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今からこの学園を支配する  作者: 総督琉
第一巻『青の陰謀』編
12/15

第九話「いつか魔王になる誰かに」

 四月二十五日。

 鬼椿は仮想闘技場で戦闘を行っていた。

 戦っている相手は、自分のコピー。

 一定の貢献度を超えていれば、自身のコピーを呼び出し、戦うことができる。

 強さの調節もでき、鬼椿が呼び出したコピーは一年前の自分。

「「『鬼火』」」

 お互いに初手から刀に火を纏う。

 相手が自分だからこそ、小細工はしないと分かっている。

 互いの刀が震えるほどの激突。

 炎が否応なく飛び散り、一帯を火花が覆う。

 互いに距離をとり、互いに居合の構えをとる。一挙手一投足が交わる。

「「『鬼火花』」」

 火が凝縮してマグマのように煮えたぎる刀身同士がぶつかる。巨大な爆発とともに、鬼椿のコピーが吹き飛ぶ。

 そこへ容赦なく追撃を仕掛け、コピーは動かなくなる。

 コピーは倒した。だが鬼椿は勝利の感覚には浸れていない。

 今の鬼椿の頭にあるのは、日向との戦いの時間。

「違う。日向なら正面からじゃなく、正面以外の三方から攻めてくる。これじゃまだ日向には勝ちきれない」

 勝つからには圧勝を。

 だが今のままでは勝敗は不明。

 完全に勝つイメージは湧いてこない。

「力があれば勝てるか」

 ──違う。

「策があれば勝てるか」

 ──違う。

 日向に勝つために必要なのは、自分さえも策に利用できる狂気。

 それがなければ再び日向に出し抜かれるだけ。


 その後も鬼椿は戦いを繰り返した。

 自分のコピーを何度も倒して、倒して、倒し続けたが、日向を倒す光明が見えることはなかった。



 1



 仮想闘技場を後にし、食堂でお腹を満たしていた。食事をしながら、日向との戦闘を振り返っていた。

 日向の攻撃は鬼椿に致命傷を与えることはなかった。だがそれでも、あの日、火の中で好機を窺って右手に傷をつけたように一撃を入れた。

 今回の場合は、命を犠牲に命を奪われた。

 日向という男に、鬼椿は魅了されていた。

「この傷ももう大分古くなったな」

 もう何年も前につけられた右手の傷。

 それを見ながら、鬼椿はこの学園へ来た時のことを思い出していた。




 ──五年前。

 百鬼界。

 分厚い炎の中で鬼椿と三輪は戦っていたが、炎の中に隠れていた日向によって右手に傷を負った。

 右手に痛みが駆け抜け、右手で刀を持つことはできなくなった。

 鬼椿は左手で刀を持ち上げ、倒れている日向と膝をつく三輪に迫る。

 刀を振り上げるが、まるで鉄球のような何かが自身を吹き飛ばした。高熱の鉄球。

 地を転がりながら、鬼椿は顔を上げる。

 そこで見たのは、自身に迫り来る火球だった。回避行動をとることもできず、鬼椿は全身に火球を受けて分厚い炎の中に倒れた。

 炎に焼かれる激痛に苦しむ。これが日向の味わっていた激痛だと知り、より日向という少年に対して鬼椿は興味を抱いた。

 その間に炎をかき分けて来た男が、三輪と日向を抱え、どっかで消えていった。鬼椿はもう既に間に合わないはずだが、日向を追いかけようと地面を這いながら進む。先ほど日向らが消えていった方向を見ると、炎が意志を持ったように割れ、人が通れるほどの道ができていた。

