姫との別れ
迎えが来た、と言われて、ここまで自分に大きな喜びが湧いてこないのも不思議だった。
それだけ、この城で過ごした時間を悪くないものと思えている証拠だろう。
ぶくぶくに太ったりはせず、体型には恐ろしい程変化はない。こんなの、食べたら食べた分だけ成長に反映されるんじゃないの、なんて妄想してしまうくらいには恵まれた身体だ。大人の身体とは違うのだと思わされつつ、しかし何となく、戦闘に関する諸々が鈍っているかもなぁとは感じていた。
後でしっかり勘を取り戻しておかなければ。元の世界に帰る術を見つける前に、なまった身体のせいで死んでしまったら死ぬに死にきれない。
とまぁ、そんな俺の考えなどつゆ知らず、俺が傭兵団の皆と出立する日に、俺の「お別れ会」が実施されることになった。
俺としては、傭兵団の皆に忘れ去られたのでないことが分かって感無量だ。それにしては皆の姿が見えないが………後から会わせてくれるだろう。
「ソウジっ………!」
「姫様………」
燦々と輝く太陽が、庭園を埋め尽くさんばかりの花々に惜しみのない慈愛の陽光を注いでいる。
水をやったばかりで濡れた花々がキラキラと光り、まるで俺の門出を祝福してくれているかのよう―――
「ソウジ………ソウジ………!」
「……姫様」
それはそうと、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくる姫様。
彼女がこれほど懐いてくれたのは、俺としては結構な計算外だったが………。
しかし彼女がここまで別れを惜しんでくれるのなら、俺ももうちょっと城にいても良かったかなぁ、なんて思ってしまう。良くないことと知っていながら、流されそうになってしまう俺の意思も、またどうしようもなく薄弱なのだった。
この姫様、礼儀作法は元より、何より根が素直でいい子なのだ。思わず傍で応援したくなるような。
「泣かないで、姫様」
「ソウジ………私達、またきっと会えるわよね」
「もちろん、俺達はまたきっと会えます」
「信じているわ………ずっと」
「ええ。俺も、信じましょう。未来の二人の、再会を」
まるで今生の別れのような挨拶だ。
気付けば庭園の真ん中にいる俺と姫様を囲むように、回廊にはお貴族様達がずらりと見物に訪れていた。
姫様に取り入るゴロツキを一目見に来たのか、あるいはそんなゴロツキに入れ込む姫様を笑いに来たのかは分からない、が、見る限り、俺と姫様のやり取りに涙する者がほんの数名だけ存在することから、貴族にも色々いるのだろうとは分かった。
まぁ、姫様を彼らのための道化にするわけにもいかない。
俺は姫様の背にさりげなく回していた腕をほどき、彼女に最後の別れの挨拶に入る。
「様々な思い出ができましたね。こっそり厨房に忍び込もうとしたこととか、魔法の鍛錬とか、部屋で一緒にたくさんお話したりもしました」
「ええ。そのどれもが、私にとって………………最高の、思い出となりました。ありがとう、ソウジ」
「いえいえ」
俺の空気が変わったのを察して、姫様もそれに合わせてくれた。
何とも察しが良い、というか、彼女だって俺と変わらない、小学校で言えば高学年くらいの年齢のはずだ。
全く、この世界のガキはマセているなとも思いつつ。
「あり……がとう………いっぱい、思い出………っ!」
「仕方ありませんね」
またしゃくりあげ始めた姫様を抱き寄せる。ふんわりとしたドリルロールの金髪が、腕にくすぐったい。
ああ、今度こそ、本当に終わりにしなければならないのだが、親心とでも言うのか、これからの姫様の成長を見届けてやりたいとも思ってしまう。
だから、今度こそ本当にお別れムードにしなきゃいけないんだって。
庭園を囲む回廊には、何だか、明らか不機嫌にしか見えない、あの大臣の姿もあるし。
視界の端に映る彼は、それはそれは俺を姫様をたぶらかす邪悪であるかのように、忌々し気な視線をこちらに向けているのが分かった。
まぁ、洗脳係兼教育係なら、俺の与えた影響を好ましくないと考えるのも道理だな。
身分も違い、生きる世界がそもそも違う。俺サイドだけが知る事実も付け加えるなら、魂の年齢だって違うのだ。
交わるはずのない運命の交差ってやつだ。全く面白い。
……よし。俺の方でも覚悟が決まった。
お別れ、しよう。
「姫様。俺の贈った言葉は憶えていますね?」
「……ええ。『想いは、内に秘めておく』―――そうしたら、誰に何を言われたってへっちゃら、だって………」
「相変わらず素晴らしい記憶力ですね。それだけの才覚に強い意志が合わされば、もう姫様は大丈夫でしょう」
「………っ!!」
ギュッ、と力を入れた両の握りこぶしを胸の前に寄せて、姫様はコクンと頷いた。
その両目は潤んでおり、何なら涙までこぼれてしまっているが、もう、大丈夫だろう。
その青い目に、心に灯した火は、メラメラと燃え続けているようだ。
「もういいな」
俺達のやり取りを見て頃合いを察した衛兵の一人が、俺の肩を掴む。
「……はい。お時間取らせてすみません」
「なぁに、今はお前のお別れ会なんだ、あんだけ姫様を泣かせたなら上々だろ」
「ありがとうジョン」
「!? てめっ、いつの間に俺の名前なんて―――」
振り向くと、今まで俺達を優しく見守ってくれていた、名もなき衛兵―――ジョンは、それはそれは驚いていた。
名もなき衛兵の一人にも名前はあった。
俺は姫様にこっそり教えてもらっていた。彼はジョンだ。
ジョンは今、甲冑に兜を装着していて、今は仕事中なので脱ぐこともできない。
だから代わりに、彼にできる最大級の返礼として、そうとは分かりにくい仕草で。大勢の貴族達が見守る中で、兜のひさしを上げる仕草に紛れさせながら、俺に敬礼してくれていた。
「またな、ソウジ。それじゃあこれから、城の前まで連れて行く」
「………はい!」
俺は最後、もう一度姫様の方を振り返り、彼女に視線を合わせ―――。
「………ま、またっ!」
彼女が先に、大きな声を上げた。
「また会いましょう、ソウジっ!」
「ええ、いずれまた、お会いしましょう、姫様」
叶うかも分からない再会の約束なんぞをして、俺は庭園を後にするのだった。




