詳細も把握できていないため、学長から受け取った腕時計型の端末を操作する。

「そういえば校則を確認しろと言われていたな」

 そんなことを考えていると、画面が自動で切り替わり、校則の一覧がずらりと表示されていた。

 俺の意思を感じ取ることもできる、ということか。

 つまりこの腕時計を通して、アマレイズは俺の全ての情報を収集しているということか。

 考えると恐ろしいことだが、もう既に全ての情報を収集された後ではどうにもならないので、しばらくは気にせずにいよう。学長の話では、アマレイズは情報を収集しているだけらしいし。

 だが信用できるかどうかは別の話。

 校則をざっと見ていくと、先ほどの三輪の推測の意味も理解できる。


 ・魔王学園に蓄積された力を与えられる者は、最終試練に挑むことが許され、それを合格した者だけ


 恐らくは今まで誰もこの最終試練をクリアできなかったのだろう。

 今まで多くの強者もいただろうが、一体どれほど恐ろしい試練なのか。

 その他にも目を通す。


 ・許可された範囲外での殺傷行為は禁止

 ・一ヶ月に一度、選別を行う(入学して最初の選別はパスすることができる)

 ・この学園では実績によって貢献度を増減させる


 貢献度について記載された項目が幾つかあるが、それによると貢献度は譲渡不可で、この学園の様々な施設利用に役立つらしい。貢献度次第では利用できない施設もあるとか。

 入学初日の俺の貢献度は当然ゼロ。

 ……かと思いきや貢献度30だった。

 施設利用にも必要だから、入学時点では付与されているのか。

 もしかしたら貢献度を稼ぐことは最終試練には必要なのかもな。

 とにかく稼ぐ方法を早い内に見つけておくべきか。

 その他にも目を通してみると、この学園の地図や施設の詳細、開講される講義や自分の詳細、友達登録などの機能があった。

 入学時点で友達登録を誘われなかったということは、既に三輪から友達登録はされないと見ていい。

 少しだけショックだ……。

 まあ当然といえば当然か。

 俺は短いため息を吐いた後、自分に用意された寮へ足を運ぶため立ち上がった。

 寮への道中、気になることがあった。

 すれ違う相手のほとんどが人間ではない種族──鬼やモンスター、獣人──だったが、その多くが俺を見る度に睨みつけるような視線を送ってくる。

 俺だけとも思ったが、俺以外の人間も同様の視線を受けていることが分かった。

「なるほど」

 どうやらこの世界では人間に対して明確な敵対心があるのだろう。

 その理由は早急に知っておきたいところだ。



 2



 地図も見ず寮を目指していたため、気付けば全く別の場所にいた。

 重く閉ざされた校門がある。

 校門に触れてみるが、痺れたような衝撃が指先に走り、思わず手を引っ込める。

 どうやら許可無く学園の外には出れないらしい。

 地図を見つつ振り返り、寮の場所を再確認する。

 校門から校舎へと続く道は一本道で、その道を挟むようにして桜が綺麗に並んで咲いている。

「綺麗だな」

 心を洗われるような桜の美しさに見惚れていた。

 風に揺られ、桜の花びらが舞う。

 舞い散る花びらを見ながら、俺はある人物と目が合う。

「……」

「……」

 お互いに無言で見つめ合う。

 見た目からして、種族は人間だろうか。この場所で生まれたかのような、桜色の髪を肩まで伸ばし、毛先はふわふわとしている。瞳は桜流しのようで、前髪を桜の形をしたピンで留めている。

 彼女もこの桜の木々を見るためにここへ足を運んだのだろうか。

 あまりにも凝視されたが、それはこちらも同じ。ここで目を逸らすべきか悩んでいると、

「ふっ」

 少女は面白おかしく笑った。

「ねえ君、まるで私と同じピン留めしてるみたい」

 俺は自分の前髪に手を伸ばすと、桜の花びらが落ちていたことに気付く。

 それで笑っていたのか。

「学園を探索していたみたいだけど、君ってもしかして新入生?」

「今日入学したばかりなんだ。少し迷ってて」

「ここって広いから迷うよね」

 彼女も新入生の頃は同じ経験をしたのだろうか、共感して微笑む。

「もしよかったら、私がこの学園を案内しよっか?」

「いいのか」

「もちろんだよ。困っている人がいたら見過ごせないからね」

 そう言って、彼女は俺に一歩歩み寄る。

「私は日下(くさか)朝」

「俺は日向大和だ。よろしく」

 握手を交わし、俺は日下さんの案内で学園を更に知ることになる。



 3



 日下さんの案内で、俺はよりこの学園について知ることができた。

 食堂はお金は必要ではなく、貢献度に応じてメニューを選べる。貢献度が高ければ高いほど選べるメニューの幅は増えていき、貢献度30の俺でもおにぎりやサンドイッチが食べられる。

