ダンジョンコア・キーパー“黒毛の巨人”戦
『ブモォォォォオ!』
黒毛の巨人が足を大きく踏み出すと、モッチを除いて俺達は一斉に左右に散開。
各所から各々なりの一撃をお見舞いしようとする。
「そぅらッ!」
俺の視線の先で、ニールのアニキが魔法を放つ。
『グォァァァアアアアアアアッ!!』
彼が無詠唱で使える火炎放射は、即座に相手の巨大な全身を包み込む―――が、そいつが纏う黒いオーラが、魔法を無効化した。
魔法を無効化!? とか一瞬だけ焦りそうになるが、しかしこれで、黒いオーラは一時的に相手の身体から消失。つまり、次からは魔法が通じる公算が大きい。
ニールニキの魔法もそれを無効化した黒いオーラも晴れた後は、その鈍い輝きを放つ、黒い毛並みの人型をした巨体が露わになる。
『フーッ、ブモオオオオオオオ!』
次は巨人の攻撃ターンだった。巨人が大きく振り下ろした、その巨体に見合うだけの巨剣。
「―――うぉぉおッ」
それを真正面から、モッチもまた太めの剣で受け止める。
「モッチ、踏ん張れよ……!」
ニールニキが願うように眺めるのはモッチ。相手がその巨体で振るう巨大な剣を、モッチもまた剣で、その怪力で受け止めているわけだ。
大上段に振るわれた巨剣を真正面から受けたことで、モッチの足が地面に沈む。
あのモッチをしてここまで押し込まれるか。相手の膂力は相当だ。
身体がデカいのも見た目だけでなく、まるで当然のように備えた、馬鹿力。このままではモッチも長くは持たない。
「ぐぅぅぅっ……! ドラぁ、頼んだぞぉ!」
「任せろ―――!」
モッチが踏ん張っている間、側面から回り込んだドラが、黒い毛並みの巨人の足元で止まり、その巨体の足に鋭い剣を振るう。
鞘に納めた刀を抜き、居合―――抜刀。
一閃。
並の人間どころか、訓練を受けたどこかの王国兵士ですら細切れになる絶技。
一閃、と言いながら、その一瞬のうちに走る剣閃は幾本にも上る。
「―――チッ!」
銀色の糸のように走った、いっそ美しい程に見事な剣閃だったが、しかしそのどれもが巨体の足に満足なダメージを与えられない。
黒い毛並みを剃って露出した肌に、浅い傷を何本か。これでは切断どころか、大量出血すら狙えない。
黒い毛そのものに物理防御力は皆無なのが判明したが、それだけだ。
「ここは急所ではない、か―――ぐっ!」
大技を放った後隙を突かれ、ドラの身体が吹っ飛ぶ。
黒い毛並みの大猿みたいな巨人が、足を振って近くにいたドラを蹴飛ばしたのだ。
ドラの回避が間に合わなかった。
彼の動きは決して遅くはなかったのに。
むしろ大技を放った直後にしては、残心として体勢は素早く立て直せていたはずなのに―――いや、違う、ドラは―――相手の足の指を。
『グォォォオオオオオ……!』
唸り声のような悲鳴を上げる黒毛の巨人。見れば、その足先が―――足の指が、一本だけなくなっている。
―――次の瞬間、もう三本、指が追加で斬り落とされる。
人間の足とはやや構造が違うようであるため、残った足の指はこれでゼロ。文字通り、足の指がなくなった。
すごい、巨人の足先から血が噴き出している。
「ぐぅぅっ!?」
次、ドラとは反対方向に、もう一人が吹き飛んでいく。
巨人が、自分の足に何をされているか分かり、部屋の壁に叩きつけるよう、今度は思い切り足を振って蹴り飛ばされる―――あれは、オヤジだ。
ドラは、回避より、いかに攻撃の起点を作るかで後者を選んだ。無茶を承知で相手の足の指を一本持って行き、そして、その発見した弱点を見事に活かす形で、オヤジが追加であの巨体の指を三本持って行ったのだ。
あの一瞬で、それほどの判断をした二人……! 俺などとは戦闘経験が段違いだ!!
