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今からこの学園を支配する  作者: 総督琉
第一巻『青の陰謀』編
13/15

第九話「いつか魔王になる誰かに②」

 2



 私はある人物と待ち合わせをし、校舎に来ていた。

 私の手には掃除用具一式が握られている。

 時刻は二十五時。

 紫色の髪を腰まで垂らした少女。

 私と同じ高校一年生。

 彼女は手に自分の身長と同じくらいの杖に腰かけ、空を飛んで窓から入ってきた。

「やっほー神奈。飛んできたよ」

 私の下の名前を気楽に呼ぶのは、もう既に三年以上の関係になる間柄だからだ。

「来てくれてありがとね。(らん)

 彼女は(あららぎ)(らん)

 私と同じ組織の一員だ。

 彼女は私が組織に入ってから三年目辺りで入り、以降私が所属する班で行動を共にしてきた。

「今回の選別、神奈と一緒が良かったな」

「仕方ないでしょ。相手の相性も考えれば、あの子の方が良かったんだから」

「ふーん。確かあの子って対吸血鬼専門の子だっけ」

「あまり話はできなかったから詳しいことは知らないけど、そういう術を独学で習得したとか言ってたよ」

 三輪は必死に思い出しながら話す。

「へえ、独学か。そんな術を独学で習得できるのかね」

「吸血鬼がいっぱいいる世界で生まれたんじゃない」

「まあそういう世界もあるか」

 蘭は杖から降り、浮遊する杖を手もとに引き寄せる。

「で、やるんでしょ」

「今から掃除する」

「掃除ね……。思ったんだけどさ、なんで毎月掃除なんてするわけ。こんなことしたって貢献度はせいぜい一桁台しか変わらないわけじゃん」

「増えるだけマシでしょ」

「まあそうだけどさ……」

 蘭は不満気味だが、三輪は今すぐにでも掃除を始めたいのか、ほうきを持ってうずうずしている。

「でもなんでこの場所だけ掃除されてないんだろうね。講義棟とか食堂とかは掃除とかされてないのにいつもキレイだよね」

「アマレイズもそこまで万能じゃないんじゃない」

「うーん。でもさ、今まで何十万、何百万という数の学生が魔王の糧として吸収されたんでしょ。で、その吸収した力ってアマレイズが得ていると思うんだよね。だったらその中に部屋をキレイにする能力だってあると思うんだよ。ってかそれで食堂とかはキレイだと思うし」

