第八話「後日談」
鬼椿との決闘が終わった次の日。
俺は日下とともにカフェに来ていた。
結局昨日はカフェに行けなかったからな。
「日向くんは何を頼んだの?」
「今は貢献度不足でミルクとミニパンの二つだ」
決闘で一勝できたおかげか、せっかく貢献度が30増えたわけだが、すぐに三輪の貢献度増減を確認するために貢献度を消費し、今の俺の貢献度7しかない。
そのためか注文できるメニューは少なく、簡素な料理と少ないボリュームだ。
だがミニパンは一日に三つまで頼めるため、俺はミニパンを三つ頼んでいた。とはいえミニパン一つの大きさは団子より少し大きいくらいのため、あまりお腹は満たされない。
「ひょっとしてアマレイズレコードで消費したの?」
「ああ。知りたいことが色々とあったからな」
「そっか。じゃあ私の分を分けてあげるよ」
日下は俺が貢献度不足なのを分かっていたのか、あらかじめ多めに商品を頼んでいたようだ。
キャラメルラテにフルーツケーキ、パンケーキを二つ。
日下は俺にパンケーキを一つ差し出してくれた。
「ありがとう」
頭を垂れ、敬意を表したいほど俺は感謝し、パンケーキを受け取った。
もうしばらくは食べることはないだろうと思っていたが、甘いものに食いつけるなんて。
俺は甘い香りに喉をならす。
「日下はどれくらい貢献度あるんだ?」
「今回の選別で振り込まれた貢献度を合わせると、321だね」
「そ、そんなに!?」
俺の貢献度なんか足下にも及ばないほどだ。
「まあ私はだいたい四年くらいはこの学園にいるからね」
「じゃあ一年で100稼げるか稼げないかくらいか」
「トータルで言えばそうだね。でも選別は必ずしも貢献度を得るだけじゃない。消費しなきゃ生き残れない選別だってある」
となると貢献度が少ない俺は結構まずいな。
「確かに今回貰った貢献度は一勝一敗だが30ポイントはあった。毎月行われるとなると、あと十一回も残ってる」
毎回それくらい貰えれば、一年で300は簡単に超えてしまう。
だが消費が必要となってくると、今後も厳しい戦いになってくるだろうな。
「やっぱりそっか」
「ん? やっぱり?」
「今回私が獲得したポイントは25ポイント」
「あれ……。5ポイント違う……ね?」
選別で貰える貢献度の基準ははっきりとしていない。今回だって明示されていなかった。
何か基準があるとしても、俺は二試合とも死亡し、日下は最後の試合は生き残った。多くても日下のはずだが……。
何か俺の考え至らない基準があるのか。
「その5ポイントの差は、面白いかどうかだと思うぜ」
まるで話を聞いていたかのように、ある男が話に割り込む。
「鬼椿か」
隣の席では、鬼椿と椿女が既に食事をしている最中だった。
鬼椿はカレーを、椿女は苺とブルーベリーの乗ったパンケーキとチョコストロベリーモカを頼んでいた。
俺が椿女の頼んだ料理をじっと見ていると、睨まれたのですぐに視線を逸らす。
日下は少し居心地が悪そうだったが、気にせずパンケーキをナイフで切り始めた。
「偶然か? それとも……」
「今回は三輪の計らいじゃねえぜ。本当に偶然だ。俺も今回ばかりは驚いてる」
二度の必然と一度の偶然。
さすがに何か不思議な縁があるのかと思えてしまう。
「だが鬼椿がカフェとはな。合わないと思うぞ」
「俺も来たくて来たわけじゃねえ。椿女に付き合ってるだけだ」
確かに椿女は楽しそうにパンケーキを味わっている。
甘いものはどの種族にも至福なのだろうか。
そんな風にずっと視線を向けていると、再度睨まれ、また視線を逸らす。
「それで、面白いかどうかって何だ?」
「そもそも貢献度は誰が判断してると思う?」
「誰って……アマレイズかな」
「だろうな。この学園のシステムは全てアマレイズが管理している。だから貢献度もアマレイズが決めているんだろう」
まあ他に貢献度を決められる人物はいない。
全ての試合は非公開なわけで、少なくとも学生が貢献度を決めていないことは分かる。
