第九話「いつか魔王になる誰かに③」
5
彼に出逢った日、私の人生は一変した。
「日向……」
気づけば呼び捨てにしていた。
「……大和」
下の名前も呼んでみる。
照れくさくなって、すぐに口を閉じる。
口に広がる感覚。
彼の名前を言って、私の心が心音を早める。
これは恋なのだろうか。
私は未だその答えを得れてはいない。
いや、とっくにもう──
私は高鳴る気持ちを感じるため、胸に手を当てる。
早い。
今にも破裂しそうなほど。
これが日向への思い。
こぼれてしまうんじゃないか。
そう思えてくる。
この学園に来てから、私の人生はずっと暗闇の中にあった。
私の人生には太陽はのぼらない。
そう思っていた。
でも──
彼が私を救ってくれた。
私は嬉しかった。
もう誰も信じることができない世界で、私は大切な人に出会ったんだから。
私を救ってくれた人。
私を変えてくれた人。
私を見捨てないでくれた人。
だから私も応えなければ。
こんな私に手を差し伸べてくれたんだから、私も彼の力になりたい。
私には何ができるだろう。
私の能力は彼の役に立つ。
『未来図書館』
未来に起こるあらゆる事象を知ることができる。
条件はあるけど、その能力を使えば私は彼の力になれる。
でも……
やっぱり怖い。
私はこの能力を得てしまったせいで仲間を失い、大切な人を傷つけてしまった。
私は自分の能力を恐れている。
彼の役に立ちたいけれど、私は私の能力を拒んでいる。
もしも私が能力を使えば、今以上に私の能力が知れ渡るだろう。そうなれば彼に今以上の危機が訪れるかもしれない。
その時、私は彼を守れるだろうか。
今はまだ分からない。
6
四月二十六日。
私は学園をぶらぶらと目的もなく歩いていた。
歩きながら考えるのは彼のこと。
気づけば私は校門まで来ていた。
「どうしてここなんだろうね」
思わず笑みがこぼれてしまう。
私の頭の中心にあるのはやはり彼のことなんだ。
私はここで彼に出会い、救われた。
桜並木が続くこの道で彼に出会ったから、私は今が楽しいと思える。
これからを生きたいと思える。
ありがとう。
日向大和。
私を救ってくれてありがとう。
私は桜の木に背を預け、舞う桜の花びらを眺めていた。
桜の花びらが私の頭に落ちる。
その花びらを拾い、見つめる。
花びら越しに足が見え、私はその正体を確かめるように目線を上げた。
桃色の一本角を生やした女子生徒が私を見下ろしていた。
「少し話をしませんか。日下」
「は、はい。椿女さん」
承諾すると、椿女さんは私の隣に腰を落とした。
椿女さんとは休日にエアホッケーをして以来、多少ではあるが親密度は高まった印象だ。
とはいえ今までのことも考えて、少しだけ気を許せないところもある。
「早速ですが、あなたは魔王になる気はありますか」
「え!? いやいや、全然ないよ」
「そうですか。やはりあなたも魔王には興味はありませんよね」
「ってことは椿女さんも魔王になる気はないの?」
「はい。しかし魔王にしたい方ならいます」
言わずとも分かる。
「それって……」
「はい、鬼椿様です」
やはり。
私は少しだけ複雑な気持ちになる。
椿女さんが口にした人物が魔王になってほしくないと、私は思っている。
「あなたの気持ちは分かります。あなたは日向に魔王になってほしいのでしょ」
「えっと……どうなのかな」
今まで考えたこともなかった。
言われてみれば、私は彼に魔王になってほしいと思っているのかもしれない。
彼が魔王になったなら、世界が良くなると私は思っているんだ。
「答えは出ましたか」
長いこと考える私を見て、椿女は答えが出たと察したのだろう。
「私は日向が魔王になってほしいと思うよ」
それが私の答え。
「では私たちはライバルですね」
「そうだね……」
「私としては、魔王の座は鬼椿様以外の誰にも渡したくはありません」
「うん」
椿女は躊躇うことはせず、はっきりと宣言した。
「しかしそれは日下も同じはずです」
「うん」
椿女は少し沈黙する。
「私としては、敵に塩を送るような真似はしたくありません。しかし今回の件で、鬼椿様にとっての日向の存在の重要性を知りました。倒したい目標が明確にある鬼椿様は、今回の件で一段階強くなった。だから鬼椿様がより強くなれるように、日向には簡単に死んでもらっては困ります」
「うん……?」
「なので日下、私があなたを鍛えることにしました」
「……え!?」
予想もしていなかった台詞に、私は驚く。
「日向は必ず鬼椿様によって倒されなければいけない。しかし今後日向と戦うのが必ずしも鬼椿様とは限らない。それ以外の者に殺されないよう、あなたが強くなって日向を守ってください」
「で、でも、それじゃ怒られちゃうんじゃないの」
「大丈夫です。私は日向ではなく、あなたを強くしようとしている。あなたが望むなら、私は力を貸しましょう」
そっか。
なら私の答えは一つだよ。
「お願いします。私を強くしてください」
私は強くなりたい。
日向を守れるように。
力になれるように。
「ああ。私が日下を強くする」
私は強くなって、日向を魔王にする。