「後はお前らで、何とかしやがれ……」
「気を………付けろ。思いのほか、速い、ぞ………」
「オヤジ!? ドラ!?」
「関節が………弱点、か……! ………ゴフッ」
ダンジョンの壁に打ち付けられ、一言を残し動かなくなったオヤジ。口から血を吐くドラ。
二人とも、一時的に戦闘不能だ。他の人員にも、モッチを除き動揺が走る。
……えっ? オヤジ、死んでないよな……? 見た目だけなら口から血を吐くドラの方が重症だが、一瞬で動かなくなったということは、オヤジの方がダメージは大きいはずだ。
魔法による治癒は自身で可能とはいえ、その詠唱を待ってくれるか、あるいは俺が二人の治療に回ろうと動いた瞬間、黒毛の巨人の注意がこちらに向かないとも限らない。
―――いや、考え方を変えよう。
一時的にではあれ、黒毛の巨人の注意は逸れてくれた。
ドラがやつの弱点を瞬時に看破して足指一本、そしてそれを見たオヤジが今度は足の指に狙いを定め、残りを関節から斬り落として、やつの体勢を崩してくれた。
「―――っらぁ!」
これにより、巨体による巨剣を振るわれ劣勢を強いられていたモッチが、相手の巨剣を押し返す。
足の指が斬り飛ばされて踏ん張りが利かなくなったのか、巨人がたたらを踏むように後退した。
―――わずか、一歩。
けれども向こうの後退した一歩は、こちらにとって、戦術的には大きな意味合いを持つ一歩。
「――今だ! モッチ、敵を転ばせるよ! 備えろ!」
「お、おぉ……!?」
咄嗟に機転を利かせたつもりで、ひとまず俺はあの巨体を転倒させる方向に舵を切った。
場合によっては、寝そべったまま暴れられる方が攻撃の予測がしにくく危険なのだが………オヤジとドラがダウンし、手数が減った今、あの巨体を確実に仕留めるためには、より大きな隙を素早く作り出すしかない。
「【辺りに満ちる水】!」
俺は魔法で辺りに水を生成し、黒毛の巨人の足元が水浸しになるようにする。
おかげで最前線のモッチもまたびしょ濡れだが………細かいことは言っていられない。
「モッチは避けてくれよ―――! 【氷原】!」
「――ッ!」
巨人の剣を受け止めていたモッチが、その恰幅の良い身体からはおよそ予想がつかないくらいの俊敏な動きで、横方向に大きくサイドステップをした。
俺の行使した魔法により、突如として―――狂人の足元が凍り、辺り一面に氷のフィールドが形成されたからだ。
空気中の塵を核に水蒸気すら凍り付いてキラキラと光る景色。ダイヤモンドダストがきらめく中で、オッチの大声が俺の名を叫んだ。
「ソウジ! いいぞ、やれぇ!」
魔法の範囲外に逃れたモッチ。巨人は体勢を立て直そうとしたところに地面を氷で覆われてしまい、追撃するどころではない。
巨人は今、足元の氷により足を滑らせるかどうかという瀬戸際にあるからだ。
巨人は、その巨体と重量ゆえ、最初こそ摩擦の少ない地面による影響が出るのが遅かったが………元々体勢を崩していたため、今は無事、というか予定通り、その氷の上に両足の裏をぴったりとくっつけて立っていた。
「エレン、倒れたヤツの背中を刺す!」
「――任せてっ!」
エレンには拙い言葉でも、意図が十全に伝わるのは嬉しかった。
俺が何をしたいかを的確に汲み取り、プラチナブロンドの髪を美しく靡かせた戦乙女のような少女が、俺の斜め前方で魔法を唱える。
「【氷の槍】!」
「【石の槍】っ!」
俺、そしてエレンの魔法が立て続けに発動。
―――もし巨人がこの場で足を滑らせたなら、その巨体はゆっくりと倒れていく―――その巨体が倒れるだろう地点周辺に、無数に突き立つ円錐型のトゲ。本命はコレ。あの巨体だ、自重による自滅が一番効率的にダメージを与えられるだろう。
問題は、どうやって相手を滑らせるかだが―――足の指を斬られ、しかも氷上で、相手が体勢を崩し、次の攻撃に移行するどころではない今だけがチャンス。
だから、俺は身体中を魔力で満たし強化する【魔装体術】を行使。身体中をとんでもない全能感が支配するが、この感覚に溺れないようにダッシュ。
一瞬のうちに巨人の足元まで肉薄し、その場でジャンプして相手の巨体を殴り付け、氷上で転ばせ、相手の背中に地面の氷や石のトゲを突き刺す。
―――ことを、狙っていたのだが。
あっ、やっぱりこの【魔装体術】、ジャンプ力もすごいな!?
