第八話「後日談②」
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四月十六日。
二日に渡り、俺は日下と休日を満喫した。
そして今日、俺はある人物からの連絡により、レンタルボックスに足を運んでいた。
幾つも並んだレンタルボックスから特定の番号を見つけ、扉をノックする。扉は機械的な音を響かせながら開き、鬼椿が姿を現す。
「よお。早速入れよ」
鬼椿に促され、俺はレンタルボックスの中へと入っていく。
「土足オッケーか?」
「気にするな。物置で靴なんか脱がねえだろ」
「そうだな」
確かに、レンタルボックスには謎の箱や大きめの道具が雑に置かれていた。特に刀が多めに散らかっている印象だ。
「本題とは違うが、こういうアイテムってどこで買ってるんだ?」
「基本的にはショッピングモールだが、一部の道具は選別で獲得したかな。それに貢献度次第で武器を作ってくれる。更に貢献度を消費すればより強力な武器を作ってもらえることもできる」
「貢献度って結構万能なんだな」
「だからといって、武器頼りになってしまっては本末転倒だ。結局自分自身が強くならなきゃ武器も意味がなくなる」
強大な力を使うにはそれを使う者の知性が必要になる。
「まあ、貢献度で武器を作るなんて奴はそうそういない。それはいずれ分かってくることだ」
「ふーん。そっか」
深掘りしようと思ったが、鬼椿はキッチンへ行き、これ以上聞くなと釘を刺す。
全てを他人から知ろうなんて都合のいいだけの話だ。
当たり前といえば当たり前か。
俺は斜めに置かれたソファーに座り、鬼椿から差し出されたコーヒーを受け取る。
鬼椿も自分用のコーヒーを飲みながら、直角に置かれたソファーに腰かける。
「本題に入ろうか」
「俺は第二試合の最後にお前に聞いたな。俺たちが二敗しても、日下を救う術があるのかを」
「結論から言えば、方法はある」
今となっては必要はないことだが、今後に活かせるかもしれないので、俺は真剣に話を聞く姿勢をとる。
「貢献度を600消費することで復活チケットを獲得できる」
「600か。それってどれくらい集めるのが難しい?」
「まあ無理をすれば無理じゃないが、大分難しいな。俺と椿女の貢献度を分け合って購入するつもりだったから、一人で捻出できるのは初等部の序盤からいる奴だろうな」
ざっと一年に貢献度が100稼げたとして、状況によっては大きく出費をしなきゃいけない場合もある。
となると600を用意するのは難しいか。
「いや、本当のことを言おう」
「ん?」
「今だから言うが、本当はあの試合でお前を殺すつもりはなかった。最初のプランでは第二試合、日下は生かしておき、お前だけを殺して俺たちも自害するつもりだった。だがお前が日下を殺したと言うから、生かす方針でいこうと思っていた」
鬼椿の話を聞く限り、600というのは相当大きい。
「しかし熱が入ってしまい、思わずお前を殺してしまった。だから日下も日向も救えなくなった」
「救えない? だがお前と椿女の貢献度を合わせれば容易に600に届くだろ」
「600は一人で消費しなきゃいけない。つまりあの時、俺が日下を救えないことは確定したってことだ」
「一人で……!?」
より一層難易度が上がった。
貢献度は譲渡できない。
少なくとも俺が600を集めることは不可能だろう。
となると救済をすることはできないか。
「だからもし日下を今後守っていきたいのであれば、選別で脱落する前に行動しないといけない」
「そうだな……」
「日下を味方にできないのなら、逆に殺してしまおうとする奴も少なからず出てくるだろう。お前はそんな連中も相手に回すことになる。覚悟はあるか」
「ああ。全力で守るさ」
失うわけにはいかない。
約束したから。
まだ伝えたいことがあるから。
「この学園には俺よりも強い奴はいくらでもいる。だから簡単には死んでくれるなよ。お前には期待してるんだから」
日下の存在を考えてみると、相手になった場合は危険と考えるのが妥当か。
確かに俺でもすぐに始末する選択をとるだろう。
「お前も死ぬなよ」
「だな」
俺たちは互いの心配などしない。
お互いに相手の強さをよく知っているから。
俺は再会の言葉などかけず、レンタルボックスを後にした。
どうせすぐに会うだろう。
そんな予感を残して。
5
俺が入学した四月十一日に開幕した『ダブルデュエル』という命を懸けた選別。