そして多くの情報が規制されている中、全ての情報に目を通せるのはアマレイズだけだろう。
それに全学年多くの生徒の貢献度を一括管理できるのは、アマレイズという高度な存在だけだ。
「じゃあアマレイズが面白いと思えば貢献度が上がるのか」
「俺はそう睨んでいる」
だとすれば大分ひいきが入りそうだが。
「もちろん最低限の基準はある。選別での戦績には事細かに貢献度の基準がある。その上で、選別でどのような策略を巡らしたか、どう実行したか、その面白さによって、アマレイズが加点している」
「根拠はあるのか」
「ないな。だが五年もこの学園に在籍していれば分かる。俺が奇抜な戦略を見せるほど、周りよりも貢献度が多く貰えた」
「戦略が大事ってことか」
「まあそれだけじゃないと思うが、面白さで決めているというのは確かだろう」
俺は改めてこの学園の面白味に触れる。
貢献度を増やす方法は他にも幾つかあるのかもな。
「ところで日下、次の選別は何か分かってるんだろ」
「ふん」
日下は鼻を鳴らし、鬼椿の問いかけに無視を決め込む。
「残念だな。お前がいれば選別に対して有利に進めることができたのに」
鬼椿が悔しがるのも無理はない。
俺は日下の能力を知って、それほど鬼椿が日下を欲している理由が分かったから。
日下の能力は『未来図書館』。
あらゆる未来を知ることができる。
だが条件はあり、自分に関係すること、生死に関することは知ることができない。
他にも細かい条件はあるが、それでも使い方次第で戦況を有利に進めることができる。
だが、彼女はその力を恨んでいるだろう。
その力を手にしてしまったがために、信頼していた人に傷つけられ、鬼椿に狙われたのだから。それ故、多くの友が死んでいくことにも繋がった。
俺は日下にその能力の使用を強制することはない。むしろ使わないように計らうつもりだ。
もちろん彼女が能力を使うことを自分から提案する日が来れば、俺は受け入れるだろう。
だが、今ではない。
今は彼女に信頼してもらう時期だ。
未来など知らなくても、俺はこの先を生き残ることができる。
「まあいいか。俺たちは俺たちでプライベートを楽しむさ。お前も次の選別まで休みを楽しめよ」
そう言って、鬼椿は俺たちに背を向ける。
俺たちは各々甘さに浸り、至福の時間を過ごす。
やっぱり甘いものは素晴らしい。
今まで甘いものを食べてこられなかったからこそ、その魅力を舌で感じる。
「これからどうする」
「しばらく行ってなかったし、ゲームセンター行きたいな」
きっと一人になってから、娯楽施設には行けていなかったのだろう。
「じゃあ食べたら行こっか」
そんな話をしている時には既に鬼椿らはカフェを去っていた。
食べ終わると、俺たちは娯楽施設が揃うアミューズメントエリアへと足を運ぶ。
1
この学園は明らかに見た目以上の大きさを有している場所が幾つもある。
それは講義室のように空間を拡張できる魔法をアマレイズが使用しているからだろう。
その例に漏れず、ここアミューズメントエリアもそうだった。
ビル十個分ほどの大きさの場所に、水族館や動物園、ゲームセンターやショッピングモールなど、明らかに入りきるはずのない施設が余裕の広さをもって点在していた。
恐るべし魔王学園。
「じゃあまずはゲームセンター行こっか」
日下は俺の腕を引っ張り、跳び跳ねながらゲームセンターに向かう。
置いていかれないよう、俺も足早に後を追う。
「最初はこれね」
ゲームセンターの定番、エアホッケー。
俺は元いた世界であかりたちと遊んだ記憶を呼び起こす。
「日向はエアホッケーしたことある?」
「あるよ。結構上手いよ」
「私も勝つ自信はあるよ。だから負けた方が罰ゲームね」
「ば、罰ゲーム……!」
俺はアタッカーを持つ手を震わす。
「私が勝ったら、日向には明日も付き合ってもらう」
俺は思わず笑った。
こうなったら俺も乗ろう。
「俺が勝ったら、明後日も付き合ってもらう」
