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【毎日更新】ユウシャ・イン・ワンダーランド ――ゼロ・ローグ―― ~異世界に来た元サラリーマン、異世界ライフのスタートは野盗の群れでした~  作者: むくつけきプリン
お城に招かれて

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心に火を灯して

 隣室のやり取りを盗み聞きしていた俺は、姫様がその部屋を出て行く音を聞きつけた。

 そしてほどなくして、俺のいる部屋の扉が「バァンッ!」と勢いよく開かれて―――。

「うぅっ………ぐすっ………………!」

「おやおや、どうしましたかな」

 こちらの部屋に泣きながら入って来る姫様に、俺は努めて優しく声をかけた。

「大臣みたいな口調やめてっ」

「し、失礼しました」

「出て行って!」

「おっと……?」

 俺を部屋の外に押し出そうとする姫様。

 泣きながら、顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙声で。

 その様は悲痛というほかないが、子供って泣く時も全力だもんな。

 彼女が顔の横から垂らすドリルロール金髪。整った髪型も、今はやけに不釣り合いなものに見えた。

「(いつものことだ)」

「……!」

 既に部屋から出て行こうとしていた衛兵の青年は、こちらにそう囁いた。

 いつものこと、とは。コレが?

 首を傾げる俺に、青年はもう少し詳しく説明してくれた。

「(姫様は泣く時は一人で泣かれたいのだ)」

「(なるほど)」

 衛兵はそのように説明するやいなや、本当に部屋を出て行ってしまうのだった。

 俺も今、姫様に背中をぐいぐいと押されて、部屋から閉め出されようとしていて―――。

「早くっ……!」

「………」

 しかし、ようやく軟禁状態も姫様主導で打ち切りかと、もしやお役御免になるかもと、この千載一遇のチャンスを、こちらに非はない形で嫌われる機会を、しかし喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 不思議だ。