俺の足は地面を大きく抉り、この身体はジャンプし過ぎて巨人の胸の辺りまでの高さに浮かぶ。本当は脚の付け根辺りで良かったのに。ドラが発見した「関節が弱点」というのを活かすつもりでもあったのに。
「やっ………べっ………」
ヤバい、ミスった―――やっぱり、習得したばかりの新技など、習熟前に実戦で使うもんじゃない。
感覚を掴んでいたつもりでも、いざという時の行き過ぎた力みによって、要らぬ過剰出力を生んでしまう。
「こっ――――のォ!」
空中で体勢を立て直す特訓など積んでいない―――が、何というか、この世界に来てからすぐに、俺は、とんでもない落下を味わっている。
あの時―――竜の翼の風圧に負けて谷底に落下した時―――の感覚を思い出すと身が竦むようだが、しかしあの時に比べれば、今は何ということもないのだ、と考えれば、同時に身体の緊張が程よい具合に落ち着いた。
「うぉっ……!?」
腹筋も下半身の筋肉もフル稼働で何とか空中で体勢を整える。無我夢中。
「―――ウラぁッ!」
技名とか考える余裕も、もちろんあるわけがない。ただ無我夢中で繰り出した、空中でのパンチ。
『グォォオ』
その瞬間、目の前の巨人が驚いたように声を上げる。
バシンッ、と手応えはあったのだが、やはり流石ダンジョンのボスか、道中の魔物は爆散したのに………この巨人の胸部には風穴を空けるどころか、黒毛に覆われた胸元がわずかに沈みこんだ程度だ。
これが脚の付け根だったなら、転倒を狙うだけでなく、青アザでも付けるくらいの威力が出たかもしれないんだけどな。
「――っし!」
とはいえ、目的は達した。
俺のジャンプ&空中パンチを胸元に食らった巨人は、氷上だったのもあり足を滑らせ、いよいよ本格的に体勢を崩す。
転倒だ。
「………!」
しかしここで、俺には気付いたことがあった。
俺が地面に敷いた氷槍の合間から、威力を殺す「面」とならぬよう、保険として、絶妙な間隔を空けながら生じるエレンの石槍が―――俺のそれより長めに伸び、より細く、長く、鋭い円錐を形成する。
氷より石の方が物理的な威力が大きい、また頑丈であると判断してのこと。正解だ、エレン!
俺は先程の自身の判断ミスを悟ったが、それに遅滞なくフォローのため土属性魔法を行使したエレンのナイス判断となる。
氷で作ったトゲよりも石で作ったトゲの方が硬く、頑丈で、衝撃と圧力に強いのだ。
「やっぱり任せる!」
「分かってるっ……!」
俺は今さらながらに氷槍の魔法を解いた。エレンによる石槍に威力を集中させるためだ。
魔法を解くと、氷槍は一瞬で全て砕け散る。
手順としてはめちゃくちゃだが―――間に合った。
エレンが地面に生やした石槍―――その先端目がけて、黒毛の巨人は背中から倒れ込む。
―――瞬間。
ズ………と。
石の槍……巨大なトゲが砕ける不吉な音もなく、ただ肉を抉り、筋線維をズタズタに裂くような鈍い音と共に―――石のトゲの先端が、巨人の背中、あるいは腰の辺りへと、沈み込むように侵入していった。
巨人は床に倒れ込みながら、咆哮した。
『グォォオオオオオオ!!』
それは苦痛の叫び。
その巨体の重量も合わさって、貫く威力としては最大級となった石のトゲが、巨人を背中側から突き刺した。
巨人はその巨体もあって抗えず、重量により地面に生えた石のトゲの根元まで、貫かれながら、倒れ込みが完全に止まるまで、身体の内部を貫かれていく。
ゾブブブ………
そして、巨人が倒れ込むであろう範囲の内、頭部の方に位置する石のトゲが、とうとう巨人のうなじの辺りを捉えた。
もちろん、今、現在進行形で倒れる巨人は、自らの重量で即座に身を翻すことも叶わない。
『グォォァァアアアアアアアアアアッ!! ―――――』
それは断末魔の叫びにも似ていた。
うなじの辺りを貫かれ、斜め上―――つまり口の中から石のトゲを生やしたような、グロテスクな見た目。