「結局付き合うんじゃん」
おかしくて笑ってしまう。
昨日まで死と瀬戸際の日々を送っていたとは信じられないな。
あの日を生き残って良かったと思える。
だって今がこんなにも楽しいから。
「じゃあ行くよ。絶対に勝つ」
俺と日下は白熱したエアホッケーを開始する。
壁を使ってジグザグの軌道を刻むが、日下は軌道を完全に読み切り、俺のゴール目掛けて一直線に打ち返す。予想以上の一撃に、俺は早速一点を奪われる。
「つ、強い……!」
「まだまだだね」
「いいや、勝負はまだ始まったばかりだ」
今度は先ほどよりも速く放ち、ジグザクの軌道をより速く刻む。日下はそれでも動きについていき、今度は壁に一度ぶつけてから俺のゴールを狙う。
「ぐっ……」
再び俺のゴールが埋まる。
「これで二点目」
俺は逆転の好機を目指して様々な策を展開するが、日下は全てに対応して得点をもぎ取る。
まるで壁。
全ての軌道を跳ね返され、一点を奪われ続ける。
気付けば得点は21-3。
「私の圧勝だね」
日下は笑顔で俺に歩み寄る。
どんな策も日下の前では紙切れでしかなかった。
全てはいとも容易く破られる。
「俺の敗けだ」
「えっへん。それじゃあ明日も付き合ってよね」
そっか。
たとえ負けても、結局ご褒美か。
俺は顔を上げ、また別のゲームで日下と遊んだ。
2
二時間ほどゲームセンターで遊び、締めのゲームとして再度エアホッケーの場所へ向かった。
数台ある台の内、真ん中の台で激しい戦いを繰り広げている二人がいた。
「あれって……」
偶然って怖いな。
一方が相手のゴールに入れると、得点板に一点が加算され、21-8で勝負を終えた。
勝負が終わり、負けた男が少し不機嫌な表情を浮かべ、俺と日下に気付く。
「おっ、日向じゃねえか。奇遇だな」
本当に偶然かどうか疑わしいほどに、俺はまた鬼椿と椿女のペアに遭遇した。
「まさかまた会うとはな」
「本当は後をつけたとでも思ってるんだろ」
「まあその可能性も考慮してるが、決闘後の休日を過ごすなら、こんなところで会っても不思議じゃない」
「まあな」
にしても気になるのは、偶然会ったことよりもエアホッケーの結果だ。
「にしてもお前が負けるとはな」
少なくとも戦闘において、椿女が鬼椿に勝てることはないだろう。
椿女の攻撃は素早さはあっても威力がない。鬼椿に傷をつけようと、鬼椿は鬼並み外れた筋肉で受け止め、簡単に仕留めることができるだろう。
だがエアホッケーでは違うか。
「力入れすぎて玉がどっか飛んでっちまうんだよ」
「馬鹿力過ぎるだろ」
相変わらず鬼椿は恐ろしい。
俺が鬼椿と雑談に花を咲かせていると、椿女が好戦的な瞳を向けながら歩み寄る。
まさか……
「日向、私と勝負しろ」
やっぱりか。
「鬼椿様は強いですが、エアホッケーをするには力が強すぎて勝負するのが怖いんです。しかしあなたなら普通の勝負ができるでしょ。それに、決闘での負けをここで返しておきたいんですよ」
鬼椿とのエアホッケーに不満を漏らし、俺に挑戦状を叩きつける。
鬼椿なら音速を超えた攻撃でもしてきそうだ。
ともあれ、せっかくの休日だ。
楽しまなくちゃ。
「その勝負、受けてたとう」
「その威勢ごと叩き潰してやるから覚悟してくださいね」
椿女は俺にバチバチの戦意を向け、勝負することに胸を高鳴らせているようだった。
俺と椿女が台に移動している間、日下が鬼椿に歩み寄っていく。
いや、まさか……
「鬼椿、私と勝負しろ」
今までの恨みをぶつけるためか、日下が鋭い視線で勝負を挑む。
鬼椿は愉快そうに微笑む。
「いいぜ。だが俺は手は抜かない。覚悟しろよ」
「その方がいい。負けた時に手を抜いたなんて言い訳はみっともないだけだから」
いつにもまして自信満々の様子だ。
俺VS椿女、日下VS鬼椿の戦いが始まる。
それぞれの戦場で火花が散る。
決着は思いの外早く終わり、俺は椿女に5-21で負けた。鬼椿は日下に4-21で負けていた。
「おいおい、これは夢か」