今日は四月二十二日。
時刻は六時を回ったところだ。
そこで選別の結果発表が行われた。
俺は腕時計型端末を起動し、結果を見ていた。
『四月選別「ダブルデュエル」結果
参加者726名、パス選択者189名
脱落者数62名』
それ以外にも、組んだペアとその勝敗の数が事細かに知ることができた。
三輪は二勝し、生存している。
「にしても、一気に62人も……か」
この学園は弱肉強食。
最初の選別で一気に62人も脱落するとは、少しこの学園を舐めていた。
俺の場合、相手が鬼椿だったから一勝一敗の案を持ちかけることはできなかった。だが恨んでいたりしていない場合、一勝一敗の契約を持ちかけるペアばかりだと勘違いしていた。
実際は違う。
結成されたペアの数は363組。その内31組が脱落したということは、十分の一が最初の選別で命を落とした。そして魔王の糧となった。
たったこれだけでも人並外れた魔王の誕生だ。だがこの学園は何百年も続いている。つまり魔王の誕生がどれほど恐ろしいのかを、この数字が物語ってしまう。
「魔王学園か。確かに組織が動くはずだ」
俺はひそかに決意する。
動き出さなくては、と。
俺は引き出しの中にしまったペンダントを取り出す。
「まだ目覚めないか」
ペンダントが目覚めるなら、俺は今以上の力を得るだろう。
だがその日はまだ先になりそうだ。
俺は再びペンダントを引き出しにしまう。
この学園の寮のシステムは非常に優れており、腕時計型端末で本人と認証できた場合にのみ部屋に入ることができる。
自分で持ち歩くより、寮の部屋に置いておく方が安全だ。
──が、俺は再び引き出しを開け、ペンダントを取る。
「いつ目覚めるかも分からない。なら……」
俺はペンダントを首にかける。
首から紐が見えるが、それ以外は服の下に隠した。
それでも三輪は俺がペンダントをつけていることに気づき、責め立ててくるだろうが、その時はその時だ。
俺がこれをつけるということ。
それが何を意味するのか。
「俺はこの学園で魔王になる」
俺は力の限りを振るい、この学園で魔王を目指す。
それが最も被害を出さない方法だ。
三輪は校則を変えるつもりだろうが、その方法も分かっていない。
校則を変える方法はアマレイズレコードでも、禁忌の情報として扱われている。つまり入手不可能情報。
だとすれば確実なのは、俺が魔王になること。
この学園を終わらせ、終止符を打つ。
俺は決意を固める。
そうと決まれば、接触しておかなければいけない存在がいる。
きっとこの学園にもいるはずだ。
それらは。
俺は腰を上げ、部屋を飛び出そうとドアノブに手を掛ける。
さて、どう接触するか。
俺はふと、違和感を覚える。
そういえば日下が魔法戦の講義を受けたのは三輪に言われたからだ。
偶然にも今回の選別の内容は『ダブルデュエル』。
まるで三輪は今回の選別の内容を知り、そして俺にそこで勝つための講義を取らせたように見える。
いや、まさか……。
だがもし俺の考えている推測が正しければ、全て辻褄が合う。
となるとこれからすべきは──
6
選別が終わった。
三輪はある人物に呼び出され、講義棟を訪れていた。
とある講義室へ入ると、その人物は椅子に座って三輪を迎える。
相変わらず部屋の内装は、普通の教室。
窓から外の景色が見えるが、それもただの幻影。窓の外には出ることはできない。
「それで、呼び出した理由とは何ですか」
三輪は年上の彼に、強気な口調で問いかける。
「これまで通りの経過報告をするだけだ」
「そうですか」
男は三輪を空いている席に促す。
三輪は拒むことなく、少し離れた席に腰を下ろす。
「まずは、見事と言っておこう。まさか彼を二勝して脱落させることに成功するなんて」
「相方の陰謀のおかげですよ」
「陰謀?」
「彼女はひそかに相手の飲み物に下剤でも仕込んでいた。でなければ当日の彼らがあそこまで体調を崩すはずがない」
三輪の答えに感心したような反応を示す。
だが三輪にとってそれは嬉しいことでも何でもない。
「一応彼女も組織の一員なんですよね」
「ああ。彼女の他にもあらゆる学年に組織の人物が紛れている。どんな選別であろうと、危険人物を排除できるように」
「ええ、しかしこの学園には危険人物が多すぎます」
二人の言う危険人物。
それは魔王の力を手にした際、世界が最悪の事態を迎える人物のことである。