そのように石槍で頭部まで貫かれ、背中や腰もくし刺しにされた巨人は、見事、沈黙し―――。
―――沈黙、していない。
「―――えっ!? ウソ、まだ―――」
エレンが戸惑った声を上げる。
延髄を傷つけられたら、ヒトならばまず即死だ。
ところがこの黒毛の巨人、やはり人の身体とは微妙に構造が違うのか、延髄のある辺りを貫かれてもまだ死んでいない。
「チッ―――クソが!」
俺は嫌な予感がしたので、死に体のくせにまだまだ息がある巨人に、とどめを刺すべく前に出た。
相変わらず【魔装体術】を行使しての動き。こちらの反射神経や動体視力は徐々に追いついている感はあるが、まだ万全ではない。
一瞬で肉薄し―――俺は、自らの速度に戸惑いつつも、今度はちゃんと加減してジャンプ―――巨人の頭、額に着地する。
―――そこで。
「うぉぉぉ【ウォーターカッター】ぁぁぁぁあああ!」
口から巨大な石のトゲを生やした巨人の口元目がけて、【ウォーターカッター】の魔法を行使。
口の中は柔らかかったのだろう、まるで人間のような歯列だが、今は石のトゲに貫かれてスゴイ見た目になっている口元が、今度は超強力な水鉄砲で貫かれる。
高圧で圧縮された水の線が、巨人のうなじから貫く石のトゲの側面すら貫通し、巨人の下顎を貫いた。
角度的に、下顎を貫いて胸元まで貫いて背中まで出た【ウォーターカッター】を、俺はさらに射線を下げて、また上に上げ、徹底的に巨人の身体を両断することにした。
―――死んでも死なないやつでも、身体を真っ二つにしてやれば!
この【ウォーターカッター】の射程―――つまり充分な攻撃力を維持できる距離ということだが―――は、およそ二十五メートル。
巨人の体躯、その全長と大差ない。
この距離、この角度、そして黒いオーラという主たる防備を失い、転倒したまま動けない巨人なら。
―――やれる。
「断ち切れぇぇぇぇええええええ!」
半ば祈りにも似た思いで、懇願にも似た叫びを上げながら、俺は【ウォーターカッター】で巨人の身体を真っ二つにした。
『………………―――……』
先程のような、悲鳴のような咆哮は上がらない。
『………………………………』
目の前で、顎の下から身体を真っ二つにした巨人は、その断面から黒い血を噴出させながら―――沈黙していた。
「はぁ………はぁ………はぁ………はぁ………」
普通に運動量で言えば、疲労するほどではなかったはず。それでも不必要に強張る身体や力みを経て、俺は何とも息苦しい感覚を味わっていた。久々の感覚。
けれども―――目の前で、すっかり動かなくなった黒毛の巨人の身体を見れば。
俺は、沈黙した巨人の、死体の、額の上で。
「やっ……た………………!」
ガッツポーズしながら、足を滑らせた。
「―――っと!」
「……! あ、アニキ……」
下で俺を受け止めてくれたのは、癖毛の印象的なニールのアニキだった。
彼は興奮を隠そうともしないまま、
「――ったく、ントにすげぇやつだよお前は!!」
そう言って、大きな声で褒めながら立たせてくれた。
「いや、俺じゃなくて、むしろ皆が―――」
そんな風に、俺は俺で皆の戦闘中の判断力に感銘を受けていたことを話そうとするが―――。
「―――ソウジっ!!」
「……っと」
駆け寄って来たエレンが俺に抱き着いてきたものだから、何かを言おうとしていた台詞がまるまるどこかに吹き飛んだ。
エレンのやつ、泣きながら喜んでいる。
「………」
「フッ………」
「え………お、終わった、のか……?」
どうやら魔法による治療を終えたらしいオヤジもドラも、どこかポカンとした様子のモッチも、皆が集まった。
「………ヤツは死んだ。依頼完了だ」
オヤジはまだ腰に手を当てて、少し辛そうにしながらも。
「―――よくやった、テメェら」
「「「「「~~~っ!!」」」」」
オヤジの一言で、強大な敵を討ち果たしたことを実感し、俺達は勝利の歓声を上げたのだった。