 今俺は、この部屋から出て行くのを猛烈に拒否したい想いがある。

「出て行って……!!」

「いやです」

「!?」

 俺は顔だけ振り返り、姫様の泣き顔を真顔で見つめながら拒絶した。

 初めて真っ向から、姫様に楯突いたかたちだ。

「どうしてっ……!」

 ぶわっ、と姫様の顔に涙があふれる。

「どうして誰もっ、肝心な時に言うことを聞いてくれない、のぉっ……!」

「………」

 泣き崩れる姫。

 既に俺の背中を押していた手に力はなく、そのまま俺の足にすがるようにして、床にへたり込んでしまう。

 誰も私の言うこと聞いてくれない、と嘆く姫様。肝心な時に、絶対に願いが叶わないの、と悲嘆に暮れる姫。

 それは………まだ幼いながらも、姫様が味わっている絶望の一端だろう。きっとこの先、その種の絶望を、まだまだ味わっていくのだろう。

 正直、俺には関係ない話。

 本来なら、俺が関わるべきでない世界の住人だ。

 それでも―――。


 ―――『まだソウジと話し足りない!』

 ―――『ソウジ、お腹が空いたの?』

 ―――『私も頑張るぞ!』

 頭の中には、元気溌溂とした姫様の、輝かんばかりに豊かな表情が浮かぶ。

 ワガママで、お転婆で、勉強熱心な、どこにでもいる女の子の―――無邪気な表情だ。


「俺は姫様の言いなりにはなりませんよ」

「……っ!?」

「俺は姫様の近衛じゃありませんし………それに、イエスマンばかりじゃ困るでしょう、実際」

「なっ、なにを………」

 ぐすっ、と鼻をすすり、目元を拭って、姫様は驚きながら俺の話を聞こうとしている。

「なんだよぅ、ソウジぃ、誰の味方ぁっ……!」

「誰の味方か、と問われますか」

「私と大臣、どっちの……! 大人はみんな、大臣が正しいってっ……!!」

「ふむ………」

 俺だって、おそらく存在するであろう姫様の許嫁のことを詳しくは知らない。大人に何もかも決められて納得いかない子供の心理だって理解できる。

 そりゃあ、正論は受け入れにくいだろう。

 思い通りにいかない世界で、「正しさ」はむしろ姫様にとっての味方ではないからだ。

 じゃあ、正義すら味方してくれない、幼い子供の味方は、一体誰なんだ。

 それこそ親であるべきだが、やはり身分ゆえか、色々あるのだろう、親子の触れ合いは見ていない。

 忙しい王様やお妃様が姫様と戯れているところは、俺も今まで一度も見たことがなかった。

 姫様の味方………味方、か。

「姫様は難しい世の中にお生まれになりましたね」

「……っ」

 俺だって、この世界の事情を知り尽くしたわけじゃない。

 戦争のない国に育ったから、戦争のことだってぼんやりとしか分からない。

 けれども、どんな世の中だって、こんな、何の罪もない子供が犠牲になって良い理由はないはずだ。

 強く、そう思った。

 そもそも姫様は、何の罪もない子供だ。しきたりや規則、そしてこの戦時中という情勢下で、雁字搦めなだけの。

 だから俺は、俺に出来ること、かけてやれる言葉を探して、それを姫様にあげようと思った。

 俺がこの世界に来て、ずっと胸に秘めているもの。郷愁でもあり、決意でもある。帰る意思、生きる意志。

 胸に強い意志を秘めることが、何より人を強くする、と。

 幼少期のトラウマをロクに克服できず、変わらず誰かを失うことに怯え続けた人生だったが、それでも、そんな俺でも、今は分かる、今は持っている、大事なもの。

 この想いを、分けてあげることにした。

「―――姫様。老婆心ながら、ひとつ、俺から有益なアドバイスを」

「……?」

 俺が何か大事なことを言おうとしている気配を察し、姫様は話を聞こうとしてくれたようだ。こちらの背中をぐいぐいと押していた手が止まる。

 俺もまた身体で振り返り、真正面から姫様を見据えた。

「きっとこれからも、姫様が抱える想いや願いは、叶わぬことも多いでしょう」

「………っ!?!?」

 分かっていた。本人とて、理解はしていた。

 改めて指摘されるまでもなく、その未来への閉塞感や絶望感は、きっと無意識のうちに感じていたもののはず。

 そしてそれはおそらく、その境遇が現実にしてしまうものだろう。

「いいですか、今から俺は、大事なことを言います」

 子供に言い聞かせるよう、俺は前置きをして、しっかりと目を見て話す。

 彼女の絶望が、この先少しでも和らぎますようにと、願いを込めて。

「―――想いは、内に秘めておくんです。誰に何を言われても、世界がどう変わろうとも、自分がどうなろうとも。それだけは捨てない、失くさない、そんな想いを、ずっと胸に抱え続ける。そうしたら、誰に何を言われたってへっちゃらです」

 まぁ、少し誇張が混じった。俺だって、他人に嫌なことを言われれば普通に傷つく。普通にヘコむ。

 ただ、それでも帰る意思までは失くさないだろう。生きる意志は手放さないだろう。

 だから、これを、俺が俺自身で確かめてきたものを、俺は姫様にあげるのだ。

「―――だから俺だって、姫様の言うことを全部聞いたりはしないんです」

「………っ!」

 身が竦む想いに何とか耐えるように、姫様がその胸の前に作る、両手の握りこぶし。

 それらを無理やりまとめて、がっしりと俺の両手で包み込んでやる。

 小さな手だが、温かい。目の前には、姫様のぐしゃぐしゃな泣き顔がある。将来に漂う閉塞感に、今にも負けそうな心がある。

「俺は姫様のイエスマンじゃない。姫様の言うことを、全部聞いたりはできませんし、同い年の遊び相手に過ぎません。結局のところ、()()()()()()()()()()

「ソウジは、ソウジ………分かってる、ぞ、そんな、こと………」

「いいえ、まだ分かった気になってもらっちゃ困ります。これからが大事な一言なんですから」

 俯く姫様に、少しばかり俺は腰を曲げ、屈んで、彼女の顔を覗き込むようにして、今度こそ、一番大事なことを、目を見て話す。

 利発な分、理解が早いからと、この話を早合点してもらっては困るのだ。

「俺は俺でしかない。()()()―――」

 そもそも俺は、姫様にとって何でもない一般人でしかない。大人になれば忘れてしまう程度の存在。

 きっと誰しも、幼少期に触れ合った人間の多くが、そうなっていくのだろう。

 けれども、今だけは。

 少なくとも、俺だけは。

 そんな存在でも、きっと、姫様の心を、少しだけ強くするくらいはできる。

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………っ」

 俺の言葉を聞いた時の、姫様のその顔はなんと形容したら良いだろうか。

 ポカンとして、何かに気付いたように、目を見開いて。

「ソウジは、ソウジだから、私の、味方………」

 ゆっくりと、俺の言ったことを反芻する姫様。俺の目を見ながら、俺の言葉を繰り返す。

「……ええ。と言っても子供なので、まだ頼りないでしょうけれどね。でも見ていてくださいよ、いずれ俺は、屈強な男達にも負けないヤツになります。見たでしょう? 俺の仲間達を。あんなのに囲まれてたら、流石の俺だって少しはガタイが―――」

 年端もいかぬ子供に大真面目に語りかけたとあって、俺も今さら少し恥ずかしくなっていた。

 そんな中で茶化そうとする俺の前で、

「………っ!」

 姫様は少しばかり震え始める。

 それからすぐに、

「うわぁあぁああああ!」

「おっ―――と」

 泣きながら突進して来て、勢いよく抱き着いて来た。

「うぅぅぅぅ! ぅぁぁぁああ! ソウジ、私、私ぃ………!」

「………よしよし。よく、頑張っていますよ、姫様は」

 普段、抱えていたものが、零れるように。

 あるいは大量の涙で、何かを潤し、洗い流すかのように。

 俺の腕の中で大号泣する姫様の背中を、俺は優しく撫で続けた。

 そういえば姫様の様々な表情は見たことがあるが、泣き顔は今日まで見たことがなかったな、と。

 ここ一週間と少しという、短い間のことを、ぼんやり振り返りながら、俺はそう思ったのだった。

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