 蘭はこの事がとても不思議なため、理論立てて三輪に説明する。その間にも三輪はほうきで部屋のゴミを掃いていく。

「その効果が限定的だったとしても、どう考えてもここって講義棟とかアミューズメントエリアよりも狭いよね。だったら尚更おかしいし」

 まだ続きそうな予感をしたのか、三輪は一言、既に考えついていた答えを述べる。

「この場所が使われないから、じゃない?」

「ああ……うーん、えー……っと……、なかなか面白い考えね」

「もうそれが答えでしょ。それ以外に何かある?」

「それは…………」

 長考の末、蘭が出した答えは、

「まだ思いつかないけど、まだ思いついてないやつが答えだよ」

「めちゃくちゃな理論だな」

 蘭の答えに三輪は呆れ、ほうきを動かすことに意識を集中させる。

 掃除する三輪を蘭はじっと見つめる。

「やっぱおかしいと思うんだよね。たかがミニパン程度の貢献度のために掃除なんてするかな?」

「貢献度を貯める方法は少ないからね」

「うーん、でもねー……」

 蘭は三輪が嘘をついているのではないか、そんな疑念を抱いていた。

 確かめるように視線をじっと向けるが、三輪は一切目を合わすことなく黙々と掃除している。

 観察の果て、蘭はある答えを導き出した。

「もしかして三輪はさ────」

 蘭の答えに三輪は反応を示さなかったように見えるが、長い付き合いである蘭には分かった。

 それが正解なのだと。

 答えを知った蘭は、表情を曇らせて三輪を見る。

「そっか……」

 蘭は三輪の本音を知った。

 今まで打ち明けてこなかった三輪の本音を。

 彼女は一度たりともそんなことを口にしなかった。むしろ反対のようなことばかり言い続けてきた。

 だからこそ、蘭は三輪を誤解していた。

 三輪の手が止まる。

 蘭が答えを知ってしまったことを知り、わずかにだが動揺する。

「蘭、早く掃除するよ」

「う、うん……」

 蘭は上手く返事できなかった。

 迷いの中で、ただぎこちなく杖を動かす。

 ほこりを風魔法で払い、水魔法で床を濡らし、火属性と風属性の合わせ技で床を乾かす。

 隣の教室では、三輪は魔法を使わず、ほうきや雑巾を使って丁寧に掃除している。

 その姿を見て、蘭はますます思った。

 ああ、どうして彼女は救われないのだろう、と。




 3



 掃除が終わり、蘭は帰っていった。

 私は一人教室に残り、窓際の一番前の席に座り、教卓を見る。

 誰もいない。

 それでも、私に見えている光景がある。

「本当は分かっている。私は──」

 自分の本音を理解しつつも、目を逸らし続けてきた。

 そうしなければ、心が引き裂かれてしまうから。

 私は夜空に浮かぶ虚ろの月を見上げながら、過去を思い出していた。




 ──六年前。

 三輪はいつものように日向を連れ、街のあちこちを冒険していた。

 最初の出会いは運動会で、日向が一人で弁当を食べていたのを見かけ、声を掛けたこと。

「ねえ、私と一緒に食べない?」

「うん」

 日向は満面の笑みで答えた。

 三輪が差し出した手を掴み、日向はスキップをしながら三輪とともに母の待つシートへと行った。

 それが最初の出会い。

 三輪はその日、日向に興味を持った。

 彼は一人で食べている時、寂しいなどという表情を浮かべなかった。だが自分が話しかけ一緒に食べようと誘った時は笑顔で受け入れた。

 彼はまだ孤独を知らない。


 だから三輪は思った。

 彼が孤独じゃないように、私がそばにいようと。


 それから三輪は頻繁に日向を誘った。どこへ行くにも彼を連れていった。

 次第に彼は、三輪のいないところで表情を曇らせることがあった。

 三輪が接したことで、孤独を知ってしまった。

 三輪の家族を知ってしまったことで、自分の家族がおかしいことに気付いた。

 だからといってどうすることもできない。

 日向にとって、三輪と一緒にいることが唯一の救いだった。


 ある日、日向と三輪は山へピクニックに出掛けていた。

 しばらく遊んで帰ろうとしたところで、土砂崩れによって帰り道が塞がれていることに気付く。

 三輪は道を引き返し、別の道から帰ろうと山の中を歩き回った。しかし帰り道は見つからない。

 気付けば山の奥へと入ってしまっていた。

 もう帰ることはできないだろう。

 そんな絶望を三輪は抱いていた。

「大丈夫だよ。まだきっと助かる」

 日向が励ますような言葉を言った。

 当然根拠もない。

 だが日向は決して笑顔を崩さず、三輪に心配をかけないような振る舞いをしていた。

 日向の笑顔に励まされ、三輪も歩みを進めることを決めた。

 二人は無意識の内に手を繋ぎ、森を歩き回っていた。

 決して好きだから触れたいというわけではなく、暗い道ではぐれるかもしれないから、という可能性から。