 鬼椿はその道を通って炎の外に出た。見渡しても既に日向の姿はない。

「日向か……。また会えるかな」

 日向への思いを巡らす。

 鬼椿はそのまま這って進み続け、見えてきた木に寄りかかって座る。

 しばらくはここで休憩をしようと目を閉じた。

「鬼椿様、こんなところに……」

 そこへ椿女が駆けつけた。

 眠ってから一時間ほどで起こされたが、鬼椿は立てるほど回復していた。

「椿女か。すまんが肩を貸してくれ」

「分かりました」

 鬼椿は椿女の肩を借りて歩き出そうとしていた。

「これからどこへ?」

「家に戻ろう。母上や父上の様子も見ておきたいし」

 椿女は目から涙が溢れそうになり、咄嗟に目を閉じる。

 足を止めた椿女に驚き、鬼椿は椿女の顔を覗き込む。

「どうしたんだ。椿女」

「鬼椿様、私たちの家は……」

 椿女は涙を堪えながら、必死に答える。

「私たちの家は……燃えました」

 鬼椿は一瞬何を言っているのか理解できず、固まったまま動かなかった。

 だが次第に状況を理解し始めたのか、鬼椿は冷や汗を流す。

「母上は……、どうなった」

「父上も母上も……死にました」

 椿女の目からは涙が溢れていた。悲しみに満ち溢れていた。

「嘘だ……。嘘だ……。どうして……どうして死んで……」

 鬼椿は目が熱くなるのを感じた。

 腕や足からは力が抜け、その場に崩れ落ちる。

「誰だ……。母上と父上を殺したのは、誰だ」

 鬼椿は叫ぶ。

 炎に満ちた百鬼界で。

「分かりません。しかし、ここ数日、角の生えていない者が大勢この世界に来ていました。もしかしたら彼らが……」

「そうか。あいつらが殺したのか」

 鬼椿は日向と三輪を思い浮かべる。

「椿女、俺は仇を討つ」

 鬼椿の目は殺意に満ちていた。

 全てを焼き尽くすほどの強烈な殺意。

「誰が殺したのか分かったのですか」

「これからそいつを殺しに行く」

「でもどうやって……」

「姿は見ていないのか」

「見ましたが、皆鳥居をくぐったら消えちゃって……」

「鳥居をくぐったら消えた……?」

 鬼椿は首を傾げる。

「それって鬼神神社の鳥居か?」

「うん」

「じゃあ俺たちを試してみるぞ」

 鬼椿は今すぐにでも実行しようと立ち上がるが、椿女が袖を引っ張る。

「私も試してみたけど、どっかに瞬間移動するとか、透明化するとかなかったんだよ」

 椿女は実際に鳥居をくぐった。だが何も起こらなかった。

「そんな……」

 鬼椿は立つ気力も失せ、再び膝から崩れた。

「でも、消える人は皆共通点があった」

「共通点?」

「皆腕に何かつけてた。もしかしたらあれが消える秘密なのかも」

 鬼椿はそれを聞き、ある違和感が過る。

 言われてみれば最近見かけるようになった角の生えていない人物は皆、腕に何かをつけていた。

 だが日向と三輪はそれをつけていなかった。

 鬼椿はその謎に対し、あの時は外していたが後からつけたのだと勝手に答えを決めつける。

「だったら腕に何かつけてる奴から奪うぞ」

「う、うん」

 二人はその先に何があるのかを考えることもなく、ただ仇を討ちたいと必死だった。


 そこへある人物が訪れる。

 側頭部からは禍々しい牛角を生やし、左目は眼帯で覆っている。全身は黒い鳥の羽根で覆われている。

「私はある学園の高三なんだけど、もし居場所がないのなら、その学園へ入学しないか?」

 その男の腕には何かがついている。

「それは……」

 鬼椿の殺気が溢れ、自然と拳に宿った炎に任せて目の前の男に振り下ろす。

 男は一瞬避けようとも思ったが、鬼椿の表情を見て動きが固まる。燃え盛る拳は男の顔面に直撃し、男は後ろに倒れる。

 鬼椿は男に一撃を入れたが、すぐには喜べなかった。

「なんで……なんで避けなかった」

 男は倒れたまま、

「君が、泣いていたから」

 そう言葉にする。

 鬼椿の目にはいっぱいの涙が浮かんでいた。

 男はその顔を見て、彼の悲しみを受け止めようとした。