「夢にしてはリアルすぎる」
俺と鬼椿は惨敗し、互いに肩を並べてベンチに腰かけていた。
日下と椿女は二人並んでエアホッケーで遊んでいる。
「俺たちもやるか?」
「いや、やったところで変な試合になるだけだ」
「自分の下手さをちゃんと理解しているみたいだな」
「力の加減ができないだけだ」
「それを下手って言うんだよ」
「言い得てクソだな」
鬼椿は鼻で笑い飛ばし、天井を見上げる。
「これから何があるか分かんねーし、友達登録でもしとくか」
「お前から言うとは思わなかったな」
鬼椿が「友達」なんて言葉を使うと、違和感を感じるのは俺だけだろうか。
「ただ近日中に話してあげても良いと思っただけだ」
「何をだ?」
「ダブルデュエルの第二試合の最後、お前が俺に聞いたことについてだ」
そういえば聞いていたっけな。
たとえ俺たちが二敗したとしても、日下を救う術があるのか否かと。
「今ここで話しても良いんじゃないか」
「今日は完全なプライベートなんだ。選別のことは一旦忘れたい」
「そっか……。それもそうだな」
戦いの疲れがまだ残っているだろうし、あまり考えたくはないか。
俺も鬼椿の意見には同意だ。
「それにしても、日下があんなに元気に振る舞うなんてな。何年ぶりだ」
「お前のせいだろ」
「まあな。だから勝負を挑まれた時は驚いた」
日下はエアホッケーが強いが、だからといって嫌いな相手と勝負をするなんて嫌でしかないはずだ。
「日下は強いんだよ。お前が思っている以上に」
「強い……か」
鬼椿はじっと日下を見る。
「今後、日下は強敵になるかもな」
「強敵になるさ。あいつには俺がついているんだから」
「随分と自己評価が高いんだな」
「正当な評価だろ。俺はお前を倒したんだし」
「やっぱりお前は面白いな。お前に関してはよく分からないことも多い。気になることも多々あるが、今日のところは見逃してやる」
どうせ近々話をする機会が設けられる。
今はただの雑談だけでもしていよう。
俺と鬼椿の雑談が雑に流れていく間に、日下と椿女の勝負が終わった。
延長までもつれ込み、結果は33-35で日下が勝利した。
ほらな。日下は強いだろ。
3
俺は一日日下と遊んだ。
集合したのは九時。気付けば二十五時を向かえていた。
空が暗くなっていくのを見上げながら、俺と日下は寮への道を歩く。
「今日は楽しかったね」
「うん。ここに来てこんな楽しい日が過ごせるなんて思ってもいなかったよ」
命懸けの戦いが行われる世界。
死に脅える毎日が待っていると思ったけれど、実際は違った。
ただ楽しい。
俺は今日を過ごしてそう思った。
できれば命の奪い合いなどない、ただ楽しい学園であったなら、そう思う。
「私、日向に会えて良かったよ」
日下の笑顔を見ているだけで、戦った甲斐があったと実感できる。
「日向はさ、私に会えて良かった?」
「当然だ。会えたから、俺は今こんなにも楽しい」
「そっか。私と同じ気持ちか」
日下は目を閉じ、口角を上げる。
しばらく沈黙が続くか、心が通じ合っているような心地よさがあった。
「日下」
俺は足を止める。
自然と日下の足も止まる。
「俺は……」
いざ言葉にしようとしたそれは、口にするにはとても重い。
想いの数だけ、言葉にできない。
日下は俺を見て、黙って待っている。
きっと俺が何を言おうとしているのか、分かっているのだろう。
受け入れるつもりか、それとも──
「俺は、いつの日か、日下に伝えたいことがある」
今は言えない。
信頼は長い間を積むものだと、俺は日下に言った。
だから今は、その時じゃない。
「いつか必ず伝えるから。それまで待っていてくれ」
伝えるから。
だからどうか、一緒に生きよう。
この言葉を伝える日まで。
俺は日下の側で生き続ける。
「うん、待ってる」
こうして俺と日下は、少し寒い空の下を、互いの肩を寄せながら、ゆっくり歩く。
どうか今は、この時間に浸らせて欲しい。
ただ君がいる、右隣を見つめて。