 また娯楽施設もあり、貢献度によって利用時間やサービスの質が変化する。

 この学園は貢献度で待遇が大きく変わるというのは、日下さんの案内のおかげでより一層理解した。

「この学園のシステム、私結構気に入ってるんだ」

「競い合う環境だからこそ、貢献度で待遇が変わるのは合っているのかもな」

 だが貢献度がどのように増えるか分からない以上、まだこの学園のシステムに一喜一憂できない。

「貢献度ってどうやって増やすんだ?」

「基本的には月に一度行われる選抜だね」

「選抜か」

 そういえば校則に書かれていたな。

 名前からして、嫌な想像をしてしまうが……。

「まだ今月の選抜は発表されていないけど、もうすぐ発表されると思う」

 だったら今すぐに選抜について聞く必要もなさそうだな。

 じきに受講予約していた講義が開かれる講義棟につく。


『魔法戦ⅠB (ペア)』

 講義時間:6限(16時00分~17時30分)

 担当教員:ユスティア・カノン

 受講条件:魔法を使える者

 会場:講義棟9030教室

 講義内容:二対二における魔法を使った戦闘技術を実践形式で教える。


 講義棟は三十三階建て。一つの階に三十の教室が用意され、全ての教室は教員の講義に合ったように内装を変更できる。

 俺たちは講義棟に着くなり、円形の台の上に乗る。その後目の前に画面が表示され、俺は九階のボタンを押す。一瞬で場所が変わり、九階に瞬間移動した。

 九階を雑談しながら一通り散策した後、9030とプレートのある教室の前に立った。扉を開け、俺は唖然とする。

 部屋の外から見れば、この教室は机や椅子が三十人分程度入るくらいの大きさだ。だが実際は違う。

 机や椅子が百人分あっても全く足りないほどの大きさがこの部屋にはあった。

「驚いたでしょ。講義棟内の教室は大きさだって変えることができちゃうんだよ」

 これが魔王学園。

 圧倒的なシステム。

「それじゃあ中に入ろうか」

 日下さんに促され、俺は草原となっている教室へと入った。


 講義の開始時刻まではあと数分。

 受講するであろう学生が二十人ほど集まっている。

 一人で来た者や、二人以上で来た者まで、たくさんだ。

「ところでさ、日向くんは元々どんな世界にいたの?」

「俺はただ人が平穏を送る世界にいた」

「じゃあ戦いはあまり得意じゃない?」

「いや、九歳の頃に異世界に転移した。それから元の世界に戻るまでの三年間、俺は戦い、魔法も使えるようになった」

 その過程は決して楽な道のりではなかった。

 何度も死にかけ、その度に三輪が救ってくれた。

「なるほど。じゃあある程度は戦えるわけか」

「日下さんは?」

「私は弱いよ。だけど私の能力は結構重宝されるからね」

 今までも自身の能力を頼られたことがあったのだろうか、日下さんは誇らしげに語る。

「一体どんな能力を持ってるんだ?」

「私の能力はね──」


 彼女は言葉を発しようとした。

 が、割り込むように、血を浴びたような角を二つ頭から生やした男が刀を俺目掛けて振り下ろす。

 落雷のような速度で。

 俺は瞬時に右手に魔力を集中させ、刀を生成する。柄を握りしめ、振るわれた刀に叩きつけた。

 ぶつかり合う刀。

 俺の即席の刀はすぐに砕け、破片が散らばる。相手はそれ以上の追撃をせず、黙って俺の砕けた刀に視線を落とす。

「多少なりとも強くなってんだな。日向」

「まさかこんなところで会うとは思っていなかったよ──」

 俺は相手を知っている。

 その角は敵の血を浴び続け、紅くなった。

「──鬼椿」

 俺が異世界で戦った相手。

 鬼椿は俺を好戦的な視線で睨み、口もとには笑みを浮かべている。

「俺もお前には会いたかったぜ。この傷、まだ残してるんだ」

 鬼椿は手のひらを見せる。

 刻まれた十字の傷が露になる。

 かつて俺が三輪とともに鬼椿と戦った証。

「あの時みたいに三輪はいない。それでもあの時みたいに俺に一撃入れられるか?」

 不可能だ。

 とは言わない。

 だが──

「くっ……」

 俺は眉間にシワを寄せ、この事態に冷や汗を流す。

 鬼椿の他にも、鬼と思われる人物が三人ほど見受けられる。彼らも恐らくは鬼椿の味方だ。

 となると最悪四人を相手にすることになる。

「安心しろ。俺とお前の一騎討ちだ。それを拒むとは言わせないぜ」

 俺はすぐさま承諾しない。

 やや悩み、答えようとした刹那──

 地を蹴る足音。顔を上げるが、既に正面に鬼椿の姿はない。

 背後をとられた!?