例えば全ての世界を支配しようとする者、全生命から命を奪おうとする者、好き勝手暴れて世界を混乱に陥れようとする者。
それらを危険人物とし、二人は選別を利用して排除している。
「今回の選別で倒した吸血鬼の彼は、特別危険な人物だった。ただでさえ実力があり、まともに戦えば君が二敗していた可能性だってある相手だ」
「そうでしょうか。私が二敗するほどのへまはしませんよ」
「確かに。君ほどの実力者が彼に二敗するはずがない。だが一敗はしていただろう」
「……そうですね」
そこは否定できない。
もし相方の暗躍がなければ一敗はした。それほどの相手だと三輪は理解している。
「確かに危険人物が多すぎる。だが組織全体で君をサポートすれば、どんな危険人物であれ排除できる。だからこれからも組織の指示には従ってもらう」
「……はい」
三輪は不満を抱きつつも、拒みきれない。
組織への恩や、その思想を正しいと感じているから。
魔王学園が危険だと分かっているから。
だが自分の命が日々危険に晒されていることに三輪は気づいている。
今回倒した吸血鬼には、数人の吸血鬼仲間がいる。今回の結果を見れば、次の選別でちょっかいをかけてきてもおかしくはない。
たとえ組織のサポートがあるとはいえ、常にサポートが届くとは限らない。
だから不安がある。
しかし三輪は弱さを他人には見せない。
それが付け入る隙でしかないことに、三輪自身気づかないまま。
「あと今回はもう一つ、以前にしていた賭けの話をしようか」
「ええ、そういえばそうでしたね……」
三輪と目の前にいる男は賭けをしていた。
「四月選別において、君が日向を殺せるか否か。殺せるかの基準は、魔王の生け贄にすることができるか、だ。そして結果、日向は鬼椿に一勝して生き残った」
「そうでしたね」
三輪は当然殺せるに賭けていた。
本当は直接手を下したかったが、自分よりも鬼椿が適任だと思い、策を授けて任せたが……。
結果は日向の生存。
「今回の賭けに君が勝っていればしばらくは組織の指示を従わなくて良かった。だが君は賭けに負けた。よって今後日向を殺すことの禁止、組織の指示には従ってもらうことになる」
「……はい」
三輪は不服そうに返事をする。
「あんた方は日向にも指示を出すのか?」
「現状は監視するだけだ」
「ふーん。でも彼が動けば私の負担は減るでしょ」
「彼の力量はまだ未確定な部分が多い。今後の選別を見て能力を把握してから、接触をしようと思う」
「今回の選別は見てないの?」
「見たさ。だが日向は戦いへの慣れが抜けている。戻るまでは、危険な任務を任せることはできない」
「あっそ」
三輪は肘をつき、頬を預けて不満を包み隠そうともしないため息をこぼす。
「日向……」
時が過ぎていく。
既に諸々の話を終えていた。
「そういえば、日向は誰が監視してるの? ここしばらくは日向の実力を調べるんでしょ」
「何故そんなことを聞く?」
「ただ気になっただけだよ。で、誰?」
「フレア・シンカだ」
「エルフの子だっけ」
その名前を聞き、三輪は少し考え込む。
「確か彼女って私が三年目の時、日向と同じ班に所属してたよね」
「ああ、だから監視は任せた」
「監視だけで、接触はまだしないんだよね」
「そのつもりだ」
三輪はまたしても考え込む。
「どうした?」
三輪の態度が気になり、男は問いかける。
「私は日向が何を考えているのか分からない。あいつのことが嫌いで、知りたくもないっていう理由もある。でも一番の理由は、たまに奇妙なことをする。まるで全く別人になったように」
三輪の言葉に男は何も答えなかった。
「それで、日向が何を企んでいると思っているんだ?」
「分からない。でも、何かは企んでいる」
「曖昧だな」
「でも、日向は危険人物だと私は思っている」
「それは、日向を殺せと?」
「そうだ」
男の試すような問いに、三輪は迷いなく答える。
日向の異質さを近くで感じたからこそ、三輪はその答えに至った。
「だとしても、お前は賭けに負けたんだ」
「分かっています」
三輪はそれ以上口にしなかった。
「では、失礼します」
三輪は講義室を去り、講義棟を後にした。
一人になった講義室。
男は何かを待つようにその場に留まり続けた。
そしてある人物がやって来る。
「待っていたよ──」
「──日向」
講義室に現れたのは日向だ。
エルフの少女も一緒だった。
「話をしに来ました。今後に関わる、とても重要な話を」