「ふざけるな。全部お前のせいなんだろ。お前たちがこの場所に来たからなんだろ。どこから来たか知らないが、俺たちの居場所を奪うなよ」

 心からの叫び。

 鬼椿が漏らした本音。

 男に馬乗りしながら、拳を何度も振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。

 家族を失った、その悲しみを男にぶつける。

 燃え盛る心のままに。

 だが自然と拳は止まる。

「どうして……どうしてお前は殴り返さない」

 男はただ殴られるままになっていた。

 一切動かず、顔は血だらけ。

「私は……もうこれ以上涙の連鎖を終わらせたい。だからあの学園に入って、魔王になろうと思った」

「魔王……?」

「もし君が同じ悲劇を拒むなら、私の手をとれ」

 男は鬼椿に手を差し出す。

「どうして、やり返さない。どうして……泣き叫ばない。どうして……、それでもまだ俺に手を差し伸べようとするんだ」

 鬼椿には分からない。

 殴られ続けている男が、一体どうしてこんな行動をとるのか。

「私が君を殴らないのは、君が泣いているから。私が泣き叫ばないのは、もう涙が枯れるほど泣いたから。私が君に手を差し伸べるのは、君と同じ過去を私もしたから」

 男の言葉を聞き、鬼椿はもう殴る気力が湧かなかった。

「もし君が救われたいと望むなら、私の手をとれ。きっとこの先、まだまだ辛いことが待っているかもしれない。その覚悟があるのなら──」

 鬼椿は男の手を払い退ける。

「俺は、母上と父上を殺した奴らに復讐がしたい。お前の手を掴んで、それが達成できるのか」

「いや、それは難しいかもな」

「じゃあ、その手はとらない」

 鬼椿は男の上から降り、椿女の手を掴んで離れようとする。

「でも、この悲劇の連鎖を終わらせることはできる」

 鬼椿は足を止める。

「もし君が同じ悲劇を繰り返したくないのなら、私の手をとれ。一緒に世界を変えよう。この手をとれば、それだけの力が手に入る」

 鬼椿の背中は震えている。

 このままこの世界にいても、何かが変わるわけじゃない。

 ただ痛みと苦しみを思い出しながら、寂しい思いをするだけ。

 そうならないかもしれない。だが、それでも──

「俺は、世界を変える。俺が世界を変えてやる。こんな世界、理不尽に全てが奪われる世界、そんな世界を俺は終わらせる」

 鬼椿は男のもとまで歩み寄り、力強くその手をとる。

「力を手に入れられるんだろ」

「ああ、君次第だが」

 椿女も鬼椿の側に歩み寄る。

「私も行くよ」

「行こう、一緒に。この先にどんな世界が待っていようと、俺がお前を守ってやる。──主として」

 燃え盛る世界の中で、鬼椿は誓った。

「うん、信じてる」

 その言葉に椿女は答えた。

「では、名前を聞いておこう」

「俺は鬼椿」

「私は椿女」

 二人は名乗り、最後に男が名乗る。

「私はアネモネ。いつか魔王になる男だ」




 そして五年の月日が経ち、今、彼は学長をしている。

「魔王にはなれなかったか」

 鬼椿は呟く。

 魔王の最終試練を受けられるかどうかは、高校三年生三月の選別を生き残った後に通達される。

 魔王の最終試練を受けた者で生き残った者はいない。

 アネモネは最終試練を受けることができなかった。そのため、残された選択肢の一つは学長になるための戦闘。

 アネモネは当時の学長と死闘を繰り広げ、倒し、学長となった。

「あんたが魔王になれば、きっと世界はよくなっただろう。でも学園はあんたを選ばなかった。あんたは『魔王』なんて言葉が似合わない、ただの聖人だからな」

 鬼椿は可笑しくて笑った。

「そうだよな。あんたはそれでいい。あんたが成せなかったことは俺が成す。たとえ何を犠牲にしても、俺は魔王になる」

 鬼椿はアネモネと握手をした右手を見つめる。

「あんたの夢は俺が継ぐ。だから、安心しろよ。安心して、学長のまま生き続けてくれ」

 鬼椿は魔王への夢を胸に、再び仮想闘技場へ向かった。

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