 視線を逸らしていたのはほんの一瞬。だが鬼椿にとっては十分すぎる時間だった。俺は後ろに振り返ると同時、手もとに刀を生成し、縦に構える。

 最小限の被害で防ぐ。そのつもりだった。

 しかし誤算があった。

「……後ろじゃない?」

 背後に鬼椿の姿はなかった。

 対処を急いだために、すぐに体勢を整えることはできない。そんな中、背後から足音がする。

 まさか後ろに回り込んでいなかったのか? それとも俺の想像を遥かに上回る速度で動いているのか?

 いずれにせよ、致命傷だ。

 俺は鬼椿の刀に切り刻まれ──

「──やめて」

 日下さんの声が聞こえてからしばらく、俺に一切の攻撃が浴びせられることはなかった。

 恐る恐る振り返る。

 俺をかばうように両腕を広げて立つ日下さん。その首もとまで刀を突きつけていた鬼椿。

 間一髪、日下さんに救われたのか。

「邪魔が入ったな」

 鬼椿は舌打ちをし、刀を下ろす。

 俺はこの一瞬で改めて実感した。俺一人では鬼椿に勝つことはできない。すぐには埋められないほどの力の差がある。

 すぐに担当教員が教室へ入り、こちらの様子を一瞥する。

「ここでのむやみな殺傷は禁止だ」

 反抗はせず、鬼椿は刀を鞘に収め、俺と日下さんから離れた。

「だが殺したいというのなら、今しがた発表された選抜で戦えば良い」

 その言葉を皮切りに、教室にいた全員が選抜の内容を確認する。


『ダブルデュエル』

 高等部一年における選別。

 同学年でペアを組み、別のペアと決闘を行う。

 対戦相手は選択できる。もし双方の承諾を得た場合、対戦相手が確定する。

 もし十日以内にペア、もしくは対戦相手が決まらなかった場合、ランダムで振り分けられる。

 お互い好きなステージを選び、それぞれが提示したステージで一度ずつ決闘を行う。

 戦闘は仮想空間で行う。

 ペアを組む二人が戦闘不能に陥った場合、そのペアの敗北とする。

 もし二回とも敗北した場合、そのペアは魔王の生け贄となる。


「へえ、二対二か」

 鬼椿は愉快に微笑みを浮かべる。

「ふっ。あくまでも……か」

 教員は小言でなにやら呟いたが、その意味は分からない。

「魔王の生け贄……」

「二連敗したら死ぬ……ってこと」

 俺の呟きに、日下さんが補足する。

 命懸けの選抜。

 この学園は本当に命懸けの戦いが行われているのか。

「なあ日向、お前、そこのと組んで俺と戦えよ」

 鬼椿は俺の隣に立つ日下さんへ視線を向け、俺にも視線を送る。

「生憎と、命懸けの戦いの相手を簡単に決めることはできない」

「だったら良いんだぜ。どのみちお前ら人間種は生き残れない」

「どういう意味だ」

 ハッタリか、事実か。

 鬼椿の言葉を聞き、俺はこの学園で人間に向けられる視線の違和感を思い出す。

「分かっているだろ。人間は他の種族に比べて圧倒的に基礎スペックで劣る。だからな、こういう対戦において、お前ら人間はカモにされるんだよ」

 そういうことか。

 確かに人間種には取り柄がない。

 鬼のような圧倒的暴力もないし、魔人のような魔法適正もない。

 だが、種族内でも個人差はある。

 人間でも力と魔法を兼ね備えている強者だっている。

 三輪のような……。

「受けたくなきゃ良いが、この学園のシステムを舐めない方がいい。恐ろしい仕組みがこの学園にあることが覚えておけよ」

 鬼椿の言っていることは嘘ではないだろう。

 そもそも命を懸けた選別が恐ろしい仕組みの一つであるのだから。

「受けるも受けないも勝手だが、簡単には死ぬなよ」

 そう言って、鬼椿は俺たちから視線を離した。

 俺が受けると思っているのだろうか。

 だが鬼椿の目は、俺と戦えることを確信しているようだった。



 4



 一時間半の講義が終わる。

 欠席者が一人いたようだが、そのおかげで余りは出ず、全員がペアを組めた。

 俺と日下さんのペアは鬼椿のペアと戦うことはなかったが、ある程度の情報は収集できた。

 鬼椿はあの頃と変わらず刀メインの戦い方。鬼特有の力強さとタフネスで前線を請け負い、相方に魔法による支援を任せていた。

 鬼椿は魔法は使っていなかったが、使える可能性は高いだろう。もしくは使っているか分からなかっただけで、デバフやバフの魔法をかけていたのかもしれない。