 三時間ほど歩いた時だろうか、二人は神社を見つける。

「こんなところに神社があったんだね」

 三輪も、日向も知らない。

 誰からも聞いたことがない神社。

 神社の名前は──

「日向神社」

「日向の名字と一緒だね」

「う、うん」

 日向は神社の名前に目を向け続けたが、ただの偶然だろうと目を逸らした。

「そういえば……」

 三輪はそれを見て、ある違和感を思い出す。

「ねえ日向、どうして表札に書かれた名字が日向じゃないの」

 三輪は学校帰り、日向を家まで送ったことが何度かある。

 その際、日向の表札に書かれた名字が『日向』ではなかった。

「教えてもらっていないから分からない」

 日向は一度その質問を親にしたことがある。

 だがその質問をした日向は暴行を受け、それ以来質問をすることはなかった。

 三輪は答えを聞かずとも、何となく察していた。

「ねえ日向、今のお父さんとお母さんは好き?」

 日向からは笑みが消え、戸惑いの表情に変わる。

 三輪は咄嗟に質問をしたことを後悔する。

 分かりきっていたことだ。

 彼の両親がどのような態度をとっていたのか。

 三輪は優しくて愛情のある親に育てられたからこそ、痛みと苦しみの中で育った日向を哀れんだ。

 親だから離れられない。

 まだ幼い子供が、この世界で生きていくことができない。

 もし生きていける世界だったなら。

 三輪はこの世界に不自由さと理不尽さを感じていた。

 誰もが手を取り合える世界なら──無理だ。この世界は生まれた時から差がある。

 誰もが自由に生きられたなら──無理だ。この世界では学ぶことや遊ぶこと、何をするにもお金がいる。

 誰もが幸せに生きられたなら──無理だ。だってこの世界は偽りだらけだから。嘘を見抜けなければ、苦しみを味わうことになる。

 理不尽だ。

 不愉快だ。

 三輪は拳を強く握り締める。

 どうしてこの世界には救いがない。

 間違っている。

 だが、覆すことはできない。

 何をすれば日向を救える。

 彼を家で養う、いや、それほどのお金が私の家にはない。

 じゃあ彼が歯向かう力をつける、いや、歯向かえば彼は暴行を受け、更なる苦痛に苦しむことになる。

 何もできないのか。

 ただ見ているだけなのか。

 こうやって日向を一時的な気晴らしに付き合わせるだけだ。

 子供には力がないのか。

 子供は従うだけなのか。


 力がほしい。

 世界を変えれる力が。

 世界を創れる異能が。



「だから──」



 三輪の鋭く尖らせた瞳が捉えたのは、空間が歪んだような鳥居。

 まるでそこだけ別次元のような違和感。

 日向も気付き、鳥居を凝視する。

 二人は潜在的に感じていた。

 この鳥居をくぐればどこか遠くへと行ってしまう。

 三輪は願う。

 どうかこの先に、世界を創れる何かがありますように。

 三輪は一歩、歩みを進める。

 日向も一歩、歩みを進めた。

 二人は手を繋いだまま、鳥居をくぐった。




 五年前の記憶を思い出した私は、胸に刻んだ初心を回顧する。

 そうだ。

 これは私の願い。

 この学園で私が魔王になる。

 そして世界を変える。

 魔王の座は誰にも渡さない。

 私が最強の魔王になって、世界中の苦しみを失くす。

 あの世界にいたままだったら、もし鳥居をくぐらなかったら、私はそんな願望が実現するなんて思いもしなかっただろう。

 ただ今は、手を伸ばした先に願いがある。

 私は諦めない。

 どれだけの困難が待ち受けようと、必ず乗り越えて、いつか──



 ──私が魔王になる。



 4



 私には守りたいものがある。

 だから、この道を選んだんだ。

 たとえ死ぬとしても私は、この道を突き進む。

 どうしてあの日は遠く感じるんだろう。

 あの日が遠くなっていくにつれて、あれが夢だったんじゃないだろうか。

 そんな泡沫の思いが、より一層あの日を遠くする。

 形のない、思いだけの記憶。

 楽しかった、嬉しかった、悲しかった、辛かった……

 いろんな感情を知って、私は成長した。

 どんなことがあっても、──がいたから前を進んでいられた。

 だからね、この旅が終わったら伝えたいことがある。

 今までの私を支えてくれた──に。

 だから私は願う。

 だから私は戦う。

 全てを守るつもりはない。

 守りたいものを守るために。

 この先も私は何度も死の淵に立たされるのだろう。

 それでも私は生きなきゃ。

 生きなければ。

 最後まで、願いのために。

 どうか、この願いが叶いますように。

 私は祈る。

 私は戦う。

 願いを胸に。

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