 俺はシャワー室から出て、着替えを済ませ、待機所のベンチに座っていた。日下さんを待ちながら、ある不安を抱いていた。

 鬼椿はまるで俺と戦えることを確信していたようだった。それは鬼椿の言う恐ろしい仕組みによるものなのかもしれない。

 俺はある可能性を考えていた。

 だがもしその可能性が本当だったとしたら、俺は鬼椿と戦うことになる。

 果たして、俺は鬼椿に勝てるだろうか。


 しばらくして日下さんがシャワーから戻り、少しだけ暗くなった空の下を並んで歩く。

 日下さんの手には御守りが握られている。

「ねえ日向くん。今日の魔法戦を見て思ったんだけど、君って強いね」

 俺たちは今回の魔法戦では一敗もしなかった。

 対戦相手は下級生から上級生まで様々で、苦戦した試合もあったが、勝利し続けた。

 俺が先陣、日下さんが後方支援。

「私、やっぱり弱いよね」

 日下さんは横目に逸らしながら訊いてくる。

「まあな。強くはない」

「だよね……」

 いくら直接的な表現を避けても、相手には伝わってしまう。

 日下さんはより一層落ち込んだ様子を見せる。

「…………」

 日下さんは何か言いたそうにしながらも、口にしようとする言葉を躊躇っている。

「あ……えっと…………」

 このまま日下さんの言葉を待つこともできるが、俺はそうはしたくなかった。

 今日一日でこの学園のことをたくさん知れたのは日下さんのおかげだ。

 日下さんが一日俺に時間を使ってくれたから、俺はこの学園を知ることができた。

「あのね……日向くん…………私と──」

「俺とペアを組んでくれ」

 日下さんの言葉を遮り、俺は言った。

 日下さんは驚いたような表情を見せ、しばらく固まった。

「ど、どうして……。私は……弱いんだよ……」

「今日一日、日下さんには世話になった。だから、助けたいと思ったんだ」

 日下さんには助けられた。

 だから俺も助けたい。

 助け合える関係になれたなら。

 いつか抱いた、そんな願望。

「どうか、俺と組んでくれ」

「断る理由なんてないよ」

 俺が差し出した手を、日下さんはぎゅっと握る。

「ありがとう日向くん。私を、助けてくれて」

 そう言った彼女は、小さく笑った。



 5



 寮で別れ、俺は自分の部屋へ行く。

 与えられた部屋は六畳の部屋。

 部屋の大きさも貢献度によって変わるようだが、この広さでも十分にくつろげる。

 俺はベッドに横たわり、時計を眺める。

 そういえばこの世界は一日が三十時間らしい。さすがに時間感覚が狂うと思っていたが、案外平気なものだ。これもアマレイズのおかげなのだろうか。

 しばらく考え事をして、飲み物が欲しくなった俺は寮の外にある自動販売機へ向かう。

 既に時刻は二十三時。元いた世界ならとっくに寝ているだろうが、まだ一日が切り変わるまで七時間はある。人通りもそこそこにあり、自動販売に着くまで二、三人とすれ違った。

 自動販売機の前に着き、水のボタンを押す。魔法瓶に入れられた水を手に取り、部屋へ戻ろうとした。

 ──が、物陰から会話が聞こえ、思わず聞き入っていた。

「そういえば貢献度を消費して購入できる、選抜を有利に進められるチケットを鬼椿が買ったんだってよ」

 次々と飛び出す気になる言葉に、俺は固唾を呑んで耳を傾け続ける。

「確か今回の効力って……」

「ああ、対戦相手を決められるっていう……」

「マジかよ。でもアイツはどんな相手でも勝っちゃうだろ」

「確かにな。じゃあ潰したい相手がいるんじゃないか」

「三輪とかかな」

「そういえば鬼椿はよく三輪に喧嘩売ってたな」

「じゃああり得るかもな」

 俺は会話を聞きながら、腕時計型端末を起動させる。

「まさか……」

 そんな疑念を抱きつつ、俺は落ち着かない指を何とか動かす。

 そして──


「ああ……」


 俺は言葉にならない嗚咽を漏らす。

 画面に表示された文字。


『対戦相手が決定しました。

 日向大和&日下朝 VS 鬼椿&椿女(つばめ)


 絶望の選抜が始まる。

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